とある患者さんとの出会いや、不登校をきっかけに養護教諭へ

今回取材に応じてくれた長野雄樹氏と津馬史壮氏は、ともに現役の養護教諭だ。それぞれ、小学校、高校、特別支援学校など、校種を越えた異動を経験した教員生活のミドル世代にあたる。

名古屋市内の公立小学校に勤務する長野氏は、元看護師だという。新生児集中治療管理室(NICU)と一般の小児科病棟で勤務した後、教員免許を取得。北海道の夜間定時制高校で勤務後、現職枠で名古屋市教員採用選考試験を受け、特別支援学校を経て今年度4月から現任校で働いている。

長野 雄樹
長野 雄樹(ながの・ゆうき)
名古屋市立荒子小学校 養護教諭

「養護教諭を目指したのは、ある患者さんとの出会いがきっかけです。その子は難しい病気を抱えて入退院を繰り返していたのですが、中学校に上がると浮かない表情をたびたび見かけるようになって。話を聞くと、先天性の疾患による特徴的な顔立ちや、治療で学校を休みがちなことがきっかけでいじめに遭い、学校に行けなくなってしまったというのです。

子どもたちが本来いるべき場所は病院ではなく、地域や家庭、学校です。病気や障害を持ったままこうした場所に戻っていく子どもたちを支えることのできる仕事はないかと考え、養護教諭の道を選びました」(長野氏)

津馬氏は、養護教諭14年目。現在4校目で、自分よりキャリアの長い女性の養護教諭と2人の複数配置で仕事をしている。

津馬 史壮
津馬 史壮(つま・ふみあき)
岐阜市立島小学校 養護教諭

「私自身は不登校の子どもでした。でも、他校の不登校の子に会いに行くようなアクティブな不登校児で。その経験から『不登校』というレッテルだけで見られて、その子の背景や能力が認められないことに疑問を感じていました。不登校の子をよくみてあげられる居場所になりたいと思い、初めはカウンセラー、その次に考えたのが養護教諭でした。当時は倍率がかなり高く、10自治体以上を受験して2年目で本採用されましたね」(津馬氏)

男性だからこそのメリットは「これまで見落とされていた点」でもある

女性養護教諭が大半を占める中、男性だからこそのメリットもある。1つは学校の児童生徒の約半数を占める男子からポジティブな反応を得られることだ。プライベートゾーンの手当てや、性の悩みは同性のほうが対応しやすい。裏を返せば、これまで女性養護教諭では難しかったことでもある。

「ある勤務校で、生活介助が必要な疾病を持つ児童が『男性の先生がいるとトイレを遠慮しなくてよくなった』と伝えてくれました。また、女子だけを集めて月経指導を行う場合、男子は自由時間で遊んでいるケースもあります。男性養護教諭がいれば、男子だけで話す時間を設けたり、時間を分けて指導ができます」(津馬氏)

「男子児童の性器タッチに不安を持った親御さんから相談を受けることもありますね。また一人親家庭で子どもが異性の場合に、自分もわからないので教えてあげてほしいと頼られることもあります。『男性だから』というより、対応や指導の選択肢が広がることにメリットがあるのだと感じます」(長野氏)

一方、男性養護教諭は「女子児童生徒への対応はできるのか」などの不安を持たれることが多く、偏見は強い。女性養護教諭がいれば対応しやすいという考えから、1校につき2人の養護教諭が配置される「複数配置」となるケースもあるが、とはいえ学校に1人の「単数配置」のほうが多い。特に健康診断の実施などでは、どの男性教諭もさまざまな工夫をしているという。

「健康診断、特に内科検診などプライバシーへの配慮がいっそう求められる場面では基本的に同性の対応が原則ですが、ある勤務校で女性教員が不在の年がありました。私は生徒たちに『今年は男性の先生しかいないけど、内科検診をやらないわけにはいかない。生徒も先生も、全員が嫌な思いをせずに終えたい』と説明し、アイデアを求めました。すると女子生徒たちが率先して行動し、プライバシーに十分配慮がなされた会場設営が実現したのです。当初は女性の事務職員さんへの応援要請も考えていましたから、彼女たちには感謝でいっぱいでした」(長野氏)

「例えば宿泊行事で体調不良になった子を部屋で看病する場合は、同性の先生に依頼します。こうした対応は事前に保護者に説明し、同意を得てから進めています」(津馬氏)

ほかにも、女子児童生徒が腰まわりなどの下半身を怪我した際に自ら患部を見せてきた場面において、プライベートゾーンについて指導するなどといった対応もしているようだ。

身体接触を伴う場面での児童生徒との関わりにおける意識

長野氏も津馬氏も、キャリアを重ねる中で、性別にとらわれず1人の養護教諭として、児童生徒や教職員との信頼関係をいかに築くかを意識するようになったという。

「体や見た目の男女に関係なく、応急手当てなど身体接触を伴う場面においては必ず声をかけています。これは、相手が小学校低学年でも高校生でも同じです」(長野氏)

長野雄樹
「男性養護教諭友の会」の研修会に参加する長野氏(左)。今年度で14回目となる本会研修会は、これまで北は北海道から南は福岡県まで全国各地で開催され、学びと交流を重ねてきたという

「子どもたちには、救急処置の場面で不安を感じたら、『触らないで!』『いや!』ではなく、『ちょっと待って』『今からどうするの』と聞いてくれると円滑だとも伝えています」(津馬氏)

長野氏は、定時制高校での勤務時代に性教育にも取り組んだという。

「定時制には成人の生徒もいます。過去に、摂食障害を経験して月経不順に悩む女性生徒がいました。パートナーがいて妊娠の可能性も心配していたので、基礎体温の測定方法などを伝え、自身の身体について保健室でともに勉強することもできる旨を伝えました。次第にほかの生徒も加わり、『女性特有の病気についても知りたい』などの要望が出るなど、ともに学び合うとてもよい機会になりました。生徒たちには私が“男性だから”という抵抗感はなく、養護教諭は男性・女性の枠にとらわれず必要とされる実践を重ねていけるのだと感じた経験でしたね。

また私自身は幸い、『男性養護教諭は心配』とか『女性がよかった』などと言われた経験はありません。しかしほかの男性養護教諭の中には、辛辣な言葉をかけられた人もいるようです。ただ、こうした言葉はつねに大人たちからのもので、子どもたちは私たちの存在をフラットに捉えてくれています」(長野氏)

とはいえ、今でこそ理不尽な経験はないと語る長野氏も津馬氏も、就職活動時には多少の違和感を覚えたという。

採用時は「男性だから」と違和感のある対応も経験

「実は、全寮制フリースクールの寄宿寮の職員兼養護教諭にも応募していたのですが、採用直前で稟議にかけられ、『男性では難しい』と採用を断念されたことがありました」(津馬氏)

「とある自治体の個人面接試験で、最初の質問が『男性養護教諭の弱みは何ですか』でした。多くは、その自治体を希望した理由や養護教諭を志した動機などが一般的かと思います。異性への配慮が必要なのは当然ですが、『そういった点は女性養護教諭でも同じではないか』と疑問に感じました」(長野氏)

「実際に、男性の養護教諭を取らないと噂されている自治体はありますね。一方でふたを開けてみると、柔和な印象の女性の養護教諭が『それで生徒指導ができるのか』と言われるなど、イメージ先行の圧迫面接と思われる体験をする人は性別に関係なく存在するようです」(津馬氏)

そもそも現状では、養護教諭を目指す男性の母数が少ないのも事実だ。志願者を増やすために津馬氏は、「キャリアモデルを示したり、『ケア職は女性』という社会的イメージの払拭が必要」と語る。

「理想は、一般の先生も養護教諭的な物事の見方や関わり方ができるようになることです。学力・体力の向上、自己実現などすべての土台には心身の健康があるはずです。多くの先生は学校保健安全法の内容に詳しくありませんが、この知識や技能は教員全員が持っていても悪くないはずです」(津馬氏)

津馬史壮
「男性養護教諭友の会」の研修会に参加する津馬氏。「自分の行動の根拠を答えられる専門性と、一方で一般的な大衆感覚も持ち合わせた人」に養護教諭になってほしいと語る

学校の保健がすべて養護教諭の肩にかかる業務過多も課題だが、実は複数配置も一長一短なのだという。実習段階では単数配置を前提にするため、現場での役割分担に難しさがあったり、毎年相手が変わる場合の煩わしさもあるからだ。

長野氏や津馬氏も所属する「男性養護教諭友の会」では、男性養護教諭への認知と理解の輪を広げる研修会を開催するほか、ホームページや書籍などを通した積極的な発信を行っている。管理職をはじめ、どうしても男性養護教諭への戸惑いが残る人がいることは事実だ。

男性養護教諭友の会
男性養護教諭友の会の研修会は、現職・退職養護教諭、養護教諭を目指す学生など、養護教諭以外の一般教諭、その他教育行政をはじめ教育関係者などが幅広く参加する。2024年8月3日に行われた第14回研修会では、「養護教諭から見た災害支援」をテーマにした講演や、「養護教諭のキャリア形成」に関する実践発表、交流会が行われた

長野氏は、「前例がないなど、学校が慎重にならざるをえない事情も理解できます。だからこそ、今こうして養護教諭として働くことができている私たちが、個々や『男性養護教諭友の会』の活動を通して草の根で活動を続けなくては」と語る。

彼らの言動は、養護教諭の力量は性別によるものではなく、1人1人が専門職として力を発揮できているかどうかであるということを強く伝えている。

(文:長尾康子、編集部 田堂友香子、写真:長野氏提供)