コースは無学年制、「日本人だけが英語ができない」を変えたい

J PREP斉藤塾(以下、J PREP)代表の斉藤淳氏は、かつてイェール大学で政治学を教えていた。その際、「日本人留学生だけが圧倒的に英語ができない」という事実を目の当たりにしたことが、開塾の動機だったという。

「日本ではエリートとされる学生も、イェール大学に集まる各国の学生たちとディスカッションを行うと、英語力の未熟さが露呈してしまう。これは日本での英語の教え方に問題があるのだろうと感じました。それならば日本の英語教育をよりよくすることをライフワークにできないか。そう思ったのです」

通塾開始のボリュームゾーンは中学1年。指定校制ではないものの、中学受験で中高一貫校に合格した生徒が多く、小学生コースに在籍していた児童が中学受験を終えて戻ってくるケースもあるという。

大学合格実績としては、海外大学のほかに東京大学や早慶大、医学部などの難関大学に多数の合格者を出しているが、「受験エリートを育てることが目的ではない」と斉藤氏。毎回の授業では、小テストや課題の到達度とは別に、授業への参加度についても評価が実施され、ポータルサイトを通じて各家庭にフィードバックされる。

特徴的なのが、コースが無学年制である点。レベル認定テストを受け、各自の英語力に応じたコースからスタートする。高校1年の入塾時には中学生と一緒に初級レベルにいた生徒が、最終的に京都大学に合格した例もあるという。

音声学習もJ PREPの特色だ。小学生コースでは英語の歌やアルファベットの音を盛り込んだチャンツ(リズムに合わせて発音して英語の抑揚やイントネーションを学ぶ方法)、小学5年〜高校1年が主対象の「英語 コア・カリキュラム」入門(Level1)コースでフォニックス(英語の文字と発音の関係性を教える指導法)と発音記号を学び、英語独自の音をしっかり聞き取ることを目指す。

「応用言語学の知見では、外国語学習は年齢が幼いほど音声中心で進め、徐々に文法中心の学習へとスイッチするのが効果的とされています。しかし、日本の英語教育では多くの学校が体系的な発音指導を行っておらず、子どもたちは正しい音を学ぶ機会がないまま、文法学習に偏ってしまうのです。これでは日本の大学入試は突破できても、海外で使える英語は身に付きません」

斉藤 淳(さいとう・じゅん)
J PREP 代表。上智大学外国語学部英語学科卒業、イェール大学大学院政治学専攻博士課程修了。元衆議院議員。イェール大学助教授、高麗大学客員教授などを歴任し、2012年にJ PREP斉藤塾を開塾。全体の統括に加え、教材開発、授業、進路指導を担当している。近著に『アメリカの大学生が学んでいる本物の教養』(SBクリエイティブ)

英語は「合意形成」のためのツール、英語と教養を同時に学ぶ

この課題にJ PREPが示すのが、英語力と教養を同時に身に付けるカリキュラムだ。

英語で多様なテーマを学ぶCLIL(Content and Language Integrated Learning)では、オリジナルのテキストと動画を作成。「東京の交通事情」や「日本と世界の住宅比較」という身近なテーマから、心理学や社会学、コンピューターサイエンスなど学問の入門までを視覚情報と英語音声で学ぶ。海外で日本について聞かれた際やディスカッションを行う際に必要な語彙や視点を身に付けられるよう、日本の文化や歴史、民主主義といったテーマも扱う。

「グローバル社会において、英語を学ぶ理由は合意形成です。昨今の戦争でも痛感しますが、子どもたちには、暴力ではなく話し合うことの大切さを理解してほしい。そのツールとして英語を使いこなし、世の中のあるべき姿について自分の頭で考え、必要な活動に自ら参加する姿勢を持つ人に育ってくれることが、私たちの英語教育が目指すゴールです」

J PREP ではICTの活用にも積極的で、塾生の学習管理ポータルサイトにはAIツールを導入。自宅学習での音読やスピーキングの発音の正しさをAIが自動判定し、講師は履歴から生徒一人ひとりの習熟度を把握できる。スピーキング課題では、発話の様子を録画してサイト経由で提出すれば講師からフィードバックが受けられる。

学校では、電子黒板やタブレットは充実していても、生徒個人の成果物を評価し蓄積していく仕組みはなかなか見ない。斉藤氏は「うちの音読管理の仕組みも、本来は国が学校に用意すべきものだと思う」と話す。

教材作成にもICTを活用しており、過去30年間の大学入試における出題語彙の難易度を分析し、最新の傾向に合わせた指導に生かしている。さらに、各大学入試と英検など民間試験の級数との難易度の相関も調べられる。「データ分析と教材作成が連動している点は特徴的でしょう」と斉藤氏。一部の作問においては、単語や文体を指定してChatGPTによる英文の生成を行い、それを講師がブラッシュアップすることで、より多角的な視点を盛り込むことも可能になった。

(画像はJ PREP斉藤塾提供)
(画像はJ PREP斉藤塾提供)

「今後は個別最適化を目指します。例えば、個々人の未修得単語を使った例文も出してあげられるでしょうし、AIで動画作成が可能になれば、文法や語彙による細かなニュアンスの違いをアニメーションで簡単に説明することもできます」

留学用コースの「JPREP Scholars」はオールイングリッシュ

では、授業の具体的な内容を見てみよう。

小学5年から高校1年を主対象とする「英語 コア・カリキュラム」の授業は週1回3時間で、まずは単語や例文の小テストを実施。入門・初級(Level1〜2)では、2時間が日本語母語講師による文法・発音・作文の指導、1時間が英語母語講師による会話演習・CLIL指導だ。中級・上級(Level3〜4)では、1時間30分が日本語母語講師による文法・読解指導、1時間30分が英語母語講師によるCLIL指導・作文指導となる。授業や課題をしっかりこなせば、高校1年までに大学入試水準の英語力に到達できるという。

高校2年・高校3年の「国内大学受験 英語カリキュラム」では、英語母語講師によるリスニング、ディスカッション、自由英作文の指導1時間に加え、日本語母語講師による文法、和文英訳、英文和訳、長文読解、要約の指導が行われる。高校2年では例えば、「ハーバード白熱教室」でおなじみのマイケル・サンデルの著書『Justice:What’s the Right Thing to Do?』をすべて読み、英語要約、英問英答、ディスカッション、プレゼンテーションもするという。「本一冊をまるまる読むことはぜひやってほしい。大学受験用に加工された『箱庭英語』ではなく、世界の権威が本気で書いた文章を体感してほしいのです」と斉藤氏は語る。

英作文の宿題は日本語母語講師と英語母語講師がダブルチェックを行い、「入試の解答として妥当か」「自然な英語表現になっているか」という2つの観点で添削指導を行う。宿題にかかる時間は、読解・文法・英作文を含めて1週間当たり4時間が目安だそうだ。

ほかに「JPREP Scholars」のプログラムでは、IELTSやTOEFL、SATなどの対策に取り組める。「留学時に必要な試験にはいっさい日本語が出てきません。それならば英語で学ぶほうが効率的」であることから、授業はオールイングリッシュ。受講に当たっては英検準1級相当以上の英語力が前提となるが、海外大学の出願に必要なエッセイの添削指導などが受けられるという。

学校の英語教育で「ローマ字」を教える意味がわからない

音声重視の学び方の導入やICTの活用など、J PREPでは新しい取り組みが目立つ。斉藤氏は以前、文法重視の英語教育を行う塾で講師を務めており、当時の「本当にこれが最善の英語教育なのだろうか」という感覚が、新たな実践に挑む原動力だという。

「日本の英語教育は従来、異なる文化的背景を理解することに主眼が置かれており、英語で読んだり聞いたりした内容を理解できれば問題ないとされていました。しかし、これからは自分の意見を発信する力も重要です。英語教育は話す、書く、聞く、読む、のスキルに加え、幅広い教養や論理的思考力に裏付けられた知性を身に付けられる場でもあるべきです」

最後に、学校における英語教育の課題を聞くと、斉藤氏は「ローマ字を教えるのがよくない」と語った。

「そもそもローマ字は、外国語を母語にする人に日本語を教えるためのもの。キーボードのために学ぶ分には問題ないですが、英語教育はフォニックスに統一すべきだと思います。教員に限らず、日本語と英語の音声上の違いに無頓着な講師が多いのは問題です。日本語の発音は母音5種類、子音13〜16種類とシンプル。それに対し、英語は母音15種類、子音は24種類と複雑で、英語の音を日本語でまねすることはまず無理なのです。この事実を直視せず、日本語の感覚のままカタカナ英語でやり過ごそうとする人が多い点は課題でしょう」

(文:安永美穂、編集部 田堂友香子、注記のない写真:尾形文繁撮影)