苦手な人は「数字の具体的なイメージ化」ができない

――数学に苦手意識を持つ生徒に共通する傾向はあるのでしょうか。

本当に苦手で、問題を見るのも嫌だという「数学アレルギー」の症状に陥っている場合、数字そのものの捉え方が表面的な傾向があります。例えば、「5割引の表示がされている商品があります。お店の人から「『今なら、さらに2割引にします』と言われました。何割引になりますか」という問題に、「7割引」と答えてしまうんですね。

――5割引のものをさらに2割引だから、単純に「5+2」と計算してしまうわけですね。

そうです。でも実際は違いますよね。1万円の商品が5割引で5000円、その2割引は5000円の2割だから1000円引き、つまり4000円となるので「6割引」が正解です。数学が得意な生徒の多くは、このように具体的なものに置き換えることを無意識のうちにやっています。逆に、苦手意識を持っている生徒は、なかなかイメージ化できません。

――今の例題もそうですが、数学以前に小学校の算数でつまずいている可能性がありますか。

問題は解けても、イメージ化ができていない可能性はあります。公式だけ覚えてしまうと、そうなってしまいがちです。典型的なのが、小学生でよくつまずく「速さ」の問題です。いわゆる「はじき」(速さ×時間=距離、距離÷時間=速さ)の公式を使えば確かに解けますし、その反復練習をしてきたタイプは意外といます。

しかし、それだけだと速さのイメージがつきません。「1時間当たり何キロメートル進む」が速さを定義していることを理解すれば、2時間で2倍、3時間で3倍進むというのが感覚的にわかるので、応用も利きやすくなります。そもそも公式は抽象化したものなので、具体例をもとに考えたうえで活用したほうがいいでしょう。かけ算や九九を単に覚えるよりも、「9の段は9ずつ増えていく」と理解したほうがいいのと同じです。

数値よりも「問題の性質」の把握が大切

――「公式は抽象化したもの」というのはわかりやすいですね。確かに、公式が先行すると問題が何を示しているのか見えなくなりそうです。

小学校の算数では具体的な数字を計算しますが、数学になると抽象化されてxやyなどが出てきます。算数から数学へしっかりと橋渡しをするためにも、イメージ化する習慣をつけることは重要です。だから私が数学を教えるときは、「定性的に考えよう」とよく言います。

――「定性的」とは数値・数量で表せないさまを指しますので、意外な印象です。数値化できる「定量的」ではないのですね。

はい。「定量的に考える」のは、言ってみればただの計算です。数学は、計算以前にその性質に着目することが大切なのです。例えば高校数学では、「点Pが∠APB=90°を満たしながら動くとき、点Pの軌跡を求めよ」といった問題がよく出ます。座標の中にxやyを置き、文字式を使って解くことももちろんできますが、∠APBの「性質」が円周角であることを知っていれば、点Pが円周上にあることがわかります。つまり、定性的に考えれば、計算を何一つしなくても、「線分ABを直径とした円を描けばいい」ということが導き出せるんですね。

今野 和浩(こんの・かずひろ)
数学専門個別指導塾 数専フォーラム代表
早稲田大学卒、同大学院理工学研究科数学専攻修了。大学院進学と同時に駿台予備学校講師となる。数学オリンピックメダリスト養成講座の創設に携わるなど活躍。2008年に数専フォーラムを設立。小規模ながら毎年東京大学や医学部などの難関大学合格者を輩出する個別指導塾として注目を集めている。『今野和浩のとことん数学Ⅰ・A』(旺文社)、『今野和浩のかみくだき数学Ⅱ』(学研)、『文科系学生のための数学教室』(有斐閣アルマ)など著書多数
(写真:本人提供)

――定性的に理解することで、定量的な答えを導くスピードの向上も期待できそうです。

そういう効果はあると思います。大学入学共通テストの数学は、「問題量が多くて時間が足りない」とよく言われますが、すべて定量的に考えて計算で処理しようとするから足りなくなるという面もあるんです。定性的に捉えるクセをつけておくと、かなりショートカットできるので、私の塾では「性質」に着目してから解法を選択するように教えています。

ただ、そうした指導で伸びるのは、ある程度上位層の生徒たちです。「5割引からさらに2割引」のような問題がすぐ解けない中学生・高校生も実はかなり多く、そういう生徒は基本的な計算や図形の問題を反復的にこなすことが必要だと思います。

医学部に合格したある生徒は、計算ミスが多くてスピードも速くないのが悩みだったので、授業の冒頭で百ます計算をやるようにしました。中学生のときから高校3年生までずっと継続して取り組んだことで、数学に対する苦手意識が克服できたという例もあります。

数学が苦手な生徒ほど、難しい問題をやりたがる

――基礎をしっかり固めることが大切だとよく言われますが、百ます計算のように「小学校低学年でもできる問題をやっても仕方がない」と考える生徒も多いのではないでしょうか。

それも、数学に対して苦手意識を抱いている生徒に多く見られる傾向ですね。なぜ苦手になったのかを探っていくと、難しいことばかりやっているんです。「どうして難しい問題をやるの?」と聞くと、「合否は難しい問題を解けるかどうかで決まる。だから簡単な問題をやっても仕方ない」と口を揃えます。

ところが、必要以上に難易度の高い問題を解かなくても、医学部などの難関大学に合格することは十分に可能なんです。入試は、取りこぼしてはいけない問題をきちんと解けば合格ラインに達するようになっているんですね。

――同じミスを繰り返してしまって苦手意識が膨らむというのもあると思います。そういう場合はどうすればいいのでしょうか。

一人ひとりの性格もありますし、注意力が不足しがちでミスを繰り返すのはよくあります。四則演算はきちんとできるのに、分数になったりマイナスがついたりするとわからなくなってしまうケースも。いずれも、教える側が生徒はどこでミスを起こすのかを把握し、逐次指摘しながら修正を繰り返すことが大切です。

要注意なのは、「とにかく反復学習」という考え方。「課題をたくさん与えてきました」という保護者の方は多いのですが、悪いクセがついたフォームで何千回と素振りをしても逆効果なように、理解できていない状態で反復学習をするとミスを繰り返し、苦手意識が強まりかねません。

受験生はあきらめないこと、数学は年明け以降も伸びる

――数学に対する苦手意識を克服できないまま、受験シーズン直前を迎えてしまった生徒もいると思います。どのように受験に臨めばいいのでしょうか。

まずは入試の傾向を把握しましょう。言い換えると、出題者の意図を読み取ることです。例えば大学入学共通テストは、文章量の多さと独特な出題形式が特徴ですが、大問題の最初は必ず点数を取らせるための問題となっています。第3問、第4問、第5問と難易度は上がりますが、第5問を解くヒントが第4問にあったりするんですね。つまずきそうになったら手前の問題を見直せばいいのです。

――過去問に取り組むときも、そういった問題の性質に着目することが大切なのですね。

過去問演習では、みんな点数を気にします。気持ちはわかりますが、そこで一喜一憂するのではなく、出題傾向を把握することを目的にしてみてください。「この大学は過去にこんな複雑な数字が答えになる問題は出していなかった」ということに気づいて落ち着くだけでも、大きなアドバンテージになります。

数学は、ほかの科目よりも“伸び”を感じにくい科目だと思います。「いくら勉強しても点数が上がらない」と行き詰まりを感じる生徒は多いですし、あきらめてしまう生徒も少なくありません。しかし、ずっと低迷を続けて「やっぱり数学は苦手だ」と思っていても、ある瞬間にいきなりグッと伸びることがあるんですね。

――秋の模擬試験などで結果が芳しくなくても、まだ伸びる余地はありますか。

数学に関しては、年明けからでもどんどん伸びます。それこそ入試の1週間前に「いきなり過去問がスラスラ解けるようになった」という生徒もたくさん見てきました。もちろん、それまでしっかりと取り組んだからこそですが、最後はメンタルを強く持つことも重要です。入試直前まで成績が上がらなくても、結果的に合格する生徒は、総じて受験にポジティブです。

だから私は、受験シーズン直前になると「根拠なんかなくてもいいから、とにかく自信を持ちなさい」と声をかけるようにしています。逆に、ずっと成績がよくてもネガティブになってしまってドロップアウトする生徒も多いので、そうならないようメンタルを整えてほしいと思います。

(注記のない写真:paylessimages / Getty Images)