「全米最優秀女子高生」を育てた、「非認知能力」を育む教育とは?
米国在住の女子高校生を対象にした大学奨学金コンクール「全米最優秀女子高生(The Distinguished Young Women of America)」。60年以上の歴史を持つ名誉ある賞の2017年度のグランプリに輝いたのが、ボーク氏の娘であるスカイさんだ。
「全米最優秀女子高生」は、米国で毎年行われている大学奨学金コンクールで、学力だけではなく知力やコミュニケーション力、自己表現力や特技などを総合的に競い合う。スカイさんは、アジア人としては3人目、日本人としては初の受賞となる快挙を達成した。現在スカイさんは、名門コロンビア大学に在学中で、幼い頃から習ってきたバレエも続けている。
受賞に至った背景には、スカイさんが育んできた「非認知能力」があった。非認知能力とは、IQやテスト、偏差値のような数値化できる認知能力ではなく、“問題解決能力” “計画性” “柔軟性” “心の回復力” “自制心” “やり抜く力” “社会性” “共感力”など、従来の学力とは異なる数値化できない個人の能力のことを指し、子どもにとって、身に付いていることがプラスになるといわれる能力のことである。
「娘は、4歳からボーヴォワール校という学校に通っていました。そこでは、子どもの非認知能力を育む教育を重視しており、『ソーシャル・エモーショナル・ラーニング(SEL)』のプログラムが充実していました。早くから文字の正しいつづりや計算をさせるといった、早期英才教育などはいっさいなく、小学校3年生までは宿題もありませんでした。放課後、子どもたちは、学校の校庭や公園で泥んこになって遊んでいましたね。娘は5歳からバレエを始めたのですが、それにも打ち込んでいました。娘本人がいちばんパッションを感じていたのがバレエだったからです」
この「パッション」こそが、子どもたちの主体性を育むうえで、最も重要なことだとボーク氏は語る。
「今、学校の先生にやってほしいこと、それは子どもの主体性を育むことです。まずは、子どもが『自らやりたいからやる』ということを一緒に見つけてあげる。パッションを持ったことに打ち込める環境を整えてあげることが重要です。そして子どもが、主体的にやりたいと思ったことで得た達成感を、子ども自身に味わせてあげることです。自分で考えてやったことで結果を出す、その喜びを知ることは子どもを伸ばします。一度それができれば、いろいろなところに応用できます」
毎日5分間の「プロジェクト」で非認知能力を育む
そのために有効なのが「プロジェクト」なのだという。
「非認知能力を伸ばすためのカリキュラムは、プロジェクトベースで始めることがとても有効ですね。プロジェクトベースであれば、幼稚園からでも、小学校からでもスタートできます。毎日5分間でも十分効果はあります。例えば、『自分たちの学校がある地域の人たちのために、何ができるかを考えましょう』という議題で、子どもたちに考えさせる。そこで出した意見を実行させ、自分がやりたいことで結果を出す、という経験を子どもたちにさせてみる。たった5分間のトレーニングでも、その積み重ねが主体性を育むことにつながり、子どもたちが自分の好きなことを探すきっかけにもなります。毎日たったの5分間であれば、無理なく進めることができるのではないでしょうか」
2030年には、今ある職業の49%がAIに取って代わられるともいわれている。変化の激しい世の中では、これが正解だという1本の安全なレールはもはや存在しない。自分が何をやりたいのかを自ら主体的に探して、自分で切り開いていく必要があるのだ。
「これからの時代を生きる子どもたちは、指示待ちではなく、自分がどう生きたいのか、主体的に考える力を育む必要があります。今まで意見を求められなかった子どもたちが、急に意見を求められている時代ともいえます。私も含め、私たちの世代は、子どもの意見は、あまり求められた記憶がありません。かつては、子どもが意見を持つことは重要どころか、むしろとがめられたかもしれません。何か意見を言うと、口答えしているとか、子どもの癖に、と言われたのではないでしょうか。でも、今の時代は子どもたち、そして大人たちも、自らしっかりとした意見を持つことが重要なのです」
大人たちも、変わらなければいけないと語るボーク氏。それには理由がある。
「非認知能力の育成の基本は、身近なロールモデルだといわれています。子どもは、身近にあるお手本を見て、まねて育っていく。それには身近な親や教師がどのような手本を見せるかが重要であり、いかによい環境をつくってあげるかということが大切です。子どもや生徒は、与えられた環境の中で、順応して育っていくことしかできません。子どもが自ら環境をつくる、ということはなかなか難しい。非認知能力を育てる環境をつくってあげられるのは、周りの大人たちなのですね」
非認知能力を育む環境づくり、3つの柱
非認知能力を伸ばす環境には3つの柱がある、とボーク氏は続ける。
「まず第1の柱は、安心安全な環境であること。自分はここにいていい、自分には価値がある、と思えることで、子どもは自己肯定感を健康に育んでいくことができます。得意なことだけではなく、不得意なこともひっくるめて、ありのままの姿を個性として、親や、教師など周りの大人が認めてあげる。みんなと同じであること、こうあるべきという姿を求めないことです。これは、子どもだけではなく、大人にも同じことがいえます。大人がまず、自分自身を正当に評価するというところから始めてください。自分にできないことは、子どもに対してもできません。まずは子どもを育む大人が、自分を大事にする。そうすることで、子どものいいところに目がいくようになり、自分や他者に対する声かけが変わってきます。
第2に、主体性を育むことです。そのためには、自分軸で夢を見る力を持つこと。他人の思惑や、他人軸で夢を見るのではなく、自分軸で夢を見ることを訓練してください。大人もそうです。大人が、自分の好きなことをやって、失敗を共有しながら、それでも前に進んでいく姿を見せることで、子どもも、夢のかなえ方、失敗してもいいんだ、ということを学びます。子どものパッションの芽を見つけるためには、お稽古も効果的ですね。お稽古とは、誰かと競い合うためにするのではなく、子どもの主体性を育むためにするものです。私自身も、娘が自らやりたいというものを見つけるために、バイオリン、ダンス、スキー、テニス、水泳、サッカー、バスケットなど、小さな頃から延べ15種類くらいの習い事を経験させました。
第3の柱は、主体的に始めたことを結果につなげていくことです。行動を結果につなげていくことが、人生をつくります。もちろん成功だけでなく、失敗も大事です。失敗から学び、成功を経験して、結果を出す。そのためにもう1つ重要なのが、論理的に考える力です。結果を出すために、情熱をどうしたら結果につなげられるのか、論理的に考えることを子どもと一緒に始めてください。目標のために今何をするべきか、できることは何か、とブレークダウンして考えてください。5分間でも毎日こつこつと続けることが重要です。論理的に思考し、問題を解決する能力を身に付けると、世の中に出たときにも役に立ちます。何かをやりたいと思ったときに、必ず壁にぶつかります。壁にぶつかったとき、論理的に思考する力、問題を解決する能力が育っていれば壁を乗り越えられるのです」
まずは、要となる子どもの自己肯定感をしっかりと育む。次に主体性を身に付けて、やりたいことでの成功体験を積み重ね、それと並行して、論理的な思考力と問題解決能力を磨きながら、情熱を行動力につないでいくことが重要だ。
「言葉にすると難しいことのように感じますが、難しく考えず、子どもたちに、まずやらせてあげること。すぐやり直せる程度の小さな失敗をどんどんやらせてみること。じゃあ試しにやってみようか、という声かけが大事です」
最後に、ボーク氏がこれだけは伝えたいと言って続けた。
「日本の教育は、認知能力を伸ばすという点では世界最高レベルです。日本の先生は、本当にすばらしいと思います。だからこそ、子どもたちにとってゼロから1をつくっていく能力、非認知能力を育むことができたら、それはもう最強ですよね。大きく変えるのではなく、まずは先生たちに、教室ベースで、この能力を育むことに挑戦してもらえたら、と思います。大人たちも、自分の考えがつねに正しいとは限らないということを認め、教室で、あるいは職員室で、家庭で、世代を超えた健全なディスカッションをしてみる。問題解決をしていくという姿勢とプロセスを子どもたちに見せることで、子どもたちの共感力も育まれ、お互いの違いを受け入れ、自分の意見をロジカルに伝える訓練にもなります。そうすることで、自然と非認知能力も育まれていくでしょう」
ボーク氏の描く、新しい教育の未来。そこへ向けた彼女のチャレンジはまだまだ続く。
(写真はすべてボーク氏提供)