『御上先生』はサスペンスドラマ?!

教育を改革するーー。それがこの膠着する社会を変えるのに必要だということは、誰もがわかっているのに、そのための本丸であるはずのここ文科省は、こんな事件にもやけにはしゃいで野次馬を決め込んでいる。自分がその事件の主役になってしまう可能性を実際になるまで誰も考えようとしない……。

これは1月からスタートしたTBS日曜劇場『御上先生』の初回冒頭で主人公、御上孝(みかみ・たかし)が放った心の声だ。主演を務めるのは、2023年に話題となった日曜劇場『VIVANT』でも重要な役どころを演じた実力派俳優の松坂桃李さん。今回のドラマ『御上先生』では東大卒のエリート文科省官僚を演じている。

冒頭のセリフに出てくる「こんな事件」は、国家公務員総合職の試験会場で起きた刺殺事件を指しているのだが、こう聞くと『御上先生』はサスペンスドラマなのではと思う人もいるかもしれない。

たしかに、さまざまな見方ができるものの、現状の4話まで見る限りでは、日本の教育課題について考えさせられる多くの仕掛けがなされているドラマと言って間違いなさそうだ。

学習指導要領の詳細な説明も…ドラマがリアルな理由

エリート文科省官僚だった御上は、官僚派遣制度によってトップレベルの私立進学校に出向を命じられる。左遷人事に憤りを感じながらも、大学受験を控えた3年生の担任となり、クラスや学校で起きる問題に彼なりに向き合っていく。

これまでも『3年B組金八先生』『GTO』『ごくせん』『ドラゴン桜』など、学校を舞台にヒットしたドラマはたくさんあった。こうしたドラマと『御上先生』が異なるのは、“熱血教師”とは一線を画していることだろう。

実際にドラマの中でも「生徒のために奔走するスーパー熱血教師以外は教師にあらずという空気をつくってしまった」と、暗に金八先生を批判している。実際に、今までのところ御上先生はクールだ。そして、やたらと生徒に「考えて!」と語りかけるのが印象的である。

これは、現在の学習指導要領でいわれている「主体的・対話的で深い学び」を意識しているセリフに違いない。しかも、御上が出向した私立進学校の校訓は「自律」、学校の前身が学習塾で放課後に校内予備校を実施しているなど、現実にさもありそうな設定が多く盛り込まれていてリアル感が半端ない。

第3話では、独自教材を使って授業をしていたことを理由に学習指導要領違反でクビになった教師の話が出てくる。

なぜ検定に通った教科書でなければ授業に使えないのか。生徒が学習指導要領の内容をひも解きながら、クビになった教師が使っていた独自教材も「生きる力」を柱とする指導要領に十分沿ったものだと、文科省官僚だった御上に訴える。さらに第4話では、文化祭で生徒たちが教科書検定に関する展示を手がけ、視察に訪れた文科副大臣に詰め寄るシーンも。

学習指導要領の「生きる力」を生徒が説明するシーンも
(写真:©TBS)

さすがにドラマなので「大袈裟では」と思うところがないわけではないが、実際の学校教育のトレンドや現場でも議論のポイントになるような話を随所で入れてくる。

それもそのはずだ。『御上先生』の学校教育監修として工藤勇一氏が入っている。千代田区立麹町中学校、私立横浜創英高等学校の元校長で教育業界に身をおく人ならば、知らない人はいないだろう。その工藤氏が、ドラマがスタートする前に松坂桃李さん含む制作スタッフ陣に対して、日本の教育をテーマに50分の授業も行ったという。

授業の詳細まで工藤氏は語らなかったものの、今月都内で開催された関連イベントでは日本の教育についてこう話していた。

「日本の子どもたちは過度に手がかけられていて、学びは与えてもらうものだと思っている。与えられることに慣れすぎてしまい、何かあったときに人のせいにする子が増えている。そんなふうに当事者意識がなくなってしまったのは、学校教育に責任がある。自己決定をせずに、与えられながら育ってきた子どもたちに主体性が育つはずがない……」

ドラマでキーワードとなっている「考えて」は、まさに当事者意識を促す言葉なのだろう。

今月都内で開催された関連イベント。左からTBSの蓮見孝之アナウンサー、工藤勇一氏、社会起業家の白井智子氏、環太平洋大学特命教授の中山芳一氏
(写真:カルペ・ディエム提供)

これまで工藤氏は、宿題廃止や定期テスト廃止、固定担任制廃止など大胆な改革を在籍校で断行してきた。「大逆転教育再生ストーリー」と銘打つ『御上先生』でも、同じく教育改革が繰り広げられるのか……。

工藤氏はドラマの今後について聞かれると、「学校教育は社会を変える。その力となるのは教員1人ひとりの力。御上先生は1人の力で始めるがきっと周りを巻き込んでいく。これから子どもの変化、先生の変化を楽しめるはず」と語った。

どれだけの学校関係者がこのドラマを見ているのか?

この作品をディテール含めて楽しめるのは、教員をはじめとする学校関係者だけなのでは? と思うほどの細かな作り込みだが、実際にどれだけの学校関係者がこのドラマを見ているのか。

今月開催された「全国各地の現役中学・高校教員はドラマをどう見ている? 〜御上先生 vs 現場の先生〜」というイベントを訪れて驚いた。約60席ほどある会場が満席で、全国から教員をはじめとする学校関係者が集まって熱気にあふれていた。

「全国各地の現役中学・高校教員はドラマをどう見ている? 〜御上先生 vs 現場の先生〜」には教員をはじめ教育委員会、教育関連企業など学校教育の関係者が多く集まった
(写真:カルペ・ディエム)

主催したのは教育支援企業、カルペ・ディエム。代表の西岡壱誠氏は『ドラゴン桜』で脚本監修を担当した経験があり、『御上先生』でも環太平洋大学特命教授の中山芳一氏とともに教育監修を務めている。

今回のイベントでは、中山氏をモデレーターとして、西岡氏と7名の現役中学・高校教員が『御上先生』に紐づく8つの問いについて議論をした。

1. 生徒たちに「考えて」と言いたくなる実際の場面は?
2. 実際に「おススメの学び方」はありますか?
3. 「いついかなるときでも集中しなければならない仕事ばかりだよ」と生徒たちに言う?
4. 生徒の「べつに」から異なる言葉(本当の思い)を引き出す働きかけは?
5. 生徒たちがなんでも意見を言い合える授業は、どうすればできる?
6. 独自の教材だけを使うのはダメ?(学習指導要領義務違反)/中学校の学習指導要領は本当に難しい?
7. 学校のスローガンを生徒たちだけでなく教師たちも実行できている?
8. あなたにとっての「エリート教育」とはどんな教育?

 

問いが1つずつ提示され、7名の現役中学・高校教員が自身の学校や授業実践、学級経営などについて話していくスタイルだ。参加者が『御上先生』を最新話まで見ていることを前提に、時にドラマのシーンやセリフとも紐づけながら、会場にいる先生たちにもどんどん話を聞く。

まさに答えのない問いに向き合う、現在の学習指導要領で重視している探究学習を意識しているようだった。

「生徒たちに『考えて』と言いたくなる実際の場面は?」では、「掃除の時間に、集めたゴミをどうすればいいか? と聞いてくる生徒がいて『考えて』と言いましたね」と話す先生がいた。

会場の笑いを誘っていたが、「考えたらわかること、わかったとしても指示がほしいのだろうと。少子高齢化ということもあって、“大人から言われたことを受け止める時代”に育ってきた子らしい。でも、それは思考が止まっているということ。『考えて』はその警告にもなる」と言って、西岡氏はさらに続けた。

「教えるのが先生、という時代は終わりに近づいている。先生が答えを持っているものしか教えてはいけないというのも窮屈に感じる。そもそもVUCAの時代には、答えのないものが多く、自分で考える習慣を持ってもらうことは重要だ。問いを分解して、思考を深めていけば答えが出るかもしれない。いろいろな『考えて』の使い方があるが、思考をアクティブにする『考えて』をさまざまな学校で使ってほしいですね」

※Volatility・Uncertainty・Complexity・Ambiguityの頭文字を取った造語で、変化が早くて不確実性が高く、複雑かつあいまいで将来の予測が困難な状態のこと

学習者に必要なのは支援ではなく「余白」?!

ドラマでは、「思い出す」プロセスを取り入れることで記憶を定着させるアクティブリコールという勉強法が出てきた。それに紐づく「実際に『おススメの学び方』はありますか?」という問いでは、これまでの学校の授業スタイルが徐々に変わってきていることも感じられた。

「学んでいる、と思わせないことが大切。教えない授業をリフレーミングさせて、例えば『資本主義と社会主義の違い』について小さい子でもわかるように紙に書いて説明して、と雑に投げる。子どもたちが主体的、能動的に取り組めるよう意識している」

「なるべく教えない授業をやっていて、数学でグループワークを取り入れている。中間に他者評価を入れており、グループメンバーの意見を聞いて生徒自身が振り返りできるように、また後半で修正できるようにしている」

そんな先生たちの実践を聞いて返した西岡氏の視点も興味深かった。

「これまでの教育は、どう教えるか、どう助けてあげるか、という発想が強かった。例えば、今は参考書でも、カラーだったり図が入っていたりと充実しすぎている。それで学力が上がっているかというと、そういうわけでもない。学習者に必要なのは、充実ではなくて考える余白ではないのか。その余白をどうつくるか、どんな問いを出して余白をつくるのかが先生の役割になっているのではないだろうか」

どの問いもシンプルだが、さまざまな意見を通じて深まっていくのが実感できる時間だった。最後の、御上が働く進学校に紐づけて「あなたにとっての『エリート教育』とはどんな教育?」という問いは、参加者がグループになって議論をした。盛り上がったことは言うまでもない。

中山氏(写真右下)をモデレーターとして、西岡氏(写真右上)と7名の現役中学・高校教員が『御上先生』に紐づく8つの問いについて議論をした
(写真:カルペ・ディエム)

「『御上先生』が議論を起こせるドラマになればいいな、と制作を手伝っている。ドラマで『中学の学習指導要領は難しい』という話が出てきたときには、『本当に難しいのか?』と放送後にSNSでかなり話題になった。どう学校の先生が受け止めてくれるのか……ワンシーン、ワンシーン、僕たちも考えている。先生1人ひとりにも考えてもらえたらと思っている」(西岡氏)

もちろん、単にエンタメとしてみるのもいいが、このイベントのように『御上先生』には学校だからこそ向き合える問いにあふれているように思う。幸い、まだ4話なので話に追いつくのも十分に可能だ。

実際に、対話の場をつくって学校現場で話してみるのも盛り上がるだろうし、毎日忙しい学校だからこそ先生にも「考えて」が必要かもしれない。『御上先生』でキーワードになっている「教育のリビルド」は大袈裟ではあっても、こうして日本の教育、また学校現場の課題についてみんなで考える時間は貴重であるに違いない。

(文:編集部 細川めぐみ、注記のない写真:©TBS)