「受験勉強以外の力も備わる塾づくり」を目指して起業
小学4年生で入塾したSAPIXで1位を獲り続け、中学受験では開成をはじめとした超難関校にすべて合格した繁田和貴氏。「開成中高時代は、自由な校風をとことん謳歌。やんちゃしすぎたこともあり、1浪して東京大学の文科二類から経済学部に進学しました。大学時代はSAPIXでアルバイトをしていましたが、生活は怠惰まっしぐら。スロットにはまって3度も留年しました」。
勉強は得意な反面、自分を律するのは苦手。中学受験でも大学受験でも、何のために合格して、その先に何をするのかは理解できていなかったと振り返る。繁田氏が起業して塾経営の道を選んだのは、子どもたちに自分と同じ過ちを繰り返してほしくないという思いがあったからだという。
「受験の目的が合格になっていると、入学後にやる気を失ったり、道を見失ってしまったりします。受験のその先を見据えた教育こそが必要なのだと強く感じました」と繁田氏。
受験で終わらない力をしっかり身に付けられる塾なら、自ら立ち上げる価値がある――。大手塾と差別化を図った完全1対1のオーダーメイド個別指導塾「TESTEA(テスティー)」を東京都杉並区久我山に開校したのは、2006年のことだ。
TESTEAでは正しい勉強法を教えるのはもちろん、何より子どもたちを温かく包み込む雰囲気づくりを大切にした。「アットホームな塾にしたい一心で、開校当初は室内の照明を暖色系にし、靴を脱いで勉強するスタイルをとっていたほどです」
とくに思春期の中高生は、親や先生でも同級生でもない「斜めの関係」に救われることがあると繁田氏は経験を通じて感じてきた。少し上の先輩には、相談もしやすく、助言を聞き入れやすかったと言う。そこでTESTEAでは、日々のマンツーマン指導や相談は大学生講師がメインで担当し、志望校やカリキュラムは教室長や教科主任が担当するようにしているそうだ。
マンツーマンの指導には多くの講師が必要だが、TESTEAの採用率は3割以下。独自の厳しい基準を設け、面接や模擬授業を経て採用を進めている。「TESTEAで重視しているのは、コミュニケーション力の高さと人当たりの良さ。学歴があっても必ずしも子どもに教えるのが上手だとは限りません。採用後も、1〜2カ月の研修期間を設けています」。
今後は新事業を計画しているほか、2023年10月に新たに田町校を開校するなど、引き続き規模を拡大させているが、TESTEAが講師たちにとっても大切な居場所となるようコミュニケーションを密に行い、更なる授業クオリティーの向上を目指しているという。
知識の定着を見極める独自の「開成番長メソッド」
個別指導塾のメリットは、生徒の理解度を把握しながら授業を進められる点にある。「人それぞれ体格に差があるように、地頭にも差があります。子どもたち1人ひとりの記憶の特性を見定め、正しい型に沿った学びを実践しています」と繁田氏は説明する。
TESTEAでは、子どもたちの理解度を測るため、講師が積極的に問いかける“発問形式”の授業を実践している。「うまく説明できない場合、ほとんどの場合は、語彙力不足ではなく、理解が追いついていないことが原因です。講師がフォローしてわからない点がクリアになると、たとえ小学校低学年でも自分の言葉で説明できるようになります」
TESTEAでは、このようにしっかりと知識がインプットされた状態の理解度を“ステイライン”(=知識を定着させるために必要な理解度のライン)と呼び、常に意識するよう伝えている。繁田氏は「家庭でもぜひ取り入れてほしい」と薦める。
繁田氏が実体験や、塾講師・家庭教師での経験を基に独自に編み出した「開成番長メソッド」はほかにもある。そのひとつが、間違えた問題だけにフォーカスし、×が○になるまで繰り返し解く「シメバツチェック法」だ。
①間違えた問題は、ノートだけでなく問題集やテキストなど問題のほうにも「/」をつける
②復習して正解できれば「/」に逆向きの「\」を重ねて「〆」(シメバツ)にし、再び不正解ならもう1本「/」を入れて「//」にする
③最終的に自力で解けたときに「\」を入れて締める
自力で解けなかった問題をわかりやすく可視化することで、「\」で締まっていない問題は再度取り組むべきと一目瞭然でわかるし、「/」が複数重なっている問題は弱点であるとわかる。「時間に余裕があれば、2回以上間違えた問題をコピーして貼り集めたノートをつくると、成績アップのためのバイブルになります」(繁田氏)。
その他、脳科学的な根拠に基づき忘れかけのタイミングを狙って少しずつ間隔を広げながら復習を繰り返す「メモリーサイクル法」などのメソッドで、知識の定着を効率化するという。
勉強でも「スモールステップの積み重ね」を認めてほしい
中学受験を予定している親に繁田氏が伝えたいのは、“子どもの特性を理解して、親子の関係性を良好に保ち続けること”だという。
「不思議なもので、勉強は運動と比べて“やれば伸びる”と思われがちです。テストの点数が50点の子には『次は100点を目指そう』と言いますが、50メートル走が9秒の子に、いきなり『次は7秒を目指そう』とは言いませんよね。まずは8秒7くらいに目標を設定するのでは。勉強も同じで、スモールステップを積み重ねていくべきです。テストが毎回50点のお子さんなら、58点が取れたら『よく頑張ったね』とほめてほしい。つねに100点を要求すると、親子関係が悪化してしまい逆効果です」
繁田氏は、今後はIQよりEQ(=心の知能指数)が求められる時代がくると語る。「知識を覚えて吐き出す力や決まった作業を正確にできる力より、自分というフィルターを通して知識を編集しアウトプットする力や人間関係を構築する力、つまりAIに代替されにくい能力がより重視されます」
そのために “未来を生き抜く力を伸ばす教育”が大切だと感じている繁田氏。「教員をはじめ、教える者の役目は、知識を教授するTeachより、人から能力を引き出すCoachに寄っていくのではないでしょうか」と予想する。昨今ではネット上にも授業動画があふれているが、人から能力を引き出すには、一方通行のコミュニケーションではなく対話が欠かせない。
「TESTEAが目指す授業スタイルは、まさにコーチングです。これからは “人のハートに火をつけられる存在”がますます重宝されるでしょう。子どもたちはもちろん、教える側も、コミュニケーション力や人間力を研鑽(けんさん)しなければならない時代に来ているのです」
(文:せきねみき、注記のない写真:尾形文繁撮影)