「お手本を見て学ぶ」、アプリを使いこなす子どもたち
今年6月、岩手県釜石市立釜石小学校(以下、釜石小)の体育の授業で、ソフトバンクと筑波大学が開発したアプリ「AIスマートコーチ」の実証実験が行われた。
「体育でのアプリ活用というものに最初はまったくイメージが湧かなかったのですが、実際に使ってみて、自分の動きを客観視できる点がいいなと思いました。普段の授業ではなかなかできないことですから」と、釜石小教務主任の西川亮氏は振り返る。
AIスマートコーチは、お手本の動画を見てまねしながら正しいフォームやスキルを学べるというアプリ。お手本の動画と自分の動きを撮影した動画を、上下に表示したり重ね合わせたりして簡単に比較できる点が大きな特徴となっている。
アプリに用意されているものだけでなく、例えば教員や先輩など身近な人のフォームを撮影した動画をお手本にすることもできるし、過去の自分の動画と比較して成長を確認することも可能だ。
さらに、お手本とのフォームのズレを確認できるAIを活用した骨格解析機能のほか、振り返りに便利なメモ機能もあり、西川氏が言うように、自分の動きを「客観視」しながらフォームの改善を目指すことができる。
釜石小では、3年生と4年生の計30人が、20秒ほどのダンスの習得に挑んだ。プロダンスリーグ「D.LEAGUE」で活躍するTAKUMI氏がグループごとに個別指導を行い、指導を待っているグループはAIスマートコーチを使ってお手本の動画を見ながら自習する形を取ったが、児童たちは協力しながら撮影や動画比較、アドバイスを行って練習を進めたという。
「子どもたちは授業で1人1台のタブレット端末を使っていますし、家でもスマホなどの使用に慣れているのでしょう。あまり説明しなくても、貸与されたiPhoneとアプリを使いこなしていました」(西川氏)
ダンス経験のある児童はほとんどいなかったが、最後には多くの児童が踊れるようになった。「先生もダンス経験がある人ばかりではありません。表現運動を学ぶ機会もなかなかなく、どう教えようか苦労している先生は多いので、こうしたアプリは指導の助けになると思います」と西川氏は語り、こう続ける。
「今回は実証実験ということもあって中学校の『現代的なリズムのダンス』に近い内容でしたが、小学校のリズムダンスや体つくり運動のストレッチ、ボールを使った運動、水泳など、学習指導要領に沿ったお手本のバリエーションがそろっていると、より使いやすいのではないでしょうか」
「声かけ」もポイント?意欲的な活用には課題も
7月から始まった長野県飯田市立緑ヶ丘中学校(以下、緑ヶ丘中)での実証実験では、中学3年生の器械運動の授業でAIスマートコーチが活用された。4~5人のグループに分かれ、グループで1台のiPad miniを使って実技を進めた。
「1つの端末の中で、お手本と自分の動きを同時再生したり重ねたりして確認できる点がいいなと思います。実証実験の初日はみんな楽しそうにお手本と比較しながら取り組んでいました」と、緑ヶ丘中保健体育科教諭の熊谷日明氏は話す。
生徒たちからも、「マット運動は得意ではなかったけど、アプリをみんなと一緒に使ってみて客観的に自分の動きを見ることができ、少し上達したかなと感じました」「スロー再生や反転などもできてわかりやすかったです」といった声が聞かれた。
一方、課題も見えてきた。その後、自分の動きを確認する手段の1つとしてAIスマートコーチの利用を促し続けたが、初日のように全員が積極的に活用することはなかったという。
「器械運動は選択授業なので、もう1つの選択肢である水泳が苦手だからという理由で選んだ子もいるでしょうし、意欲のばらつきを考慮した声かけになっていなかったのかもしれません。『技の出来栄えを高めるために、動画で撮ってみよう』など、他学年の器械運動の授業では投げかけ方を変えてみようと思います」(熊谷氏)
熊谷氏は今後、自分が顧問を務める陸上部でもAIスマートコーチを使ってみたいと話す。
「自分がスキルを高めたい競技だと、より意欲的に使うのではないかと思います。とくに陸上は、走り幅跳びやハードルなどにおける空間動作の比較などに役立ちそうです。女子テニス部の顧問の先生も、使ってみたいと話しています」
「体育の授業」や「部活動問題」の領域にニーズ
AIスマートコーチは、今年3月末にソフトバンクと筑波大学が「日本の学校スポーツ改革」に関する連携協定を締結した一環で無料提供を始めたiOS(iPhone、iPad)向けのアプリだ。専門的な指導に不安のある部活動や体育の授業を担当する教員、アマチュアアスリートに向けて開発された。ソフトバンク サービス企画本部 コンテンツ推進統括部 企画管理部部長の星川智哉氏は、次のように説明する。
「弊社は以前から技術力を生かしてプロスポーツのDX化などの支援に取り組んできました。その中で、少子化で子どもたちのスポーツ活動が難しくなっていることや、競技経験のない教員が部活動の顧問を引き受けている現状などを知り、スポーツ教育の支援も始めたというわけです」
AIスマートコーチの実証実験は、授業だけでなく中学校のバスケットボール部や地域のフットボールクラブなどでも行ったが、いずれも手応えを感じているという。
「子どもたちは簡単な説明だけで自主的に使いこなしていて、子ども同士で学習し合う環境が発生していました。指導担当の方からも『指導者が付きっきりにならずに済む』などの感想をいただきましたが、端末1つで、未経験でも先生がいなくても、自分である程度技術を学べるツールになっていると思います」(星川氏)
現在、AIスマートコーチでは、野球、サッカー、バスケットボール、ダンスの4種目のお手本動画と練習メニュー動画、フィジカルトレーニング動画などが公開されている。今後は卓球や水泳、テニス、陸上、バレーボール、バドミントン、ハンドボール、ラグビー、剣道、弓道、ゴルフも加え、計15種目まで増やす予定だ。
「指導者を確保しづらい競技人口の少ないスポーツの支援ニーズもあり、スポーツの特性とアプリとの相性を意識しながら、種目やお手本動画の追加を進めたい」と、星川氏は語る。
また、ソフトバンクは2015年から、オンラインで専門コーチの指導が受けられる有料サービス「スマートコーチ」も提供しているが、いずれはこのサービスも統合し、スマホやタブレット端末が1つあれば完結できるスポーツ支援プラットフォームを目指す。
AIスマートコーチに関しては、「骨格解析がうまく反応しない場面があった」(熊谷氏)など、操作性の課題を改善するほか、AIによる指導機能も追加する予定だ。記録の利便性を図るため、撮影した動画をクラウド保存できる有料サービスも検討している。
「現在、体育での活用のほか、部活動の地域移行に関連してのご相談も増えています。23年度には、どんなOSにも対応するようウェブで利用できる形にし、学校向けのサービスを拡張して提供したい」と星川氏は語る。
学校スポーツの領域は、子どもの体力低下や部活動問題など多くの課題が山積しているが、解決に向けて共通して重視されているのが生涯スポーツという観点だ。生涯にわたり豊かなスポーツライフを実現するには、基本的な技能習得だけでなく、自身の健康や運動の課題を見つけて解決を目指すことも大切になる。
そのように自身を客観視するうえで、AIスマートコーチのようなICTを活用した科学的アプローチは有効だろう。運動に対する意識やスキルの違いを踏まえ、いかにICTを活用して子どもたちをサポートするか、指導のあり方も今後大きく変わっていきそうだ。
(文:佐藤ちひろ、写真:ソフトバンク提供)