「高校生は、どう政治や社会問題に向き合うべきか?」

高校生が何度も話し合って用意した質問は、多岐にわたる

――日本の高校生は政治や社会問題に関心が薄いといわれていますが、今回のコロナ禍で政治問題などが、われわれの生活と直結していることに気づきました。そこで、私たち高校生はそういった政治・社会問題にどう向き合えばよいとお考えでしょうか。(東筑高校)

社会や政治に関する問題に取り組んでいるベテランの方と交流を持ち、彼らのメッセージをより面白く、興味が持てるようにするといったお手伝いができるといいですね。人は、面白いと感じる気持ちを止めることはできませんからね。

例えばウミガメにプラスチックストローが刺さってかわいそうだ、だからプラスチックの使用量を減らそうという運動があります。そうした主張を基に日本では「mymizu(マイミズ)」というアプリを開発した人たちがいます。これは外出先で気軽に給水スポットを探すことができるアプリですが、給水することでペットボトルといったプラスチック製品の消費量を減らそうというものです。

台湾では「奉茶」という団体が「Water refill map」というアプリを開発しました。ゲームの「Pokémon Go」のようにいつでもタグ付けすることでコインを入手することができるもので、そのコインで見た目は悪くても十分においしい規格外の農産品と交換できます。このように面白さを持たせることで、社会的意義のある行動につなぐことができるケースもあるのです。

つまり、協働したり、地方創生という面でもコラボレーションができるということです。問題に取り組んでいるベテランの人たちは、その分野で長い期間働いていますが、われわれが知っているようなデジタルの技術を知らなかった。そのため、ゲーム的な方法を使って運動の流れを1つにまとめて、共に行動できるのだということが想像できないのです。

この点こそ、皆さんのような若者が強みを持っています。なぜなら、皆さんは生まれた時からソーシャルメディアがあり、ハッシュタグを考えるのは皆さんにとっては非常に簡単なことだからです。すなわち、デジタルで運動を広げ、連携や協働ができるということです。皆さんはこうした新しい方向性や新しいベクトルを考えるのと同時に、社会活動をしているベテランの人たちが傾けるエネルギーとコラボレーションする必要があるのです。

――開発途上国の子どもたちがインターネットを気軽に利用するためには、インターネットの普及と使用するためのコストを削減することがカギになると考えます。このような問題にはどのように対処したらいいですか。(長崎西高校)

開発途上国において教育や遠隔学習の必要性は、実はとても大事なことです。子どもたちの健康と同じぐらい大事だとさえいえるでしょう。だからこそそれが、インターネットのためのインフラに投資する理由になるのです。

高校生の質問に対し、流れるように回答が返ってくるのが印象的だ

先生が現地に行って教えること以外にも、インターネットを通じて教えることができるのです。例えばテニスに興味があれば体を使う運動でも疑似体験できるということが理解できれば、開発途上国の人々は「では基礎教育に投資しよう」と考え、それが教育普及への大きな原動力になります。基礎科目であっても技術であっても、インターネットを通して子どもたちが習得できるということですね。

ただし、技術的な科目をインターネットを通して教えるためには、高周波数の帯域幅が必要となります。この点は、台湾でもこの数年5Gの技術の研究開発を積極的に行っている理由の1つです。

今はまだビルの屋上に基地局を設置していますが、間もなく衛星や気球、無人機などに搭載され、上空からコントロールできるようになるでしょう。そうなると、台湾と日本をつなぐ太平洋の海底ケーブルのように、ケーブルで接続できない開発途上国でも上空から極力安いコストでインターネットを利用し、例えばバーチャルサッカーもできるといった可能性が生まれるでしょう。

――オードリーさんは16歳で起業するまでに、会社設立の方法や経営の知識を独学で学ばれたと聞きました。具体的にはどう学ばれたのですか。(鶴丸高校)

ほかの多くの起業家と同じように、まずは解決する価値があると思われる環境面や経済面での社会的な問題を見つけ、その問題を解決する方法がないかを細かく調べていくところから始めます。

当時、私が起業したテーマの1つは、自宅にある不用品をインターネットを介した物々交換やオークションといった方法で、必要としている人たちにどのように簡単に渡すことができるかというものでした。このような問題は、どの家庭にもありますよね。そのため遠くまで出向いたり、分析グラフを作ったりする必要もありません。こうした需要がありそうな、できるだけ多くの人たちから話を聞けばよいだけです。

つまり、試行錯誤を繰り返すことで、顧客からどのようなことが必要なのかを教えてもらえればよい、ともいえます。例えば、インスタントメッセージの機能や全文検索の機能などを必要とする顧客のニーズに合わせながら、誰にでも共通する問題として解決していけばよいのです。

多くの起業家が大事にしていることがあります。それは解決すべき核となる問題が自分の興味があるものであり、それを起業の主軸とする「ピボット戦略」を練ることです。これは、主軸に足を置きながら方向転換を繰り返す、すなわちさまざまな方法を試しながら利害関係のある人を見つけ出し、最適な解を見つけていく方法です。

――ネット上にあふれる情報の信頼性が問題となっています。例えば、そういった情報の出典や出所を明示する必要がよくありますが、情報化社会が進み、多くの情報がある中で、私たちが正確な情報というものをどう見分ければよいのでしょうか。(鶴丸高校)

この質問を考えるだけで、3日間の会議が成立しますね。簡単な言葉で答えるのはとても難しい問題です。

言えるとするなら、できる限り一時的な感情に影響を受けないようにするということです。ネット上にある、皆さんの元に流れてくる多くの情報は、一言のタイトルであろうとセンセーショナルな画像であろうと、多くの場合はある一定数の人たちの心を動かす情報です。

私は普段から、情報に接するときには一度深呼吸をして、なぜこの情報を見たときに共有したいと思ったのか、なぜ誰かから共有されてきたのかを考えてみます。これが大事ではないかと。いったんその情報を警戒してから、情報のソースを確認します。おそらく、皆さんも目にしたものを一方的な方法ではなく、さまざまな角度から確認する方法をお持ちだと思います。

正確な情報を検証する方法は、それぞれの分野に異なる論理があります。興味があれば、ウィキペディアのコミュニティーを参考にしてはいかがでしょうか。なぜなら、ウィキペディアには個人の意見というものはなく、すべて2~3カ所の異なるソースの資料を確認したうえで掲載されています。ネット上で情報をどのように確認するかを最も理解しているのはウィキペディアのコミュニティーの方たちだと思います。皆さんも自分で調べてみてください。

「日本の高校教育の現状をどう思いますか?」

――日本の普通科高校では、生徒は文系と理系に分けられます。一般的に、文系に分類される分野、文学や哲学といった教科はIT化が進むにつれて社会で軽視されるのではないかと危惧しています。こういった日本の教育の現状について、オードリーさんはどのように考えますか。また改善すべきことはありますか。(東筑高校)

この質問に私が答えるのはふさわしくないかもしれません。私は高校に通ったことがありませんからね。そのため、文系理系に分かれるという意味が私にはよくわかりません。

しかし、台湾の高校では学ぶべきものをコースではなく、18の学群で分けています。情報や工学、数学理科化学、医薬衛生、生命科学、生物資源、地球・環境、建築・デザイン、芸術、社会・心理、マスメディア、外国語、文学史学哲学、教育、法律政治、管理、ファイナンス、レクリエーション・スポーツ、および分類できないその他の学び、といったものです。

まるで大学で履修科目を選ぶように、一足先に高校で専門ごとに分けられるという仕組みです。とはいえ、1つの学群を選んだら残りの17は選べないというわけではありません。これは大学の選択科目のように、自分が学びたい学群を組み合わせることが可能です。

自分が解決したいと思う問題があれば、その問題に近い学群をあなたは志望することになります。高校の段階で「2つや3つの中から選べ」となるのではなく、多くの選択肢の中からいくつもの選択ができるような方法であり、一人ひとりの学生が自分独自のカリキュラムを作り出すことができる方法でもあります。これが、台湾の新学習指導要領の基本精神である「学生が主体となる」を実現する方法となっています。

――オードリーさんは幼少期から独学で学ばれたそうですが、デジタル化が進む中で、学校ではなくて独りで学ぶことを選択する人が増えるのではないかと思います。学校よりも独りで学ぶことを選ぶメリットとデメリットは、どのようなものがあるでしょうか。(大分上野丘高校)

私は中学校3年生の時でさえ学校には通っていません。しかし、中学校に行っていなかったからといって独りで勉強していたわけではありません。当時の私は、近くの大学で授業を聴講していたのです。つまり、必修科目がなくて、すべて選択科目となる環境に一足早く身を置いていたといえるでしょう。

オンラインであろうと近くの大学であろうと、私はいろいろな人と一緒に学んできました。ただ、私が誰と一緒に学ぶかは、自分で毎日決めるのです。そのメリットは、長期的な計画や仕事、例えば起業をする際、関係のないことに邪魔されないという点です。デメリットは、毎日、朝起きた後に、何かを学びたいという意欲がなければ何も学ぶことができないということです。

これからの社会では、学校とは、学びたいと思うすべての人々のための資源であり、何歳から何歳までしか学んではいけないという縛りがないものになっていくと思います。何かに興味を持った人は誰でも、15~17歳の人だけでなく、50歳でも60歳でも、70歳でも、例えばコミュニティーカレッジや社会人課程、あるいは台湾で議論されている実験大学のように、文化遺産、遺跡修復などの特定の専門を学ぶ学位課程を履修するためのさまざまな方法を利用できるようになる。つまり、私たちがいう大学はより多元的なものになっていくはずです。

実例を挙げたり、高校生でも想像しやすい喩えを出して説明をしてくれる

――基礎科目の学力主義教育を重視するべきか、あるいは創造力のある、柔軟で自由な考え方を養うための教育を重視するべきかという議論が行われています。そのため、今の学校は中途半端な状況になっていると感じています。答えのない課題に対応するために、今高校生が身に付けるべき真の力とは何でしょうか。(熊本高校)

少なくとも「問題(課題)解決型学習」(PBL、Problem Based Learning)というプロジェクト型の学習による問題解決を基礎とした学習方法でなければ、何も身に付けることはできません。テストのためだけの勉強では何も覚えられないというのが私個人の考えです。

私の友達の誕生日に動画を作って誕生日を祝うことを例にして考えてみましょう。この中では、当然基礎科目に当たる動画制作の知識が必要ですね。それがないと、どのように作ればよいのかさえわかりませんから。とはいえ、その基礎科目の知識とともに、創造力や自由な発想も必要とされます。そこで、自分と相手とのこれまでの関係や共に過ごしてきた経験を基に、どのようなシーンを組み込めば相手が喜んでくれるかといったことを自由に考えていきます。そして、関連する動画をネット上でたくさん見ながら、構成などの考えをまとめていきます。

つまり、飛行機が両翼を持ってこそ飛び立てるように、どれか1つの翼だけを選ぶことはできないということです。基礎科目の知識がなければ創造力という養分を得られません。また、創造力を発揮できる自由な環境がなければ、すべて同じような動画になってしまう。自分自身とその周りにいる人たちとで一緒に創造力を働かせることのできるような「共同創造」の環境を確保することこそ、PBLのテーマです。

みんなで同じ問題を解決しようとすれば、おのずと自分の基礎能力では足りない部分を補おうとしますし、自由な創造力やコミュニケーション能力で足りない部分をも補おうとします。そこで大事なことは、よいテーマを見つけるということです。

――日本の高校生の中には、自分が本当に何をしたいのか、どんな能力を持っていて何ができるのか曖昧だと考え、「社会のために貢献したい」と思っていても行動になかなか移せないと悩んでいる人がたくさんいます。こんな悩みのすべての原因が今の教育制度にあるというわけではないとも思っています。教育を受けるわれわれの側からこの状況を打破し、自分たちが持つ能力に気づいて、それを生かしていくには何をすべきだと考えますか。(熊本高校)

1つ大事なことは、学校だけを自分の学習の場と考えず、学校の周りにあるコミュニティーも学校の一部だと考えることです。

今は実験的な教育を行う学校も存在し、例えばミネルバ大学という大学では、特定の人たちと特定の建物の中だけで学びを進めるのではなく、毎学期1つの都市を選び、その都市全体を学校の一部とみなしています。

例えば持続可能な開発目標(SDGs)には169のターゲットがありますが、169のターゲットで1つも興味がないということはないでしょう。興味があるターゲットを見つけたら、自分のいる地域でこのSDGsを解決しようとしている人たちを調べ、彼らと時間をかけて付き合うことです。私のように中学校から脱落してからすべての時間を社会活動に費やせるようになったのとは違い、今からでもすぐにできる具体的な行動で貢献できるはずです。

多くの高校でも最近、コミュニティーでの仕事や地方創生の仕事を学校のイベントの1つにしています。皆さんも高校にいながらにして地方創生やSDGsに関するイベントをカリキュラムの一部に取り入れられないかと、高校の先生とよく話し合ってみてはいかがでしょうか。もしかしたら先生方も、「あなたが興味を持っているのなら一緒に企画してみましょう」と前向きに考えてくれるかもしれません。

メモを取りながら回答を聞き、理解を深めていく熊本高校の生徒

――私たちはこの世界に存在するあらゆる現象や問題の原因と構造、それからわれわれの行動が与えうる未来への影響を深く考えるために必要な深い教養を持っていないと思います。オードリーさんは幼少期から哲学書を読むなど広く深い教養に触れてこられましたが、それは現在の活動にどのように生かされていますか。(熊本高校)

正直に言えば、今の仕事に最も生かされていると思うのは、ほぼ毎晩、寝たい時に眠れて、8時間ほどで自然と目が覚めるまでしっかり眠ることができる能力です。

この能力は哲学書や教養など、ほかのどのようなことよりもずっと大切なものです。さらに、これはとても理にかなった能力です。というのも、人間は睡眠の過程において昼間の断片的な知識をまとめて自分の見解や創造力として確立します。十分な睡眠時間を確保できなければ、他人の言うことを鵜呑みにするばかりで自分で判断ができなくなってしまうのです。

したがって、昼間には急いで判断を下したり、「私は絶対こう思う」と偏った考え方をすることがなく、どのような選択をもできるようにしておく習慣を養うことが大事だと思います。夢の中では自分でも何が起こっているのかわからない状況に陥りますが、目覚めた時には前日の情報を受けて、自分の中での考えがきちんとまとまっているはずです。これこそが、私の今の仕事や活動の中で、とくに異なる部門の人や異なる意見を聞いて考えをまとめるために生かされています。

実は、どのような意見も聞き入れられる、どのような選択もできるようにするという能力も、社会に貢献する1つの方法なのです。特定の方法で社会を変えようとしなければならないわけではなく、ある一部の人たちが持っていたり、もともとは別の人たちに理解されなかった意見だとしても、間に誰かが立ってどちらの意見も取り入れられるようにすれば、互いにコミュニケーションができます。これも一種の社会貢献ですよね。

最後に画面上で記念撮影。オードリー氏のサインは「スタートレック」から来ている

――私たち高校生はこれからの社会に改革を起こしていく立場にあります。自分自身、何か新しいことに挑戦しようとするたびに「失敗したらどうしよう」という不安が生じます。オードリーさんは誰も挑戦したことのない改革に取り組むとき、「失敗したらどうしよう」という不安にどのように対処していますか。(宮崎西高校)

もしすぐに完璧にできてしまえば、拍手されて誉められて、「この詩、この俳句は素晴らしいですね」と言われるだけで、それから先の交流にはつながらないと思います。

一方で、私の書いたものに誤字や文法上の問題があったり、語彙の使い方が正確ではなかったりすれば、新しい友達を作るきっかけになります。失敗ということは、勇気をもって間違いを認め、その間違いを指摘してくれた人の意見を聞き入れて、それをすぐさま自分の作品に取り入れることができさえすれば、失敗するプレッシャーで互いにぶつかることで創作やイノベーションの動力に変わるのです。したがって、私は公に失敗すること、なるべく早く失敗することが大事で、しかも失敗した時には周りの人に「ここで行き詰まった」ということを自ら示したのだ、別の方法を試してみようではないかといった流れに持っていけるようになればいいと思います。

――もし今生まれ変われるなら、もう一度オードリー・タンという人物になりたいと思いますか。また、どんな人物になってどんなことをしたいと思いますか。(宮崎西高校)

私が今過ごしている人生は、どんなに想像をしてみても自分に最も合っているものだと思います。だから、特に変わりたいと思うことはありません。ただ、もし何か変えたいことがあるとすれば、目覚めたらすぐにそれを実行に移します。

(写真はすべて「世界的なデジタル社会でどう生きていくか、高校生が何をすべきか」より)

前編「  オードリー・タン、日本の高校生と議論の裏側 」を読む

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