顔認識AIで作業時間は半分以下、保護者の来校も減
「私が卒業アルバム(以下、卒アル)の制作を担当したのは2020年度。当時は教務主任と6年生の担任、校内研究主任、学年主任のサポート、教育実習生の担当などたくさんの仕事を兼務していました。猫の手も借りたい中、卒アルの写真選定は非常に負担だと思いました」
そう振り返るのは、千葉県柏市立手賀西小学校の主幹教諭、東條正興氏だ。同校では例年、小学6年生の担任が、卒業対策委員の保護者たちと連携して卒アルを制作する。
「写真館に行事の撮影や候補写真の選定をやっていただける学校も多いと思いますが、本校は規模が小さいため撮影に来てもらえないんです。だから、教員が撮影して候補写真の選定からやらなければなりません」と、東條氏は話す。
同校の従来のやり方は、こうだ。まずは学校のサーバーに保存されている6年間の写真、約1000枚から約200枚に候補を絞る。そして、児童名簿の横軸に写真番号を振り、どの写真にどの児童が写っているのかをチェックしてページごとに写真を選んでいく。インデックスの印刷もする。
例えば林間学校の写真を30枚選ぶ際は、どの児童が写っているか正の字でカウントし、ある児童の掲載数が少なければ写真を選び直して差し替える。1枚差し替えただけで、ほかの写真のカウントも変わってくるため、その都度記入を変更しなければならない。年度によって保護者との連携の仕方は異なるが、保護者も無償でカウントや差し替えに携わる。
「この作業をすべてアナログでやるなんて、こんなばかばかしいことはありません。何とかしてくれるサービスが世の中には絶対にあるはずだと思ってネット検索をして、『アルバムスクラム』を見つけました。すぐ管理職に資料の取り寄せの許諾を取って問い合わせました」(東條氏)
アルバムスクラムとは、エグゼックが開発した卒アル業務効率化システムだ。候補写真やレイアウト画像をアップロードすると、児童・生徒が写っている写真の数を顔認識AIが自動でカウントして可視化。
登場回数の偏りが一目でわかるので、差し替えの判断もしやすく、作業も簡単だ。例えば登場回数が少ない児童の写真に差し替える場合、AIがその児童・生徒の写真候補をピックアップ。基本的に小学校では6年生の顔写真を登録して使うが、1年生当時の写真もちゃんと検出してくれるという。また、差し替えた瞬間に全体のカウント数も調整してくれる。
使いやすいため時短効果も大きく、「今まではおそらく卒アル制作に10時間以上はかかっていたはず。そう考えると作業時間は半分以下になりました」と、東條氏は言う。
東條氏と保護者は、行事ごとに写真選定の作業を分担したが、オンライン上で完結できる点がとくによかったそうだ。アルバムスクラム内のメッセンジャー機能を通じてファイル共有やチャットもできるので、各自の仕事や生活の隙間でやり取りしながら作業を進めることができた。
「今までは保護者に5回ほど来校いただき、1回につき2時間ほど作業してもらっていたようです。しかし私の担当年度は、システムの使い方の説明で1回、20分程度の最終確認で1回と、計2回の来校依頼で済みました。仕事をしている保護者も多いので、保護者目線でも効率的だと思います」(東條氏)
実際、大阪府の保育園で21年度に卒アル係を務めた保護者A氏も、「こうしたシステムは絶対に使ったほうがいい」と言い切る。ほかの保護者が卒アル係を敬遠する中、強く頼まれてしぶしぶ引き受けたA氏。仕事や育児で多忙なため何とか効率化したかった。
「卒アル係は、子どもたちが平等に掲載されるよう枚数を数えなければいけないので大変だと聞いていました。本格的に動き出すのは11月~12月ですが、ピーク時には週末ごとに集まり、夜中まで作業した年度もあったそうです。それはいやだなと思い、ネット検索でアルバムスクラムを見つけ、利用することにしました」(A氏)
ちょうどコロナ禍で休園もあった。そんな中、各自のパソコンやスマホで写真選定ができ、かつメンバー全員がお互いの進捗状況をオンラインで見ることができるので、集まらずに済んでとても助かったという。
「顔認識の精度にも感動しました。コロナ禍もあって枚数を多く集められなかった行事は精度が多少落ちましたが、アナログで一から選ぶよりずっと効率がいいと思います」(A氏)
オンライン校正指示と自動セレクトの機能でさらに時短
このようにアルバムスクラムは教員や保護者の負担を大きく軽減しているようだが、実は開発・提供元であるエグゼックの主力事業は、卒アル制作ではない。同社はこれまで15年間、写真をネット販売できるシステム「フォトストア」を全国約800の写真館に提供してきた。エグゼック取締役 経営企画部長の山中淑史氏は、次のように語る。
「本業を通じて、写真館、学校、保護者、アルバム制作会社と、卒アル制作の関係者全員がアナログ作業で苦労されているのを目の当たりにしてきました。以前から何とかしたいと思っていて、2019年にフォトストアに実装した顔認識AIシステム『かお探!』が想定以上に高精度だったため、これを活用しようと考えました」
そして20年度、コロナ禍の中でかお探!を搭載したアルバムスクラムをリリース。業界への貢献のために開発したシステムなので、初年度は無償提供に踏み切った。
その結果、20年度は約100の写真館と約300の学校に利用が広がった。有償契約を始めた21年度は、約300の写真館、約700校(そのうち300校は1校無料キャンペーンによる利用)の学校にシステムを提供。受注を増やしている要因について山中氏はこう分析する。
「卒アル制作システムに顔認識AIを搭載する会社は今もほとんどなく、先行できた点が大きい。写真館のニーズに寄り添い、使い慣れたレイアウトソフトをそのまま使える仕様にした点も好評を得ています。また、当社は『マスクをした写真もちゃんと検出してくれる』など顔認識の精度が高い点を評価いただくことが多く、実際に利用してくださった先生の口コミのほか、文科省の『全国の学校における働き方改革事例集』で紹介されたこともあり、先生から直接お問い合わせをいただく機会が増えました」
教員や保護者だけでなく、当然ながら最初の写真セレクトやレイアウトを担う写真館も負担が大幅に減っている。候補写真の絞り込みが楽になるだけでなく、学校や保護者とオンラインでつながることができるのでデータをCD-Rでやり取りする必要がなくなるほか、原稿や膨大なインデックス印刷も不要になるので学校訪問の回数も減ったという。
さらに、21年度に追加した「オンライン原稿校正指示機能」を使う写真館は、校正紙のやり取りのため何度も学校に行かなくて済むようになった。「例えば、ある写真館さんは、校正指示機能の利用により、学校訪問が初回と最終の打ち合わせだけで済んだと聞いています」と、山中氏は話す。
22年度4月からは、写真の自動セレクト機能も追加。写真館は見栄えで写真を選ぶが、学校は平等の観点から写真を選ぶため、そのギャップによって差し替えが何度も起こりがちだった。そこで、卒アルでよく使われる場面や表情と児童・生徒の登場回数の均一性を両立するセレクト機能を開発したのだ。卒アルの写真の傾向を明らかにするため、全国の写真館の協力を得て100冊以上の卒アルを借りて分析し、AIに学習させたという。
「画像認識AIは海外で開発されたものが多く、日本独特の行事文化を検出できないので独自に開発しました。たぶん世界初のAIです。早速試してくださった写真館さんからは、『想像以上に使えた』との評価をいただいています」と、山中氏は説明する。
早めの入稿が「卒アル制作関係者」全員のブラック化を防ぐ
気になる費用だが、システムにアップロードする候補写真1枚当たり0.5円のほか、児童・生徒1人当たり年間300円がかかる。前者は顔認識にかかるコストで、写真データを持っている制作主体者(多くの場合は写真館)が負担している。後者の費用は写真館が制作主体者である場合、各写真館によって学校の負担率が変わってくるという。システム利用のアカウントの追加発行は無償だ。
「私個人としては、作業量を考えると安い費用だと思います。しかしうちの園は、2022年度は費用面で保護者全員の了解を得るのが難しいそうで、アルバムスクラムを使わないと聞いています」とA氏は話す。
この点に関しては山中氏も、「『とくに先生方は一度使うと楽なのでやめられない』といったお話はよく聞きますが、その年度の園や学校、保護者、写真館の意向などによって契約に至らないケースはあります」と明かす。ただ、ここで収益を上げようとは思っていないという。
「アルバムスクラムを気に入っていただくことで、主力の写真販売システムの契約につなげられたらと思っていますが、そもそも業界に貢献しようと思って開発したものですので、広く使っていただきたい」と、山中氏。そう強調する背景には、卒アル制作のフロー全体の深刻なブラック化がある。
「例年、12月から翌年3月にかけて、写真館、学校、保護者、アルバム制作会社と全体が一気に忙しくなります。とくにアルバム制作会社は残業がすごいと聞きます。先生も日頃からお忙しいので冬休みにご自宅で集中して作業をされる方が多いのですが、今から写真選定を進めて入稿を早めていただけると、各関係者の課題解決にもつながります」(山中氏)
近年、教員も保護者も多忙を極めており、PTAなどの業務を外注する学校も出てきている。無償労働にしては負担が大きすぎる卒アル制作も、アルバムスクラムのような支援ツールの導入などを検討してもよいのではないだろうか。
(文:編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:mits/PIXTA)