教員も釘付けにしたドラマ「御上先生」
文部科学省のエリート官僚が、新たに創設された制度で日本有数のエリート私立高校に派遣された。一見すると左遷にも見える人事。しかし、官僚教員となった彼は日本の教育を打ち壊す決意を持って教壇に立つ。自分の頭で考えるよう生徒の背中を押し続ける彼の姿に、当初反発していた生徒や教員たちは変化していく──。
今年1月から3月までTBSの日曜劇場で放送されたドラマ「御上先生」。これまでの学園ドラマとは一線を画す内容は大きな反響を呼び、この期間のドラマの総合視聴率トップを記録した(ビデオリサーチ調べ)。

(写真:©TBS)
このドラマの脚本を担当した詩森ろば氏が、執筆にあたって最初に取材をしたのが寺田拓真氏だ。寺田氏は元文科省のキャリア官僚で、現在は広島県の教育行政官を務めている。
──寺田さんはドラマの企画構想段階から詩森さんに協力されたそうですね。
寺田 最初に連絡をいただいたのは去年の3月でした。どれだけお役に立てたのかわからないのですが、私の本を読んでいただき、TBSでお話しさせていただきましたね。

劇作家・演出家
1993年に劇団風琴工房旗揚げ。以後ほとんどの脚本とすべての演出を担当。2018年よりserial numberとして活動。全国どこへでも飛び回る綿密な取材で、多彩な題材をほかにない視点で立ち上げる。2016年『残花』『insider』で紀伊國屋演劇賞個人賞、2020年に映画『新聞記者』で日本アカデミー賞優秀脚本賞、2021年『All My Sons』(作:アーサー・ミラー)『コタン虐殺』で読売演劇大賞優秀演出家賞、ほか受賞多数。2025年に放送されたTBS日曜劇場『御上先生』脚本全話担当
(写真:本人提供)
詩森 すごく参考にさせていただきました。TBSの考査の方がとても熱心で、取材すべき方のリストを作ってくださったのですが、リストのトップにあったのが寺田さんのお名前だったんです。それで最初に取材をさせていただきました。
寺田 ドラマ、すごく面白かったです。私は教育委員会の仕事で毎日のように学校を訪れるのですが、先生たちに「『御上先生』を見ています」と言われました。「自分とどうつながっているか、教育をどうよくしていくかを考えながら御上先生を見ています」という先生の声が多かったですね。
詩森 そんなに真剣に!? 教育現場の人間ではない私が書いているものなので、「私ならこうしない」でもいいので、考えていただくきっかけになればいいなと思って書いていました。
寺田 小学校の先生は「自分はいつも目の前の子どもを見ていますが、『御上先生』を通して大きなフレームで子どもとの関わりを見ることができて新鮮です」とおっしゃっていましたね。
詩森 うれしいです。ミクロなものを書く時、マクロなものが1つ入ると俯瞰で見えますし、テーマを深めることもできます。主人公を文科省のエリート官僚にすることで、一学校の話ではなく、もっと広い視点で日本の教育現場の話を盛り込めると思ったのです。
寺田 日本は同調圧力が強い一方で、個人主義ですよね。集団を強制する割に、異端と判断されるとすぐに弾かれる。そうした風潮の中で、ともすると教育の問題も文科省が悪い、教員が悪いと個人の責任にされてしまう。
しかし、文科省の官僚や教員がそう立ち振る舞うには何かしらの理由があるはずですし、学校教育は日本社会の鏡ですから。その点を強調していただけるとうれしいと詩森さんに取材していただいた際にお話ししましたね。
詩森 覚えています。私の問題意識とつながっていたので、作品に反映しました。演劇界には、まさにそういう教育を受けて「正解を出さなければいけない」というプレッシャーと、「自由にやりたい」という思いを持った子たちが多くいます。
一方、演劇は他者を演じ、他者と協働する必要があり、自分のプライドを守るのが難しい芸術。だからこそ、「学校や家庭でもっと自由に育てられていたら、演劇の現場でももっと自由にクリエイティブできるのに。教育は大事だな」と思っていたのです。
個人の思いと役所の方針で苦しむ行政官
──文科省の官僚については寺田さんへの取材が中心だったのですか?
詩森 文科省に限らず行政官とはどういう仕事なのか、何が大変なのかを調べましたが、寺田さんには行政官についてあまりお聞きしなかったですよね。

早稲田大学法学部卒業後、2004年に文部科学省に入省し、教育改革の司令塔、教育投資の充実、東京オリンピック招致などを担当。2014年に広島県教育委員会に籍を移し、学びの変革推進課長として、教育改革の企画立案と実行、県立広島叡智学園中・高等学校の創設、ふるさと納税を活用した寄附金制度の創設、高校入試制度改革、高校生の海外留学促進などを担当。ミシガン大学教育大学院修士課程修了(2022年、学習科学・教育テクノロジー専攻)
(写真:本人提供)
寺田 詩森さんは以前、映画「新聞記者」の脚本を執筆する際に官僚について調べていらしたんですよね。
詩森 ええ。でも、映画「新聞記者」の時はあまり時間がなくて、プロデューサーが取材した内容を聞いた形でした。細かいところまで自分で調べきれなかったし、何でも行政官の責任になってしまっている気もしました。あの時は調べきれなかった、イメージの世界に寄ってしまったという反省があり、今回は時間をかけてリサーチしました。
寺田 松坂桃李さんが演じる序盤の御上先生の姿はとてもリアルでしたよ。何でも知っているかのように振る舞い、「これが官僚なので」と語る姿が鉄仮面みたいで(笑)。たくさんの方に話をお聞きになったのですか?
詩森 教員の方は10人くらいですね。TBSのコーディネートのほか、高校で非常勤講師をやっている友人や、その紹介で中学の先生にもお話を伺いしました。
官僚の方を含めるともっと多くの方に取材しましたが、もともと私は演劇で、沖縄問題を扱ったりしていて、取材で省庁要請に同行したりすることも多かったんです。政府交渉や省庁要請に同行した際は、「行政官の人って絶対に尻尾を出しちゃいけないんだろうな」「個としての気持ちを出したらやれない仕事なのだろうな」と思いながら担当者とのやりとりを見ていました。
寺田 ドラマでは6話あたりから御上先生の内面が見えてきますよね。私は文科省の中にいたので、役人が個々の思いと役所の方針の間で苦しむ姿を目にしてきました。
詩森 多くの方は、官僚にとっては政府の方針が絶対であり、その範囲内で何かを作らなければいけないことも知らないように思います。大変さを知らないからこそ、気楽に「行政官はしっかりしろよ」と言えるのでしょう。
大学入試のためのボランティアに驚き
──先ほど詩森さんが映画「新聞記者」の時は自分で細かいところまで調べて書く時間がなかったとおっしゃっていましたが、「御上先生」は書き切れましたか?
詩森 そんなことはありません。もっと知りたいことはたくさんありました。自販機はどの辺にあるのかとか、飲み物を買うタイミングなら同僚と二人きりでしゃべれるのかなとか。そんなことでも作品に役立つんです。透明人間になれるなら文科省で1日座っていたいですね。ただ、取材しすぎてしまうと取材先に遠慮してしまう可能性もある。すると、視聴者よりも取材先の方が大事になってしまうこともあるから、そのあたりは気をつけています。
寺田 そうした中でこの作品にはどんな思いを盛り込んだのですか?
詩森 一番は、文科省の中に、「教育をよくしたい」と動いている人がいること。そして、御上さんや槙野さんのように実際に不正を正しに行くことはないにしても、そういう思いを持つ人を阻害しているものは何かということです。

(写真:©TBS)
執筆にあたり、とくに気をつけたのが「悪代官みたいな行政官はいない」ということ。これを伝えられるよう、頑張って書きました。同じように、教師も人間として書くように心がけました。
スケールが大きい話は、荒唐無稽だと人の心に響きません。そのため、現実に起こっていることをアレンジして、行政官が「実際にこういうことってあるよね」とちょっとドキッとするようなことを入れ込んでいます。
教育行政に携わる方が「明日から頑張ろう」とやる気になってもらえるドラマにしたかったんですよね。「御上先生」では行政官の悔しさも描いたからか、経産省の方からも「みなさん熱心に見ていますよ」とおっしゃっていただきました。
寺田 現場の先生がドキッとしそうな話題も盛り込まれていましたね。第5話で生徒がビジネスコンテストに出場することを「大学入試のため」とサラリと言ってみたり。
詩森 そもそもビジコンって得かどうかではなく、やりたいから出るものじゃないかなと思って。私は普段、教育現場にいるわけではないので、「大学入試のためにボランティアをする子がいる」と聞いて衝撃を受けたんですよ。
学歴社会に対する批判は昔からありますが、私は「人間性で判断するのはもっと難しいのではないか?」と思っていまして。今、まさにその状態になっている気がします。ビジコンは得にならなくてもやりたい人が出るものだと思いますし、私が教育関係者ではないからこそ感じた違和感を、あえて作品に入れました。
寺田 それは詩森さんが丁寧に取材をされたからこそでしょう。きちんとした裏付けがあり、ドキッとさせられるドラマだとわかっているから、教員も真剣に見ているのだと思います。
詩森 ドキッとすることだけでなく、取材で「素敵だな」と思ったことも入れました。実際に学校教育に関わる方に「リアルだ」と感じてもらえるよう、少しでも「リアリティがない、アンリアルだ」と言われたら、すぐ修正します。
寺田 岡田将生さん演じる文科省官僚の槙野が、深夜に自転車で届け物をする様子もリアルでしたね。リアルさにこだわるのはなぜですか?
詩森 私自身がリアルなものが好きですし、その職業の方から「現実的じゃない」と言われるものを書いてもしょうがない気がして。リアルを大切にしても、ちゃんとドラマチックになるんです。そもそも官僚が私立高校に派遣されること自体は、アンリアルですから。細かいことを徹底的に調べた上で嘘をつくようにしています。
後編に続く
(注記のない写真:©TBS)