学校現場の声を見える化し、対話の文化をつくる
2021年の夏から秋、主にSNS上で、カラフルにデザインされた「フキダシ」のマークを目にした教育関係者や保護者も多いだろう。このフキダシが目印のサイトは、「School Voice Project」。学校現場の声を「見える化」し、対話の文化をつくる目的で作られたプラットフォームである。
利用できるのは、全国の小学校〜高校年齢の児童生徒が通う一条校に勤務する教職員で、ユーザー登録制(無料)。登録者に対し、Webアンケートサイト「フキダシ」で、「小学校高学年の教科担任制について」「一人一台端末のトラブル・課題」など、主に公立学校の教育現場で起こりうる議論や課題をテーマにアンケートを行い、届いた回答結果や事例、エピソードなどをわかりやすくまとめて形にし、オウンドメディア「メガホン」で発信する。
それらを教室や職員室など教育現場で直接生かしてもらったり、メディアなどに配信することで学校や教職員の実情を保護者や一般の人たちに知ってもらったり、必要に応じて教育委員会や文部科学省、議会などに提言を行ったりすることで、「学校をもっとよくしていく」ことが目的だ。
このプロジェクトの発起人である武田緑氏は、教育ファシリテーター。民主的な学びの場づくりや人権教育をテーマに、企画や研修、国内外の教育機関の視察ツアーの企画・運営などに取り組んできた。
「プロジェクト遂行に当たり、立ち上げ資金調達のためクラウドファンディングを行いました。『目標金額は1000万円』という大きなチャレンジだったのですが、992人の方から総額1112万7000円の支援をいただきました。知り合いの教職員の方々以外にも、直接つながりはないけれどSNSを見て共感いただいた教職員の方やそのご家族の方、保護者の方など本当にたくさんの方が応援してくれました。プロジェクトの潜在的なニーズを確信できたことはもちろん、皆さんの学校に対する思いや期待を肌で感じ、身が引き締まる思いです」
教育の多様性を体感し、対話を重ねる
武田氏が、それまで自身が受けてきた教育や教育そのものに問題意識を持ち、教育を軸とした活動を始めたのは、大学時代に参加した国際NGOピースボートの「地球一周の船旅」がきっかけだったという。
「101日かけてアジア、アフリカ、南米、太平洋の島々を巡りながら、年齢や立場など多種多様な人たちと対話を重ねるうち、これまで小・中・高での学びを通して培われてきた自分の価値観は、大人が広げてくれた枠の中だけで培われてきたことに気づいたのです。私が生まれ育ったのは大阪で人権教育が盛んに行われ、教科学習以外にもさまざまな人権問題を学んできたのですが、『なぜなのか』『本当に正しいのか』といったクリティカルシンキングを伸ばすような教育ではなかった。これから大切なのは、立場や背景の違う人と対話しながらさまざまな意見を聞き、自分なりの物の見方や価値観を育んでいくような教育なのではないか、と思いました」
これを機に07年、同じ志を持つ仲間とともに「教育の多様性体感プロジェクト『CORE+』」を立ち上げ、教員志望の友人や学生仲間と、オルタナティブスクールを中心に国内の多様な教育現場を訪問する取り組みを始めた武田氏。「EDUTRIP」と名付け、単なる“先進事例の視察”ではなく、視察しながら一緒に訪れた仲間と対話を重ね、それまで無意識のうちにとらわれていた自分自身の常識や価値観に気づき、教育や学校について改めて考え合う機会を創出してきた。
11年からは、オランダを皮切りに海外の「EDUTRIP」も開始。夏休みなど長期休暇中に開催したため、これまでのNPO関係者や教員志望の学生に加え現役教員の参加が増え、全体の7〜8割を占めるようになったという。
「EDUTRIP」に加え、ユニークな取り組みをしている公立・私立の学校やフリースクール、オルタナティブスクール、教育NPO、企業などが一堂に集まり、出展者、参加者が垣根なくつながりながら多様な教育観に触れ、自分の教育観を見つめることができるイベント「エデュコレ〜多様な教育の博覧会」も開催。09年の大阪を皮切りに、関東、東海、関西、九州でも開催し、裾野を広げてきた。18年からフリーランスに転身し、これらの活動を続けている。
揺さぶるだけでなく、伴走し、支え合えるコミュニティーを
このような活動の中で、武田氏は、いくつかのジレンマと向き合うことになる。
「ツアーやイベントに参加してくださった教職員の方々は、これらを機にご自身のマインドをリセットしたり問題意識を抱いたりして現場に戻るわけですが、例えばある先生が『子どもが主体の学び場をつくりたい』と思っても、まだ経験や力量が不足していたり、周りの先生と折り合わなかったりといった現実の壁にぶつかり実現できず、結果的に苦しくなってしまうことも少なくないことに気づいたのです。 ただ“揺さぶる”だけではなく、伴走したり、支え合ったりするコミュニティーの必要性を感じました。
同時にモヤモヤしたのが、 オルタナティブスクールやフリースクールで働く教職員の方々と、公立学校の教職員の方々が見ている世界があまりにも違うことに気づいたこと。両者とも、目の前にいる子どもたちのために一生懸命なのは、紛れもない事実です。
オルタナティブスクールやフリースクールなど多様な学びの場は、これまでの学校文化や仕組みの中で苦しい思いをしている子どもたちを受け止めるために必要で、このような場はこれからも広がり、活発化していくことが見て取れます。
しかし、その一方で、公教育に改めて目を向けてみると、教職員の多忙化や増え続ける教育内容、不登校の増加などさまざまな課題が複雑に絡み合いながら、公教育全般が地盤沈下を起こしているように感じました。現状に疑問を抱き、葛藤し、コロナ禍が続く中、日々疲弊しながらも『せめて自分ができることを』といっぱいいっぱいになりながら子どもたちを支える教職員の方々を目の当たりにし、このような教職員の声をすくい上げてより多くの人に届けたい。公教育に軸足を置いた新たな取り組みを立ち上げ、学校と学校を取り巻く環境を変えていきたいと思い、今回のプロジェクトに行き着きました」
「自分たちの声が社会に届いている」という実感を
「School Voice Project」のユーザー登録者数は、約900名(21年10月現在)。武田氏を含め3名の事務局スタッフに加え、これまでの活動で関わりがあり、プロジェクトに共感・参画する約100名の教職員を「アンバサダー」と位置づけ、アンケートの内容を検討したり、ワーキンググループをつくったりしながらプロジェクトを進めていくという。
「まずやりたいのは、アンバサダー同士の関わりを深めること。コロナの状況にもよりますが、“学校をもっとよくしていくための対話合宿”を計画しています。ユーザー限定のイベントやオンラインサロンも開催し、教職員同士がつながって皆で考えたり支え合ったりしながら自分たちでアクションを起こしていけるようなコミュニティーを目指しています。
運営面では、まずは数千人規模のユーザー登録を目指し、登録してくれた方がアクティブに回答できるようなプラットフォームにしていきたいですね。教職員の声が合わさって“面”になり、可視化できるようになると、それを基に保護者、フリースクールやオルタナティブスクールの人たちなど、さまざまな属性を持つ人と対話できるようになります。例えば、不登校をテーマにアンケートを取れば、その回答を基に、公立学校の教職員とフリースクール関係者が対話する会を開催することで、立場が異なるがゆえの分断を防ぐことができると思います。
アンケートの中には、教員免許更新制廃止についてなど賛否を問うものもあります。そこで、例えば『9割が賛成、1割が反対』という結果が出た場合に、『9割の教員が廃止に賛成しているので廃止にしてください』という提言をしてしまうと1割の声がなかったことになってしまうし、答えてくれた人に対しても不誠実です。『賛成の人は、こういうことを言っていて、反対の人はこういうことを言っています。これらから、こんな論点が見えてきました』など、公正でニュートラルな発信を心がけています」
「今の学校は、さまざまな課題が絡み合い、子どもたちの声が聞かれていない状況になってしまっているように見える」という武田氏。「子どもたちの声が聞かれる学校をつくっていくためにも、教職員を力づけ、勇気づける必要があります。学校が子どもたちを追いつめてしまっている現実もあるのは確かですが、それはそこで働く人たちも追いつめられていることと無関係ではありません。保護者の次に子どもたちに近い存在で、本来子どもの代弁者になれるはずの教職員の思いや意見をすくい上げ、多くの人に届けることで彼らを力づけることができるし、『自分たちの声が社会に届いている』『学校はもっとよくしていける』と実感してもらうこともできる。それが子どもたちを幸せにし、よりよい学校づくりへの第一歩につながるのだと思います」
(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:Fast&Slow / PIXTA)