学校で「ICTを賢く使う教育」を充実させる必要がある

――現在、修学支援・教材課長や学校デジタル化プロジェクトチームリーダーのほか、複数の業務を併任されていますが、これまでのキャリアを簡単にご紹介いただけますか。

武藤久慶(むとう・ひさよし)
文部科学省 初等中等教育局 修学支援・教材課長、学校デジタル化プロジェクトチームリーダー、学びの先端技術活用推進室長、GIGA StuDX推進チームディレクター
2000年文部省(現・文科省)入省。教育課程企画室係長、行政改革推進室係長を経て04年に米国に2年間滞在し、人事院長期在外研究員 (Harvard Graduate School of Education, Boston College TIMSS & PIRLS Center)として米国の教育政策を研究。帰国後は、大臣官房総務課法令審議室専門官、北海道教育委員会出向(教育政策課長、義務教育課長、学校教育局次長)、初等中等教育企画課 教育制度改革室長補佐、外務省出向、高等教育政策室長、大学入試改革実行プロジェクトチーム企画官、大臣官房総務課副長、初等中等教育局企画官などを経て現職
(写真:文科省提供)

2000年に文部省(現・文科省)入省後、学習指導要領の改訂や研究開発学校、構造改革特区を担当するほか、小中一貫教育の法制化、学校の統廃合や小規模校活性化のガイドライン作成、北海道教育委員会で学力向上の取り組みを推進するなど、主に初等中等畑を歩んできました。その間、米国の教育政策について研究していた時期もあります。

――そうしたご経験を踏まえ、「日本の学校教育のよい点と課題」についてお考えをお聞かせください。

日本の学校教育のよい点は、学習指導要領というナショナルスタンダードがあり、教員の給与も国庫負担制度があるということです。日本にいるとわかりにくいのですが、このことの効果は大きいです。

例えば、米国は州によって、子ども1人当たりの教育費が大きく異なります。それは州の教育予算が固定資産税と連動しているからです。米国に滞在していた際、裕福な学校区とそうでないところとの教育格差を目の当たりにし、日本の教育のよい部分を実感しました。

よくメディアでは海外の特定の学校の教育がフォーカスされ、日本の平均的な教育と比較する傾向がありますが、何を比べているのかには留意が必要です。

もちろん、日本の教育も教育行政も多くの課題を抱えていますが、私の担当範囲で言えば、やはりICTが子どもたちの学びの道具として十分に活用されてこなかった問題は大きかったと思います。

今や中高生のほとんどがスマホを持っており、小学生のスマホの所有率も6割を超えています。何もしないままでは、フィルターバブルやエコーチェンバーといった多様性を欠く情報の海に子どもが絡め取られていく可能性があり、学校という場でICTを賢く使う教育を充実させる必要があると思います。

また、これまでの日本は標準化されたカリキュラムによる一斉指導によって平均的には高い教育レベルを保つ一方、子ども集団の多様性が高まる中で、1人ひとりの子どもの学びを保証していくうえではサポートが十分ではない面が顕在化してきました。そうした状況を大きく変えようとしているのが、まさにGIGAスクール構想なのです。

1人1台端末やクラウドの活用、地域間や学校間で「格差」

――GIGAスクール構想は3年目となりますが、これまでの成果や課題をどう捉えていますか。

2022年度の「全国学力・学習状況調査結果」によれば、1人1台端末を授業で活用している小中学校の割合は、「ほぼ毎日」と「週3回」を合わせれば約8割に上り、すでに1人1台端末が文房具になっている学校もあります。

例えば、愛知県春日井市では、子どもたちが自分の判断で自由に使うことが当たり前になっています。先生方はクラウド上で学習の目標や見通しを示し、子どもたちは自分で学ぶ内容や学び方を自己決定して学習を進めるなど、授業の形も大きく変わってきています。同じ教室の中で、1人で課題を追究する子、複数人で取り組む子、集まって教師から指導を受ける子など、異なる学びのスタイルが同時進行しており、学習進度や興味・関心、認知特性の違いなどにも対応できる環境ができ始めています。

また、全国的に授業外でも1人1台端末でプログラミングに取り組む子が大幅に増加しています。例えば、プログラミングサイト「Scratch」の利用者数はGIGAスクール構想以前と比べて3倍以上に増え、世界シェアも大きく伸びています。端末配布のインパクトは絶大だと思います。

一方、1人1台端末の活用は地域間で大きな差があることも事実です。例えば「ほぼ毎日」活用している小学校の割合を比べると、最も高い地域は78.3%、対して最も低い地域は22.7%と差が出ています。

(出所)「令和4年度全国学力・学習状況調査結果」を基に文科省が作成した資料

また、教職員と生徒がやり取りする場面でICT機器を「ほぼ毎日」使用している小学校の割合は高い地域でも44.1%、低い地域は5.3%、生徒同士がやり取りする場面での「ほぼ毎日」の使用については高い地域で33.8%、低い地域は1.9%。中学校も同様の傾向が見られ、全国的にクラウドを十分に使えていない状況がうかがえます。

このほか、22年4月から夏休みまでの間における1人1台端末の利活用の状況を小中学校に聞いた別の調査では、児童生徒が自分で調べる場面で端末を活用している学校の割合は「ほぼ毎日、毎時間」と「ほぼ毎日」を合わせても2割台。児童生徒が自分の考えをまとめ、発表・表現する場面で端末を活用している学校の割合も「ほぼ毎日、毎時間」と「ほぼ毎日」は計1割台と、多くの学校ではまだ利用が日常化してないのが現状です。これは1年前のデータなので、その後改善が進んでいるとは思いますが、さらに活用を加速させていく必要があります。

(出所)文科省「1人1台端末の学校での活用状況」

校務で活用を始め、授業で生かしていくのが最もスムーズ

――そうした地域間、学校間の格差を受け、とくに課題だと思われる点は何でしょうか。

ICT化は、一足飛びに進むものだとは思っていません。とにかく使ってみることが重要ですが、まずは校務での活用を始め、授業で生かしていくのが最もスムーズかもしれません。

例えば教師間で教材をクラウドで共有する、紙のアンケートをデジタル化することなどはすぐできるはず。それに慣れれば、授業でもクラウドやアンケート機能を使って子どもたちの意見をみんなで共有するといった活動もできるようになるでしょう。また、クラウド上で付箋ソフトを使うなどして協働的な教員研修をやってみると、さまざまな意見が可視化され、非常に民主的かつ効率的に議論ができることを実感できると思います。「ああ、こういう感じか」となれば、「子どもたちともやってみよう」と思えますよね。

子どもと教師の1人1台端末に搭載されているアプリやクラウドをフル活用すれば、お金をかけなくてもできることはたくさんあります。例えば、職員会議のペーパーレス化やリモート会議なども簡単にでき、育児や介護をしている先生も含めてもっと働きやすくなるはずです。

保護者とのコミュニケーションは校務以上にICT化が進んでいませんが、こちらも児童生徒の欠席連絡や保護者面談の日程調整、お便りなどの配布は今の環境ですぐにICT化でき、保護者のニーズも強いはずです。例えば、PTAや保護者会をリアルとオンラインのハイブリッドで行う学校もまだ約2割ですが、実施すれば仕事の合間に参加できるご家庭が増え、先生方もより多くの保護者とコミュニケーションが取れるようになり、双方にメリットがあるわけです。

ただ、校務については、ネットワークの問題、OSやソフトウェアの課題などによってサクサク動かない、あるいはいまだにシングルサインオンになっていない場合もあるでしょう。そこは自治体が状況をアセスメントし、教員や子どもたちが日常的にICTを使える環境に整える必要があります。私たちもOS各社をはじめ、関係企業に改善を強く働きかけていますし、アセスメントに財政支援もしています。

校務支援システムについては8割の学校が導入していますが、閉鎖的なネットワーク上に置かれており、現在は職員室でしか利用することができないケースがほとんどです。これを今後4~5年以内に、全国的にクラウドベースのシステムにリプレースして、校務系と学習系のデータを統合してダッシュボードも実装し、データの力も使った指導の充実や教員の働き方改革につなげていきたいと考えています。

――授業での端末活用については、格差解消に向けてどのような対策をお考えですか。

今年度は、新たに「リーディングDXスクール事業」を展開します。これは全国100カ所で小中学校をペアで指定し、1人1台端末とクラウド環境を使い倒していただき、その活用状況を把握・分析するとともに、効果的な実践事例を創出・モデル化する事業です。ICTアドバイザーの活用も含め、1校につき年間200万円の予算を用意しています。さらに希望する自治体には非常勤の教育CIO(最高情報責任者)やICT支援コーディネーターの設置も可能としています。

指定校には、周辺に設ける連携協力校や有識者とともにワークショップや講演などにも取り組み、実践事例を発信していただく。そんな形で好事例を全国に広めていきたいと考えています。

「自前主義にこだわらず、使えるものは何でも使って」

――2022年1~2月に実施した「児童生徒の情報活用能力の把握に関する調査研究」の結果については、どう分析されていますか。

初めての調査のため過去と比較した分析はできませんが、小中高と学年が上がるごとに情報活用能力が上がる傾向が見られました。それは当然のことですが、注目すべきは、そこからこぼれ落ちてしまっている子どもが一定数いるということ。とくに小学校でその割合が高い。キーボード入力などの基本的な操作に難がある子どもも相当数見られ、テコ入れが必要です。

ChatGPTなど生成AIが話題ですが、今後さらにテクノロジーが進展する中で、デジタルに使われるのではなく、使いこなす子どもたちを育成しなければなりません。情報活用能力とは、情報技術をうまく使って自分の考えを形作っていく力です。そういった力を養っていくには、学校教育のさらなるアップデートが必要。そのためにも端末活用の日常化は必要条件だと思っています。

――今後、次期学習指導要領の議論が始まり、25年には多くの学校が端末のリプレースの時期を迎えます。こうした流れを踏まえ、23年度はどのような1年にしたいとお考えですか。

端末の更新は極めて重要な課題です。関係者の理解を得ながら検討をしっかり進めるためにも、今ある端末の使い倒しを図ることは欠かせません。GIGAスクールの環境を前提に次の学習指導要領の議論をするためにも、ICTで業務を効率化して教員と子ども、子ども同士の関わり合いを増やし、個別最適な学びや協働的な学びを実現することが私たちの大きなミッションです。今年度はそういった環境の学校をたくさん増やすとともに、ネクストGIGAに向けた検討を行います。

――ほかの省庁との連携のご予定はありますか。

経済産業省は「STEAMライブラリー」など優良なコンテンツを発信してくださっています。非常に心強いパートナーであり、日常的に作戦会議をしています。これまでも経産省に限らず、金融教育なら金融庁、環境教育なら環境省、法務教育なら法務省と仕事をしてきましたが、今後はさらに連携を強化し、子どもたちの多様な興味・関心に応じたデジタル学習コンテンツをいっそう充実させていく必要があります。そういう視点で、NHKさんとの連携も抜本的に強化しているところです。

教育現場は、自前主義にこだわらず、使えるものは何でも使って子どもたちに必要な資質能力を育成してほしい。こうしたマインドチェンジは、働き方改革を進めることにも大きく寄与すると思っています。私たちはそのために条件を整えていきます。

インフラ面で言えば、総務省、デジタル庁、こども家庭庁と連携し、教育や医療、福祉に関するデータをダッシュボード上で統合・可視化することによって、リスクを抱えた子どもたちにアプローチする取り組みを進めています。そうした観点からも、クラウドベースで校務系と学習系のシステム統合は私たちの大きなミッションの1つと捉えています。

(文:國貞文隆、注記のない写真:Fast&Slow/PIXTA)