「御上先生」最終回で令和の金八先生が贈る言葉は オールドメディアに託される「社会的正義」とは?

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(画像:『御上先生』公式サイトより)

視聴率低下が叫ばれ、最近では「オールドメディア」など揶揄されがちなテレビ界。

ドラマ界も例外ではなく、Netflixなどの配信サービスに圧されているのはご存じの通り。半世紀以上地上波テレビドラマに親しんできた私でも「劣勢だよなぁ」と思うことが多い。

そんな中、気を吐いている枠といえば、TBSの日曜21時からの枠、いわゆる「日曜劇場」だろう。

文字通りの「伝統枠」で、「東芝日曜劇場」の時代も含めると、約70年の歴史がある。よく比較されるフジテレビの「月9」よりも、その歴史は2倍ほど長い。

日曜夜という絶好の時間帯でもあり、また枠としてのブランド力も高く、制作費も(たぶんそんなに)ケチっていないからか、最近でも非常に打率が高く、ハズレが少ない。

前クールの『海に眠るダイヤモンド』も素晴らしかったが(杉咲花の好演)、今回の『御上先生』も大いに見せる。

実は、中だるみを感じる回もあり、ここで取り上げるのを迷った時期があったのだが、後半になってどんどん盛り上がってきた。世帯視聴率も、初回は12.2%だったが第6話では9.1%まで下がり、その後第8話で10.6%、第9話で10.7%まで盛り返してきた(ビデオリサーチ/関東)。

というわけで今回は、そんな『御上先生』の魅力の本質を解剖したいと思う。

「青春学園ドラマ」としての『御上先生』

私の感じる最大の魅力は、久々の「青春学園ドラマ」だということである――と書くと、視聴者からは異論反論もありそうだ。

確かに当初は、公式サイトやポスターに掲げられた「辞令 日本教育の破壊を俺に命ずる」という物騒なコピーや、主人公である高校教師=松坂桃李(御上先生)が文科省(それもかなりエグ目の雰囲気で描かれている)から派遣されたという設定、さらには松坂が終始、無表情で冷徹な表情でいることなどから、いかにも尊大な文科省官僚が「青春」「学園」を壊しにかかるサスペンスドラマだと思わせた。

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