120時間の残業生活が、どれだけ激変したのか?

「今、毎日が本当に楽しい。おかげさまで心身ともに健康で、放課後は自分のやりたいことや学びたいことに時間をたっぷり注げています」

そう語るのは、泉佐野市立第三小学校で3年生の担任を務める柴田大翔氏だ。現在33歳、今年で教員生活11年目を迎える。基本的に定時で退勤するという柴田氏だが、かつては月120時間ほど残業していたという。

柴田大翔(しばた・ひろと)
泉佐野市立第三小学校 教諭
1990年大阪府生まれ。月120時間の残業を激減させた経験から、教員の働き方やICT活用などのテーマを中心に、VoicyやInstagramで「ギガ先生」として情報を発信している。SNSの総フォロワー数は1.9万人超え。著書に『今日から残業がなくなる!ギガ先生の定時で帰る50の方法』(学陽書房)

当時は、朝は6時に出勤して夜は22時半くらいまで学校で働き、土日もどちらかは必ず出勤。仕事中はあまり疲れを感じなかったが、退勤とともにどっと疲れが出て、帰宅後は何もできず寝床に倒れ込む日々だったという。

そんな柴田氏は、なぜ働き方を見直すようになったのだろうか。

「大きなきっかけは、2019年に子どもが生まれたことです。妻も教員なのでお互いに多忙であることへの理解はありましたが、これまでのような生活をしていたら、子どもの顔を1日1回も見ることができない。今のやり方はどうなのかと自分を見つめ直すことになり、『これからは帰ろう!』と、いい意味で諦めたんです」

その決意から、柴田氏のライフスタイルは激変した。現在、朝は5時に起床し、5時半に音声配信サービスのVoicyを通して毎日情報を発信。子どもを幼稚園に送ってから定時の8時半より10分ほど前に出勤し、定時の17時に学校を出て帰宅する。ときには時間休を取ってもっと早く帰ることもあり、夜は21時半に就寝。もう土日に出勤することはない。

SNSで「ギガ先生」として情報発信。時間が生まれたことでインプットとアウトプットのサイクルを回せるようになった
(画像:Voicyウェブページより)

「会議や職員作業があったとしても極力最小限に抑えて帰り、最近では残業しても月に10時間くらいですね。残業が多かった頃は余裕がなかったのですが、今は家族との時間を大切にできるだけでなく、教師としてのレベルを上げることにも時間を使えています。読書をしたり著名な先生方のVoicyの配信を聴いたりする一方、自分もInstagramやVoicyで情報を発信したり、ICTを活用した授業を模索したり。時間を生み出せたからこそインプットとアウトプットのサイクルを回せるようになりました。授業も肩肘はらず、力を抜いて楽しめています」

時短に効果が高かったアクション「ベスト3」とは?

柴田氏は、100時間以上もの残業を削減したわけだが、いったいどのようなテコ入れを行ったのか。

「自分の仕事において何によってムダが生じているのかを分析し、ムダな時間を極力なくして隙間時間にできることをやるということを徹底しました。また、定時の17時をタイムリミットとしました。上限がない仕事は頂上のない山を登り続けているようなもので本当にしんどいので、タイムリミットを決めることは重要です」

その中で、とくに時短に効果があった具体的なアクション「ベスト3」は、「3位:ドリルの採点をやめる」「2位:動線を最小限に抑える」「1位:ICTを活用する」だという。

「以前の私は、頑張りすぎていたように思います。子どもたちが本来できるようなこともすべて私が担っていたのですが、そうしたやり方は子どもたちの成長の機会を奪っているのではないかと考えるようになりました」

そこで、まずは「1人1当番」で児童たちに仕事を担当してもらうことにした。4月の段階でその方針を伝えると、児童たちは自然と前向きに取り組むようになったという。これにより、柴田氏は雑巾整理など教室の細かな雑務や宿題のチェックなどを手放すことができ、うまく時間を使えるようになった。

柴田氏が担任を持つ学級の1人1当番表

「個人情報や成績、アレルギーなどの健康に関わること以外はどんどん任せるようにしました。とくにドリルの採点の時間がなくなったぶん、ほかの仕事を進められるだけでなく、学習につまずいている子に寄り添ってあげられるようになりました。子どもたちにとっても、自身で採点することは、自主学習力を身に付けるうえで大事なことだと思います」

2番目に効果が大きい取り組みが、動線を最小限に抑えたこと。例えば、職員室と教室との往復には時間を取られるため、基本的に仕事は教室で完結できるよう、文具などの備品を教室にも用意して職員室と同じ環境になるよう整えた。「自費で購入したものもありますが、備品を取りに行くなどのムダな移動を省けたことによる時短の効果は大きいです」と、柴田氏は話す。

「ICTなくして自分の授業は成り立たない」

そして、最も時短効果のあった取り組みは、「断然、ICT活用」と柴田氏は言い切る。前任校がICT活用の研究校だったこともあって元々ICTには慣れ親しんでいたが、「今やICTなくして自分の授業は成り立たないほど。ICTによる働き方改革の効果は本当に大きいと感じています」と語る。

柴田氏が有効だと感じているICTツールは、グラフィックデザインツールの「Canva」、意見が書き込めるオンライン掲示板アプリの「Padlet」、教育向け動画ツール「Flip」、クイズ作成アプリ「Kahoot!」の4つだ。

「これらは今、教育界の4大ツールと言われているアプリですが、私の授業もほぼこの4つで成り立っています。いずれのアプリも子ども同士でコメントや評価ができる機能があり、紙と鉛筆だけの授業ではできなかったことができます」と、柴田氏は説明する。

例えばCanvaは、デザインテンプレートのバリエーションが豊富で、かつ直感的に操作できるため、児童でもプレゼン資料や新聞、ポスター、動画などを表現豊かにつくれる。共同編集や児童同士でコメントし合うことも可能なので授業活用がしやすく、柴田氏は「Canvaを使わない日はほぼない。最強のツールです」と評価する。

「Kahoot!は、チーム対抗戦ができるなどゲーム性も高く、子どもたちはクイズ番組に参加しているような感覚で楽しく勉強でき、全国の教員がつくった教育系クイズもシェアされていて便利。紙のプリントやノートを併用しながらICTを活用していますが、こうしたアプリを取り入れると、ペーパーレスによる時短効果を得られるだけでなく、限られた時間の中で、子どもたちがワクワクするような授業の準備ができます」

ICTの活用は、職場全体の効率化にもつながっているようだ。柴田氏の学校では、柴田氏やICT活用に長けた教員らの発案で、会議資料や授業で使う教材データなどをGoogleドライブで共有し、スマホや自宅のパソコンからも閲覧できるようにしたという。

「本校の先生方は割と退勤されるのが早いのですが、こうして学校全体でペーパーレス化を図ったことは大きかったと思います」

柴田氏は、ICTの活用は自身の強みでもあるので、ICTの仕事で困っている教員がいれば声をかけてサポートし、そのほか学校単位や学年単位の仕事も率先して引き受けているという。こうした心がけも、働きやすい環境づくりにつながっているに違いない。

時短の実現のために何よりも大事なのは「学級経営」

一方、学校ではトラブルがつきもので、教員はそこにも時間を取られやすい。そんなとき、柴田氏はどう対応しているのか。

「もしトラブルがあったときは、子どもたちが学校にいる間に解決することを心がけています。保護者への連絡も、連絡帳経由では誤解を生むことがあるので、児童が帰宅する前に電話でお話をします。状況によっては児童と一緒に家まで付き添い、直接説明することも。後からの説明だと言い訳と捉えられてしまう場合があるからです。実際、早めに動くことで、残業してまでの対応がなくなりました」

また柴田氏は、時短を実現するためには学級経営が何よりも大事だと話す。学級が安定すれば、余裕を持って仕事ができ、児童間のトラブルも少なくなるからだ。そのため、新年度の4月は、学級を安定させる仕組みづくりに全力を注ぐ。とくに前述の「1人1当番」を最初の1カ月で確立すれば、児童は自分たちで考えて動くようになり、それは結果的に教員の負担減につながるという。

そしてもう一つ、保護者との関係づくりも学級の安定に欠かせない。柴田氏は新年度が始まると、保護者全員に電話をし、挨拶とともに児童の日常のポジティブな様子を報告するようにしている。電話連絡が難しい家庭には、一筆箋を児童に託す。「最初の参観日までには、全員とコンタクトを取るようにしています。日頃からつながっていれば、保護者の方は安心ですし、何かあったときも教師の味方になってくれます」と柴田氏は言う。

時短術や働き方に関するビジネス書なども参考にしながら、数々の工夫を試してきたという柴田氏。改めて重要なポイントについてこう語る。

「私も以前は残業してまで先取りで仕事をしていたこともありますが、いつイレギュラーなことが起こるかわからないですし、ある程度準備しておけば対応できるものなので、仕事を進めすぎないことも大事ですね。とはいえ、2~3カ月程度先を見据えた“先取り仕事”は残業を減らすうえで重要です。そして、タイムリミットを決めてムダを省き、隙間時間にできることをやる。『こんなに子どもたちと関われるようになるんだ』など効果が実感できると、どんどん楽しくなって改善が進み、生産性も上がっていきます。時短はポジティブなものだと捉えていただけたらと思っています」

(文:國貞文隆、編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:柴田氏提供)