そもそも必修化の背景とは何か?

改めて言うまでもないが、プログラミング教育はこれまでになかった学校教育だ。だからこそ、まだスタイルが定まっておらず、現場の戸惑いも大きい。教育の情報化について研究を重ね、小学校での研究授業の指導も多数実施してきた東京学芸大学ICTセンター教育情報化研究チームの加藤直樹准教授は、次のように話す。

「プログラミング教育は、10人集まると10通りの考え方が出てきます。考え方次第で授業の流れも変わってきますので、今の段階ではいろいろな考え方から、やりやすい方法を選ぶのがいいでしょう」

その手がかりをつかもうとして、学習指導要領や文部科学省「小学校プログラミング教育の手引」(以下、手引)をひもとく教員も多いだろう。しかし、全国の教員・教育機関にプログラミング教育の研修や教材を提供するNPO法人みんなのコードの代表理事、利根川裕太氏は、いきなり学習指導要領や手引を読んだばかりに、迷いを深めてしまうケースが散見されるという。

「『学習活動の分類(※1)は何を選べばいいのか』、『プログラミング的思考とは何か』といった疑問を口にする先生が少なくありません。それは、プログラミング教育が必修化された背景を踏まえず、一足飛びに具体的な方法論を考えてしまうからだと思います。では、なぜこのタイミングで必修化されたのかというと、政府がSociety 5.0(※2)を提唱しているように、社会が急速にIT化しているからです。すでに、家電や自動車など身近なものの多くにコンピューターが内蔵されていますが、今後さらにコンピューターを使うのが当たり前の世の中になっていきますので、子どもたちがちゃんとコンピューターと付き合えるようにしてあげなければいけません。その目的を達成することを念頭に置けば、方法論についても自分自身で判断できることが多くなると思います」

NPO法人みんなのコード 代表理事 利根川裕太
慶應義塾大学経済学部卒業後、森ビルを経て、ラクスルへ。その後、特定非営利活動法人みんなのコード設立。著書に『先生のための小学校プログラミング教育がよくわかる本』(翔泳社、共著)、『なぜ、いま学校でプログラミングを学ぶのか-はじまる「プログラミング教育」必修化』(技術評論社、共著)がある
(撮影:今井康一)

確かに、スマートフォンやタブレット端末、パソコンだけでなく、音声操作できるAI搭載のスマートスピーカーがある家庭も増えている。今後、Society 5.0の実現に向かうにつれて、さらにコンピューターは身近な存在になっていくだろう。プログラミング教育の第一歩で、そのイメージを児童と共有して「プログラミングの意味」を伝えるのが大事だと主張するのは、全国に先駆けて小学校でのプログラミング授業を推進したことで知られる、元小学校校長で合同会社MAZDA Incredible Lab CEO 松田孝氏だ。

「プログラミング教育を初めて受ける子どもたちには、最初にSociety 5.0がどんな社会なのかわかる動画を見せて『自分たちが生きていくのはこんな時代』と伝えます。そのうえで、コンピューターはすごく計算が得意なんだよ、という話をします。『1秒間に何回計算できるか知っている? 5000万回だよ。人間がかなえたいことをそれだけやってくれるコンピューターと友だちになろうよ』と言うわけです。友達になりたいなら話しかけますよね。『コンピューターと話をするための言葉が、プログラミングなんだよ』と説明すると子どもたちもわかってくれます」

※1 学習活動の分類:文部科学省は「小学校プログラミング教育の手引」において、プログラミングに関する「学習活動の分類の一例」として、AからFまでの6分類に整理している(E、Fは教育課程外)。Aは「学習指導要領に例示されている単元等で実施するもの」、Bは「学習指導要領に例示されてはいないが、学習指導要領に示される各教科等の内容を指導する中で実施するもの」、Cは「教育課程内で各教科等とは別に実施するもの」、Dは「クラブ活動など、特定の児童を対象として、教育課程内で実施するもの」
 
※2 Society 5.0:ソサエティ5.0。内閣府が提唱する未来社会像。AIやIoT(モノのインターネット)、ロボット、ビッグデータなどを活用する豊かな社会(Society)。狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続くもので、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する
 

できる子に手伝ってもらう

ただし、勘違いしないようにしたいのは、プログラミング教育はプログラマーの育成が目的ではないということだ。加藤准教授は、本来専門性の高い分野であるため、目的とともに「仕組み」を知ることが重要だと指摘する。

「プロのプログラマーでも、人にプログラミングを教えるのは簡単ではありません。プログラミングの経験がない先生は、算数や国語を教えるのと同じ感覚で技術的なことを教えるのは難しいでしょう。そもそもプログラムとは何かというと、コンピューターを動かすための手順書です。プログラム次第でコンピューターが便利なものになったり、時には使い物にならないこともあるわけです。だからこそ、完璧なプログラミングができなくても、『どうすれば何ができるか』を知っておくことが重要です。そうすれば、場面によってコンピューターを使うべきか否か、どのように使えば便利になるかという判断ができるからです。これがプログラミング教育の目的の1つだと思います」

東京学芸大学 ICTセンター 教育情報化研究チーム 准教授 加藤直樹
東京農工大学大学院工学研究科博士後期課程修了。日本学術振興会特別研究員を経て2004年より東京学芸大学准教授。博士(工学)。ペン入力を採用したインターフェースのデザインやシステムの開発および教育の情報化に関する研究、教員養成へのICT活用、教育の情報化に対応できる教員の養成に取り組んでいる。著書に東京学芸大学プログラミング教育研究会が編集した『小学校におけるプログラミング教育の理論と実践』(学文社、共著)がある
(撮影:今井康一)

その判断ができれば、たとえ自分でプログラミングできなくても、専門家に適切な依頼をすることが可能だ。単純になぞらえることはできないが、料理と似ている。その内容がイメージできていれば、たとえ自分で調理しなくても注文することはできるからだ。そう考えると、加藤准教授が示した算数や国語との関係は興味深い。利根川氏は、体育の授業を引き合いにプログラミング教育の捉え方を語る。

「小学校でも高学年ともなると、大人顔負けの体力や技術を持つ子がいます。そこで、先生たちは、一緒にプレーするのではなく『サッカー部の○○さんがまず蹴ってみて。ほかのみんなはそれをお手本にしよう』といった形で進めることが多いです。プログラミング教育も同じようなスタンスでいいんです。もしかすると、それまで目立たなかった子が、プログラミングのお手本を見せることによってクラスの中心になるような、そんな体験につながるかもしれません」

無理に教えず、共に学ぶ

とはいえ「手取り足取りしっかり教えなければ」と前のめりになる教員も多いだろう。責任感の強い教員ほど、その呪縛から逃れられない。先行して研究授業などを進めている学校は、どのように対応しているのか。利根川氏は、興味深い事例を示しながら、もっと気楽なスタンスで臨むべきだと説く。

「ある小学校の教頭先生が、先生たちに『プログラミング教育においては、子どもたちからリードするのは一歩だけでいい。そのくらいの気軽な心構えでやりましょう』と声をかけていました。算数や国語に関しては、児童より百歩、もしくは千歩以上リードしているでしょうけれども、プログラミング教育はどの先生も新しく学ぶわけですから、リードできるはずがありません。児童からほんの一歩だけ先に進めばいいと思えば気も楽でしょうし、『先生も頑張って学んでいる』という姿を見せることも大切ではないでしょうか」

無理に教えず、共に学ぶ――。従来以上に主体的な取り組みをする児童の姿が見えてくるようだ。松田氏は、そこからさらに一歩進み、プログラミング教育をSociety 5.0時代の新たな学びへシフトするためのきっかけとして考えてほしいと訴える。

「今までは、先生が蓄えた知識や技能を子どもに授けていくのが教育でした。でも、これからはコンピューターによる技術革新が加速度的に進んで、多様性や複雑性が増していきます。言ってみれば、雑木林の中でしなやかに生きていく力が求められるのです。どうやったら思いどおりに動かせるかを主体的に考えるプログラミング教育は、プログラミングを学ぶというよりも、そうした『新しい学び』へのトリガーになると考えています」

合同会社MAZDA Incredible Lab CEO 松田孝
東京学芸大学卒業、上越教育大学大学院修士課程修了。早稲田大学大学院博士後期課程在籍中。東京都公立小学校教諭、狛江市教育委員会主任指導主事(指導室長)、小学校校長を3校歴任後辞職。現在総務省地域情報化アドバイザー、群馬県ICT教育イノベーションプロジェクトアドバイザー、金沢市プログラミング教育ディレクター等も務める。著書に『学校を変えた最強のプログラミング教育』(くもん出版)、『プログラミングでSTEAMな学びBOOK』(フレーベル館)がある
(撮影:今井康一)

厳しい環境で生き抜く力が養えるからこそ、児童に「委ねる」ことが大切だとも松田氏は強調する。

「私は、プログラミング教育は“現代の砂場遊び”だと思っています。砂場遊びを教える大人はいませんよね? 砂場遊びをしている子どもたちのそばで大人がするべきなのは、危険にさらさないよう見守ることです。今までの教育では重視されていなかったこの『委ねる』姿勢を貫くことで、面白いことに一人ひとりに適した個別指導も可能となります」

利根川氏が指摘したように、児童のプログラミングを吸収するスピードが速いというのは3氏共通の見解だ。だからこそ「委ねる」ことに意味がある。そして、懸命に取り組むのはもちろん大事だが、気負わず肩の力を抜いてほしいと加藤准教授は加える。

「実際にやってみればわかりますが、先生よりも子どものほうが早くマスターします。だから教えるというより、手伝うくらいの意識のほうがいいと思うのです。最近、『先生方はファシリテーター(促進者、物事を円滑に進めるよう働きかける役割)になりましょう』と言われています。プログラミング教育における教員の役割はまさにそういうものだと思ったほうが気楽になれますし、しっかりした効果も期待できるのではないでしょうか」

気負わず、子どもたちの可能性を信じて取り組む新時代の教育。連載第2回では、その具体的な設計方法を探っていく。

第2回中高を視野に「プログラミング授業」は小1から<授業設計の基本思想編>
第3回プログラミング授業の作り方と教材選びの要諦<教科・ソフトの選び方編>
第4回 「プログラミング授業」意外な落とし穴と対処法 <ICT支援員編>
第5回 プログラミング「理解ない管理職」の巻き込み方 <コミュニティ編>

プログラミング授業で教員が取るべきスタンス
「手伝うくらいの意識のほうがいい」加藤直樹
「子どもたちからリードするのは一歩だけでいい」利根川裕太
「『委ねる』姿勢を貫くこと」松田孝

(注記のない写真はiStock)