授業スタイルを変えられない残念な学校は約5割
──GIGAスクール構想で整備された「1人1台端末」の活用が始まって2年目となる2022年度の活用状況をどのように見ていらっしゃいますか。
ICTの活用を踏まえた授業の変化という面で、学校間・自治体間での格差が広がってしまっていることが大きな問題だと捉えています。
現在の学校教育は、現行の学習指導要領に基づいて行われています。Society 5.0に向けた新しい時代に必要となる資質・能力を育成するために、主体的・対話的で深い学びによって知識の理解の質を高めていくということが基本方針です。実施は小学校が20年度、中学校では21年度、高校においては22年度から年次進行。スタートこそ令和になってからですが、実際に作られたのは16〜17年なので多少、古くなりつつあります。その後にコロナ禍があり、私たちは学校のあり方を問い直すこととなりました。
そこで21年1月に中央教育審議会が「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」という答申を出し、ICTを最大限に活用し「個別最適な学びと協働的な学びの一体的充実」をこれまで以上に加速させ、主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善につなげることを打ち出しました。
GIGAスクール構想は、これを推進する1つのブースターです。1人1台端末と高速ネットワークとクラウドという学習基盤があることで、子どもたちは自分自身の好奇心やテーマなどに基づいて、それぞれのペースで学びを進められます。先生もダッシュボードなどを通じて学習状況が可視化され、一人ひとりに目が届くようになり、支援が必要な子には適切なタイミングで助言したり、子どもの興味・関心を生かした自主的、自発的な学習を促したりすることが容易になります。先生一人でできることは限られますが、端末を使えば指導の個別化、学習の個性化を実現できるようになるのです。
こうした個別最適な学びに加えて、子どもたちも互いの学習が見えるようになりますから、今では協働的な学びも急速に実現できるようになりました。こういう環境で授業が頻繁に行われるようになると、自分は何が知りたいのか、次にやるとき役立つことは何か、よりよく学ぶにはどうしたらよいのかを意識するようになります。すると自分の得意や苦手がわかるようになり、強みを伸ばす、あるいは苦手を潰すにはどうすればいいかを自分で気づいて克服できるようになっていきます。
にもかかわらず残念なのは、いまだ授業のやり方を変えずに、昔からのやり方の中でICTをどこで使うかということを考えている先生がいるということです。校内に1〜2人、ICT活用に熱心な先生がいるけれども、「〇〇先生のクラスだけICTを使われても困る。ほかのクラスと差がつくじゃないか!」といって横並びの「平等」を是とした同調圧力をかける学校もあります。大切なのはダイバーシティー&インクルージョンの考えを受け入れ、多様な子どもたちが一人ひとり満足する形で「公正」な教育を提供することなんですけどね。
一方、国が約5000億円もの予算をかけて端末を配ったのはただごとではないから、とにかく使ってみようと言ってやり出した学校では、子どもたちが入力、編集をはじめとする端末の基本操作はもちろん、クラウド上のツールの機能にも精通してきて、大人顔負けの使い方をしています。その結果として、学習活動は充実しています。
授業の内容も全然違います。これまでは「1603年、徳川家康が江戸幕府を開いた」ということを先生が説明し子どもたちが覚えようとするような浅い学びだったものが、今は「家康が江戸幕府を開けたのは何を克服したからか」とか「265年にもわたり政権が安泰したのはなぜか」といったことを、子どもたち自身に知識と知識をつなげて考えさせるような授業に進化しています。
これは子どもたちが情報活用能力を身に付け、さまざまな学習リソースにアクセスしながら学ぶことができるようになり、また先生も端末によって一人ひとりの進捗状況を可視化して個別支援しやすくなったからできることなんです。しかも、子どもたちはほかの子がどういうふうにやっているか、どういうまとめ方をしているかを見られるので、1つの課題でもやり方は多様で、自分は自分らしくやればいいということにも気づく。これは今の時代感覚として、ものすごく大切なことです。
──GIGAスクール構想の本質に気づいて、キャッチアップできている学校はどのくらいありますか。
ものすごくICT活用が進んでいる学校と、かなりいいところまで来ている学校と、残念な学校の比率は、僕の肌感覚では1:4:5くらい。すでに1割は、びっくりするぐらい変わっています。4割のところは、あと1年ほどでかなり変わると思います。ものすごく進んだ学校だって、2年前は試行錯誤の連続だったわけですから。あとは先生が音頭を取りすぎず、子どもにどのくらい任せることができるかというところでしょう。
問題は残りの5割。おそらく先生たちが忙しすぎて、今までのやり方以外のものを取り入れる余裕がないということの影響も大きいとは思いますが、子どもたちも先生も十分にICTを活用する経験をしていないので、GIGAスクール構想による学習基盤の大きな変革が体感できていないのだと思います。
端末の持ち帰りをしている学校も、今はまだ全体の3分の2程度です。家庭に持ち帰ると何をするかわからない、と持ち帰りを禁止している自治体や学校がまだ見られます。それは子どもを信頼していない、信頼できる子どもを育てる教育が十分でないことと同じ。学校でICTを日常的に活用して学んでいれば、その延長で家庭でも望ましい活用の仕方をするものです。また、端末からのアクセスログは設置者である教育委員会では確認することができるはずです。失敗しない学習なんてありませんから、端末の持ち帰りもぜひ進めてほしいですね。
教育関係者の意識改革が「令和の日本型学校教育」を実現するカギ
──つまり、「令和の日本型学校教育」を進めるためには働き方改革が必須であり、校務のDX推進が2023年の課題になってくるということでしょうか。
校務改革はもとより、今後はデジタル教科書や教育データの利活用も進めていかなければなりませんが、それはある意味、環境整備の話にすぎません。授業、教育に対する大きなパラダイムシフトのために必要な学習環境がインフラとして整った今、新しい時代に向けた授業の形にどう変えるかという、学校の姿勢や先生たちの気持ちのほうが重要です。デジタル教科書が導入されても、残念な学校、残念な先生は、紙の教科書と同じ使い方しかしないでしょうからね。
デジタル教科書は24年度、小学5年生から中学3年生の英語に先行導入されることになりました。教育現場のアンケートでは算数・数学への導入も期待されており、いずれは国語や社会、理科、あるいは家庭科や体育などといった実技教科にもデジタル教科書は拡大していくことと思います。さらには副読本や資料集、AIドリルなどのデジタル教材も増えていくことでしょう。
こうしたデジタル教材は、それぞれ違う会社が作っているので、使用するたびに異なるIDとパスワードが求められます。いちいち入力するのも大変で混乱しがちなので、1つのIDとパスワードでアプリやWebサービスをひも付ける「シングルサインオン」という仕組みがあります。
その入り口になるのが、デジタル学習環境のハブの役割を果たす「学習eポータル」です。一部ではすでに実用化されていて、どの子がいつ、どの教材にアクセスして、どういう学習活動を行ったのかすべてログが残るようになっています。先生は一覧化された学習ログを見て個々の理解度、得手・不得手を把握し、それぞれの子に対してより細かな個別指導を行えます。
しかし、そのためには各教科書会社、教材会社の教育データが統一されていなければなりません。それが「教育データの標準化」といわれるものです。これが完成すると、先生の業務負担はかなり軽減されます。出席状況やテスト履歴、成果物なども記録されるため、それを見れば成績・評価が楽に行えるはずです。
アクセスログが残るから、不登校の子が学校以外のところでちゃんと勉強しているという証明になって、それを出席と見なすという流れにつながるかもしれません。また、クラウドツールを使うことで、保護者とのコミュニケーションも円滑になります。例えば、アンケート収集フォームを使えば面談日の調整が簡単にできますし、学校生活の様子の共有や急な連絡事項の周知にも活用できます。
こうしたさまざまな校務をサポートするツールに「校務支援システム」があります。そして、個人情報のように機密性を高い状態で保持しなければいけない情報を取り扱うし、先生同士の連絡を行うためのチャットなど、いろんな機能を盛り込んだほうが便利だろうという発想で作られたものが「統合型校務支援システム」です。
これは一見すると便利そうですが、実はクラウド利用が前提になっていません。だから学校にいるときしか使えないし、ネットワークを分離しているから学習系と校務系のデータ連携ができません。そのせいでコロナ休校期間中も先生たちは出勤しなければならなかったし、平時も学校から持ち帰った端末、あるいは自宅のパソコンからシステムにアクセスしてちょっとした作業をすることもできない状態になっています。
先生の働きやすさや、教師になりたい若者が減っているという現状を考えると、非常に大きな問題です。クラウドが当たり前になった現在では、統合型より、むしろクラウドベースの非統合型のほうが望ましい。もちろんセキュリティー対策のために、通知表など機微情報へのアクセスだけは校内に制限するとか、すべてのデバイスやユーザーに対して強力な認証と認可を行うゼロトラストの考えでネットワークへアクセスする仕組みを構築することも必要になります。
こうしたことが「GIGAスクール構想の下での校務の情報化の在り方に関する専門家会議」で議論されており、22年8月に論点を整理した「中間まとめ」を発表しました。23年2月には最終報告が予定されています。これを基に23年以降、校務のDXが加速することになるでしょう。
それでも教師の意識や学校の姿勢に基づくICT格差は、これからさらに広がる可能性があります。公立校の場合、これをいかに是正していくのかは、1720近くある自治体がどれだけ本腰を入れるかどうかにかかっています。自治体の首長や教育長が若くてICTがよくわかっているところは、変わるのが早いと思います。そろそろ若い人の感覚に任せていくのが、これからの時代には必要なんじゃないですかね。
(文・田中弘美、撮影:尾形文繁)