偏差値を基準とした日本の教育に疑問、高校中退しUWCへ

2014年に設立されたミネルバ大学は、若い大学ながら、今や世界中から優秀な学生が集まる人気校になっている。その存在は、すでに米ハーバードやスタンフォード大学と肩を並べるといわれるほどで、合格率は2%を切る超難関校だ。

1学年は、約120~200人と少人数で、約80%が米国以外の留学生と国際色豊か。何より、キャンパスや研究施設を持たず、全授業をオンラインで行う異色の大学である。学生は、世界7都市にある寮に滞在しながらアクティブラーニング中心のオンライン授業を受けるとともに、現地の企業などとの協働プロジェクトに取り組む。つまり、授業で得たスキルを社会で実際に使いながら、自由に使いこなせるスキルへと昇華させていくのだ。

片山晴菜さんは、そんなミネルバ大学での4年間の学びを終えて、今年5月に卒業した。北海道・札幌で生まれ、高校2年生まで日本で学んだ片山さんは、なぜミネルバ大学を志望するに至ったのだろうか。

「もともとはアメリカに留学したいという希望はありませんでした。ですが、高1の三者面談で『どこの大学に行きたいのか』と先生に聞かれて、あまり考えずに何校か挙げたんです。そのとき、進学する大学や自分の将来を決める際に、模試の偏差値という1つの物差しだけを基準にしていいのか。そう疑問に思ったことが始まりでした」

片山晴菜(かたやま・はるな)
1998年北海道生まれ。高校2年生で日本の高校を退学し、経団連の奨学生としてUWC USAに留学。2017年に世界最難関ともいわれるミネルバ大学に入学。大学卒業後は日本のフェムテック企業で働きながら、脳神経科学を通して性機能障害の研究をすべく英国の大学院に進学予定。孫正義育英財団の財団生、柳井正財団海外奨学金プログラム奨学生にも選出されている

片山さんは、大学自体に行きたいかどうかもわからなかったが、そんな娘を見て母親は「海外の大学に行きたいのでは?」と思い海外大学進学ガイドブックを買ってきてくれたという。その中でたまたま目にとまったのが、ユナイテッド・ワールド・カレッジ(UWC)というインターナショナルスクールだった。UWCは国際バカロレア資格を採用する世界的な教育機関で、世界約150以上の国と地域で高校生に対して選考試験を行っている。日本では経団連が支援していて、合格者には奨学金が支給され、世界18の国と地域にあるUWC校に2年間派遣される。

「結局、日本の高校を2年生で中退し、経団連の奨学生として米ニューメキシコ州にあるUWC USA校に留学しました。標高2000メートルの砂漠のど真ん中にある学校でしたが、得たものは大きかった。とくに知識を応用して地域コミュニティーに還元する難しさを実感し、実際の社会問題解決に生きるスキルを身に付けられる大学に行きたいと思うようになったんです。それをカリキュラムに落とし込んでいるのが、ミネルバ大学でした」

その存在を片山さんは、米国と英国の大学に出願した後に知ったが、ミネルバ大学は出願無料、エッセーの提出も不要だったため腕試しに受けてみることにした。超難関といわれる試験だが、「知識の多寡を問うものではなく、あくまで思考力や創造力を問う試験だったので、むしろ楽しかった」(片山さん)という。ミネルバ大学については合格後に詳しく調べたところ、「この大学は私に合っている」と、ほかの大学はキャンセルしてミネルバ大学への入学を決めた。

ずば抜けた知的好奇心を持つ個性の強い学生の集まり

実際入学してみるとミネルバ大学は、ずば抜けた知的好奇心を持った個性の強い学生の集まりだったという。米アイビーリーグの大学を蹴って入学した学生も少なくなく、自分がやりたいこと、興味があることを追求する志向が突出している学生ばかり。1学年は約180人、そのほとんどが米国以外の留学生だ。片山さんの1年目のルームメートはノルウェー出身で、同国で初めて飛び級を認められた4~5人の学生のうちの1人だった。

1学年の人数は約180人

「ほかの学生もすごい人が多く、1年目を過ごしたサンフランシスコでは、テック企業が開催するハッカソンのイベントでミネルバの学生が表彰台を独占するほど。彼らを間近で見ていて、同世代ながらロールモデルとして見習うものがとても多いと感じました」

片山さんの大学生活は、1年目のサンフランシスコを皮切りに、ソウル、ハイデラバード(インド)、ベルリン、ブエノスアイレス、ロンドンを巡りながら4年間を過ごすことになった。現地では、大学が借りているホテルやアパートなどを拠点とした寮生活。朝9時から始まる授業は、ミネルバ大学が開発した独自のオンラインプラットフォーム「ミネルバ・フォーラム」を使って行われ、寮のほか地元の図書館やカフェなど好きな場所から参加する学生が多かったという。

ミネルバ大学では事前に知識を得たうえで、授業内でその知識を応用することが求められる
(ミネルバ大学HPより)

「通常の授業は知識を得るためのものが多いと思いますが、ミネルバ大学は基本的に反転授業です。事前に知識を得たうえで、授業内でその知識を応用することが求められます。実際の授業では、最初の10 分で習熟度を確認するテスト、その後にディスカッションなどメインアクティビティーを2つ行って、最後は目的としたものを学べたのか課題を通してチェックを受けます。

授業内の発言はすべて録画されており、それを基に先生は定量的・定性的なフィードバックをし、学生は再度学び直すという流れになっています。定期テストはなく、出題課題の知識を授業で応用できていないと成績が悲惨になる。それだけ授業の重要度が高く、内容的にも一夜漬けでは対応できないので、学生は日々真剣に勉強に取り組んでいます」

午前中にオンライン授業を受けた後、午後は現地の企業などとの協働プロジェクトを行う。写真は韓国企業との取り組み

そんな濃い90分授業を2コマこなした後、午後からは産学連携プロジェクトやボランティア活動など実践的な課外活動に取り組む。内容は、大学が事前にお膳立てしたものから、学生自身で機会を獲得したものまでさまざまだ。片山さんは、ソーシャルコンサルティング企業で低所得者層の食料安全保障についてのリサーチや、IT企業での製品開発などのプロジェクトに取り組んだという。現地では行く先々で門戸が開かれ、各自やりたいことに従事できる。

オンラインでも教室の最前列にいるような臨場感がある理由

「世界の各都市を巡りながら、実際の街に出て活動を行うので、学ぶことは本当に多かったですね。現地で現地人と対等に活動するためにはどうすればいいのか。自己主張や傾聴だけではない、異文化に対応するスキルを身に付けることができたと思います。あるいは、異なった土俵でどうすれば活躍できるのか。その人材像など、いろんな人たちのあり方を多面的なアプローチで理解するという経験をすることができたと実感しています」

だが、キャンパスがなく授業がオンラインとなると、学生同士のコミュニケーションが希薄になるなど課題が出てくるのではないかと懸念を抱く。実際、コロナ禍でオンライン授業が続く日本の大学では、学生間の交流がなく孤独感や疎外感を感じる学生がたくさんいる。また日本では、オンライン授業に対する否定的な意見もいまだに多く、自分のペースで効率よく学べるといった声がある一方、対面授業の内容をそのままオンラインで実施するものもあり、集中力が持続しないという声も多く聞く。

寮生活で寝食を共にする仲間とのつながりは強い。写真はオクトーバーフェストにて

その点、ミネルバ大学は寮生活であり、一つ屋根の下で寝食を共にしながら学び合うことで、学生同士の共通認識や結束感がうまく醸成されているという。オンライン授業も、授業中の行動が成績に直結する評価方法に加え、少人数教育で学生の発言量を可視化。先生が効果的にファシリテーションを行って学生の集中力を保持するなど、さまざまな工夫がなされている。

「こうした授業の構造化こそが、オンラインにもかかわらず、教室の最前列にいるような臨場感を生み出しているのです。人間の自己統制能力、認知容量、それに注意力には限りがある。そこを前提とした授業や教授法が設計されていることがミネルバ大学の大きな特徴であり、他大学との違いだと思います」

そう話す片山さんは、この4年間でミネルバ独自の“脳の筋トレ”を通して、それまで自分ができないだろうと思っていたことができるようになったり、さまざまな視点から考えたりすることができるようになったという。入学当初は、ここまで使えるスキルだとは思っていなかったが、今は自分の人生をデザインしていくうえで、非常に有益だと考えているようだ。

片山さんは今年5月に卒業。同期生は大学院に進学したりスタートアップ企業への就職や起業が多い

片山さんの同期生は卒業後、大学院に進学したり、スタートアップ企業への就職や起業したりする人が多いという。自身は、いくつかオファーはあるものの、しばらく海外で過ごしながら、今後は既存の価値観を再定義できるような仕事をしたいと語る。

もともと、ずば抜けた知的好奇心と、その興味を徹底的に追求する探求心を持つミネルバ大生。そこに課題を発見し、具体的かつ実現可能な解を見いだして、人を巻き込みながら解決する“脳の筋トレ”を続けた卒業生たちだ。いったい社会でどんな活躍を見せてくれるのか。それはデータに基づいたエビデンスのある教育手法の成果を見るいちばんの説得材料になりそうだ。

(写真はすべて片山さん提供)

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