実は約30年の歴史がある「総合学習」
湘南学園中学校高等学校は、独自の「湘南学園ESD」を掲げて教育活動を展開している。その柱となるのが、「総合学習」だ。学年ごとに学びのテーマを設定しており、生徒たちは企業や行政、NPOなどの協力を得て、体験学習やフィールドワークに取り組む。実は、この総合学習は約30年の歴史があるという。校長の伊藤眞哉氏は、こう振り返る。
「当初は『特別教育活動』、通称『特活』という名称で、私が新卒でここへ来た頃に始まりました。狙いは、中1から高3までの6年間の発達段階に応じ、多様な人との関わりの中で自分なりの視点や考え方を磨いていくこと。このコンセプトは今も変わりません」
やがて学習指導要領の中に「総合的な学習の時間」が設けられ、ESDの観点も盛り込まれるようになっていった。多様性を受け入れるベースを育む特活は、まさに国連が提唱するESDの考え方にマッチしていたため、2013年にユネスコスクールに加盟したという。これを機に「湘南学園ESD」を打ち出し、特活も「総合学習」へと名称を変えた。
ESD浸透のカギは「推進委員会」
この頃、新たにできた校務分掌が「ESD推進委員会」だ。委員の経験があるICT主任・国語担当の山田美奈都氏はこう説明する。
「現在、各学年に1名ずつ委員がいて、毎週集まっています。すべての教育活動をESDの観点からチェックしたり改善したりするほか、委員も学び合い、それを各学年でシェアするのが仕事。他校からしたら、特殊な活動ですよね。でも、うちにESDの文化が根付いていったのは、この委員会の存在が大きいのではないかと思います」
例えば総合学習。以前はインプット型の活動が多かったが、ESD推進委員会で「自ら行動を起こすことも重要ではないか」という話になり、4年ほど前からPBL(Project Based Learning・課題解決型授業)にも力を入れ始めた。
中学2年生が地元の宝製菓と共にお菓子のパッケージデザインや販売を行ったプロジェクトに始まり、クラウドファンディングで資金調達を図るなど徐々にPBLは進化。課外活動としての自主的なプロジェクトも発生するようになった。例えば児童労働根絶の啓発に取り組む「チョコプロ」や、「SDGsが達成された世界」をマインクラフトで作るプロジェクトなどがあり、学年を横断した形で有志たちが活動している。
長年培われてきた校風も、ESDの浸透に関係がありそうだ。同学園は、「毎日のすべてが学び」と捉え、生徒1人ひとりの主体性を大切にしているという。
「生徒がやりたいことを、はなからダメとは言わない文化があります。また、プロジェクトに担当教員はつきますが、指導するのではなく伴走するイメージ。生徒と教員は共に悩み戦う仲間で、それが教員としてよい関わり方だという感覚が共有されています」(山田氏)
教員と生徒のこうした絶妙な距離感が、生徒たちの意欲や社会の一員としての意識を高めるベースになっているようだ。
BYODで生徒たちの「授業の受け方」に変化
同学園は、ICTの活用にも力を入れている。例えば、19年度から中学入試で始めた「ESD入試」では、「自身の今までと今後」を語る90秒の動画を作り、それをYouTubeにアップロードするなどして事前提出することを課題の1つとしている。
「試行錯誤したであろう様子や親子間の関わりなども伝わってきて、科目の筆記試験では出会えない子どもたちと出会える。これまでESD入試での募集定員は10名でしたが、21年度は15名に増やしました」(入試広報主任・ICT副主任の小林勇輔氏)
高校では19年からBYODを導入しており、「1人1台」も板についてきた。
「委員会もクラス活動も、ICTが溶け込んでいる。よく教室前などで生徒がミーティングをしていますが、みんな端末を使いデータを共有しながら進めていますね」(山田氏)
生徒の「授業の受け方」も大きく変わった。それぞれ自分に合った形で端末を活用しているという。
「BYOD導入後初の試験前、自習時間にほぼ全員が端末を使っている光景を見たときは衝撃でした。みんな便利に思っているのだなと感じました」と、山田氏。自習で教室移動するとき、多くの生徒が持参物は端末とノートとペンのみ。各自、自習用の教材や資料を端末の中に入れてあるので身軽なのだ。
文書作成ソフトをノート代わりにして調べた画像や関連リンクを張ったり、プリントを撮影してその画像に書き込んだり。学習のすべてを端末で完結する生徒もいれば、ノートと併用する生徒もいる。使っているアプリも各自バラバラだ。教員があれこれ教えたわけではない。「好みによって自由に使えるのがBYODのよさですよね」と、山田氏は笑う。
総合学習の授業も進化した。何か調べるときも、もうパソコン室にわざわざ移動する必要がない。今まで学習のまとめは紙で新聞を作ることが多かったが、ウェブサイトやスライド、動画などが使えるので表現もより豊かになった。まとめた資料はウェブの指定場所に格納しておけば、いつでも誰でも閲覧できるので便利だという。
「360度全方向から矢が飛んできた」
しかし、ここに至るまでには、多くの困難があった。ICT導入のきっかけについて、山田氏はこう説明する。
「一斉授業に限界を感じていた若手の間で『ICTをそろそろやらないとダメだよね』という話になり、17年に有志の若手が集まってICT導入委員会を立ち上げました。でも、詳しい教員がいなかったので、Googleに社内見学に行くなどして手探りで学んでいきました」
試行錯誤で準備を進め、晴れて18年にiPadを高校1年生200名全員に導入。しかし残念ながら、まったくうまくいかなかった。「端末を忘れました」「充電が切れて使えません」と言い出す生徒が続出。中には「どこかに置き忘れました」「割れちゃいました」と言う生徒も。
「正直、iPadを子どもたちに配ればうまくいくと思っていたけど、甘かったですね。閲覧制限やアプリの自由なダウンロードを禁止するなど厳しく規制してしまったため、生徒は端末に愛着を持てなかった。自分のスマホのほうが使い勝手がよいため『何でスマホじゃダメなの』などネガティブな意見を言い続けていました」(山田氏)
生徒たちが愛着を持ち、文房具として端末を使うにはどうしたらいいのか。その答えが、BYODへのシフトだった。しかし、ここからも大変だった。
保護者へBYOD導入を伝えたところ、「360度全方向から矢が飛んでくるような状態になりました」と、小林氏は振り返る。「貸与のiPadを使い続けると思っていた」「突然端末を準備しろというのは乱暴では」といった厳しい意見も相次ぎ、問い合わせ専用のメールアドレスを作ったという。
「学校が突然言い出したことですから当然です。不安や不満にふたをせず、すべてを受け止め1つひとつに対応していきました」と、山田氏。とくにこの時代において文房具として端末を使うことの重要性や、生徒たちが端末導入をどう捉えているかなどについて丁寧に説明していったという。
「生徒にとってはナチュラルな状態になっただけ」
こうして何とか19年春からBYODを始動。その後の状況は前述のとおりだ。ちなみに当初配ったiPadも、端末を忘れた高校生に貸し出すほか、中学生の授業で使うなどフル活用しており無駄にはならなかったという。現在の様子について小林氏はこう語る。
「ICTで生徒たちが変わったわけではない。大人がデジタルを管理や規制で遠ざけていただけで、スマホを日常的に使う生徒たちにとってはナチュラルな状態になったのだと感じます」
ICTで変化があったのは、教員のほうかもしれない。
「前例がない中、『挑戦』をみんなで協力して『正解』に変えていった。BYODを担当した先生たちは、あらゆる挑戦へのハードルが大きく下がったと感じています」(山田氏)
18年に教員の業務を「G Suite for Education」に切り替えたことで効率化も進んだ。出欠と成績はオンプレミスで管理しているが、例えば会議資料はドライブで、会議予定はカレンダーで共有。業務連絡はハングアウトで行い、資料はドキュメントやスプレッドシートで作成する。「紙と異なり、検索すればすぐ資料が見つかるのがいい」と、山田氏。とくに教員の間で好評なのは共同編集機能で、会議の議事録作成が効率化できて時短になったという。
このように全教員がG Suite for Educationに慣れており、BYODによりICTを授業に活用している先生も多い。そのため、コロナ禍の休校中も教員はほぼ完全在宅で、スムーズに全学年にオンライン環境をつくることができたという。
「実は特活が始まった頃も学園内で賛成派と反対派に分かれるなどして大変だったんですが、子どもたちの成長を見る中でしだいに大事な教育だということが共有されていきました。BYODもいろいろありましたが軌道に乗り、成果を実感しています。今後も自由に端末でいろいろな使い方をしていってくれたらうれしいです」(伊藤氏)
(文:編集チーム 佐藤ちひろ、写真はすべて湘南学園中学校高等学校提供)