「子育て支援」は、日本という国の存立にも関わる問題

――新区長として、子育て支援を重点施策の1つとして掲げられています。その理由についてお聞かせください。

私は、子育て世代や現役世代が生き生きと働き、暮らしていける街こそ活力やにぎわいが生まれると考えています。そうして地域経済が活性化し税収も増えれば、高齢者や障害者の福祉も充実させることができる。そんな好循環をつくっていきたいのです。

品川区長の森澤恭子氏

子育て支援はすぐに結果が出るものではないので、長期的な視点が必要ですが、国もこれまで少子化対策に積極的ではなかったから、さまざまな問題が顕在化している。今ここに手をつけなければ、将来的に日本という国自体の存立にも関わってくる問題だと考えるべきでしょう。

――いつ頃から、そういった思いを持たれるようになったのでしょうか。

大学時代の卒業論文が、「少子化を通して考えるこれからの日本のあり方」というテーマでした。そこでは、ジェンダーギャップに対する問題意識とともに、「子育ては家庭のみならず、国や地域が責任を持って支えていくべきだ」といった主張を展開しています。最近読み返して自分でも驚いたのですが(笑)、20年前から問題意識は変わっていないようです。

会社員を辞めて都議会議員に挑戦した大きな理由も、自分自身が子育てを通して改めて問題意識を持ったことにあります。長女を出産後、夫の仕事の都合でシンガポールに行くことになり、私は企業の正社員を辞めて帯同したのですが、帰国後の再就職が困難に満ちていたのです。当時、子どもは0歳と2歳。フルタイムの仕事に就くことは難しいので、再就職先を見つけるのに非常に苦労しました。

何とか内定を得ることはできましたが、保育園を探すのも大変で、2人の子どもをそれぞれ違う保育園に預けて仕事を再開することに。子育てをしながら仕事をするのは本当に難しいと感じましたね。その根本原因は、政策決定の場に女性や子育て世代が少ないことにあるのではないかと考えました。

――それで都議会議員になられたと。そこからなぜ、区長を目指すようになったのですか。

都議会議員時代は女性やマイノリティーと呼ばれる方々の課題解決や街づくりなど幅広く活動していましたが、とくに子育てや教育、福祉など区政に関わるご相談がとても多かったのです。そこで、生活に最も身近な課題を直接的に解決する仕事に取り組んでみたいと思い、区長選にチャレンジすることにしたのです。

「児童虐待」や「孤独な子育て」をなくすためアウトリーチを

――昨年12月に区長に就任されたばかりですが、早速4月から、新たな施策の実行を順次進めていらっしゃいます。とくに所得制限なしで実施する「第2子の保育料・区立学校の給食費・高校生までの医療費」の無償化、0歳児家庭への「おむつ宅配定期訪問」「未就園児の新たな預かりモデル」などの施策を打ち出した理由とは何でしょうか。

子育てについて地域や社会が応援している、支えているというメッセージが何よりも重要だと思ったからです。日本は周囲の理解不足や制度の問題などもあり、まだまだ子育てをしづらい環境にあります。そうした課題を解決していくために、3つの無償化のように子育て世代の負担を軽減していくことは、とても大切だと考えています。

また、「おむつ宅配定期訪問」の目的は、各家庭におむつを届けるだけでなく、児童虐待をなくすために、緩やかな見守りを定期的に行っていくことにあります。児童虐待の未然防止は都議時代から取り組んできた課題ですが、とくに都心は孤独な子育てに陥りがちです。品川区もマンションの供給が進んでいて子育て世代を中心に人口が増加傾向にありますが、転入者も多く、地域とのつながりがつくりにくいといった都心ならではの課題があります。

区が子育て家庭にアウトリーチし、もし困っていることがあれば、迅速に支援機関や行政サービスにつなげていく。そうやって児童虐待や孤独な子育てをなくしていきたいという強い思いがあります。

「未就園児の新たな預かりモデル」も、同じ問題意識が根底にあります。現状、保育園は保護者が就労していなければ入園できません。しかし、専業主婦のご家庭でも24時間、子どもに向き合うことはとても大変なこと。孤独な子育てを防ぐためにも、親の就労にかかわらず、子どもが保育を受けられることが重要だと考えています。

――そうした政策をつくるうえで、区民のニーズはどのように集めているのですか。

選挙の際もインターネットアンケートやタウンミーティングによってニーズを拾い上げましたが、今後は民意を施策に反映させるため、全区民アンケートやタウンミーティングを行っていく予定です。例えばこれまでも「明石市のような子育て支援策を行ってほしい」といった声をよくいただきましたが、やはり子育て世代は、支援に積極的な自治体の情報をキャッチしていると感じます。また、小中学生に配布されている1人1台端末を通してアンケートを行い、子どもたちの声を施策に反映させられないかと考えているところです。

今、国でも子育て支援に力を入れようとしていますが、すでに市民のニーズをくみ上げて独自の子育て支援を行っている自治体が多く出てきています。国も新しい政策を一から打ち出すというよりも、各自治体の取り組みを後押ししたり、横展開できたりするような仕組みをつくったほうがいいのではないでしょうか。とくに「学校給食の無償化」については、自治体間の格差を生まないためにも国が乗り出してほしいと思っています。

――23区の現職女性区長としては足立区、杉並区に次ぐ3人目、品川区では初の女性区長とのことですが、女性がトップに立つことの意義についてどうお考えでしょうか。

政治の世界では、まだまだ女性リーダーが少ないのが現状です。そのため、女性がトップに立つと、ジェンダーバランスの偏りに気づきやすいという利点があると感じます。例えば、会議中にハッと気づくと、女性は私1人だけのときがよくあります。区の審議会や委員会などに出席しても、ほとんど男性です。多様な意見を施策に反映させるためには、ジェンダーバランスの是正は大きな課題だと考えています。

また、私の場合は、子育てをしながら仕事をすることの大変さを経験してきた当事者でもあります。今も夫の協力なしに区長の仕事はできませんし、夫のほうも会社勤めなので在宅勤務などを駆使しながら子育てや家事に奮闘している状況です。そうした大変さは、ママ友やパパ友からもたくさん聞きます。子育てや介護をしながら仕事をしている人たちにとって働きやすい環境をつくっていくことも、取り組むべき課題と捉えています。

不登校など学校の課題解決は「地域や外部人材との連携」が必要

――教育政策に関しては、「学校でのトラブルの相談体制」「発達障害児支援」などを強化されるとのことですが、どのような課題意識があったのでしょうか。

現在、子どもと学校を取り巻く環境は、複雑かつ多様化しており、それによって先生たちの負担が大きくなっています。こうした中、先生が一人ひとりの子どもに向き合っていくにはどうすればいいのかという課題意識があります。

私も小学生4年生と6年生の子どもがいますが、先生たちは本当に大変な思いをされていると感じます。1クラス30人強の児童生徒を一人ひとり見ていくのは、どうしても限界があります。そこをサポートする人も必要ですし、特別な支援が必要なお子さんについても適切な支援体制が欠かせません。

また、全国的な課題である不登校やいじめは、区内でも相談が多い。とくに不登校は、オンラインの活用や、フリースクールとの連携など、多様な学びを保証する工夫をもっとしていかなければいけないと考えています。

学校の意義も問い直す必要があるでしょう。例えばオンラインではできない、体験や交流を通じた学びはやはり学校にしかできないと思うのです。今後、学校の先生が何に特化していくのかということも考えながら、体制を整えていきたいと思っています。

今や学校の課題を学校だけで解決することが難しく、地域の力や福祉の部門、外部人材などと連携して取り組んでいくことも重要です。この4月から新たに就任した伊﨑みゆき教育長は、品川区の職員として子ども・子育て分野を経験し、福祉や地域振興の部長などを務めてきた人物ですので、外部との連携を含めた取り組みに期待しています。

――今後、実現したい子育て支援や教育施策についてお聞かせください。

やはり子ども一人ひとりに合わせた多様な学びを実現していくことが重要です。ChatGPTなども出てきた今、子どもたちにどのような力を身に付けさせるのかを見据えたうえでの教育が必要だと思うので、時代に合わせたやり方で取り組んでいくべきだと考えています。品川区は小中一貫教育を先進的に進めてきましたが、そうした連携のよさを生かした教育もやっていきたいですね。

また、現役の子育て世代は、教育や学校に対して思うところや要望をたくさんお持ちなのですが、日頃お忙しいので接点を持つことが難しい。海外で取り入れられている住民参加型のデジタルプラットフォームを参考に、意見を吸い上げる仕組みをつくりたいです。

私は区長選の際に100の政策を掲げました。それを一つひとつ実行し、民意に応えられるよう努めていきたいと思っています。

森澤恭子(もりさわ・きょうこ)
品川区長
2002年慶応大学法学部政治学科卒業。日本テレビ報道局記者、森ビル広報、ベンチャー企業などの勤務を経て、17年東京都議会議員選挙当選(2期)。22年品川区長選挙にて再選挙の末当選し、現職

(文:國貞文隆、撮影:梅谷秀司)