電子書籍や読み上げ機能、ネット情報も併用して学ぶ

2020年11月、文科省は「子供の読書活動の推進等に関する調査研究」でアンケート調査を実施した。この調査結果によると、「公立学校で電子書籍を購入する予定はない」と答えた自治体は全体の82.4%。「今後公立学校で電子書籍の導入を検討している」が8.8%、「今後公立学校で電子書籍の導入を予定している」が1.3%、「すべてまたは一部の公立学校で電子書籍を導入している」と答えた割合は2%にとどまった。導入を阻む要因として挙げられるのは予算や知識の不足だ。

そんな中、東京都八王子市にある工学院大学附属中学校・高等学校では早くから図書館のICT化を進めており、多彩な取り組みをしていることで知られている。

学校の学びの中で図書館をどう活用しているか、いくつか例を紹介しよう。高校で取り組む朝読書では電子書籍が人気だ。限られた時間の中での読書と、「借りに行く」「返却に行く」という作業を短縮できる電子書籍は相性がいいという。また、図書館に併設された「多読ルーム」をはじめ、英語の教材も充実。英語科の教員と相談して洋書も多数用意しており、読み上げ機能のある電子書籍は発音のレベルアップにも貢献している。

「インターネットの利用については情報の授業で学んでいます。1人に1台配布されている端末で調べればすぐに答えは出ますが、子どもたちは必ずしもそれを鵜呑みにしないリテラシーも身に付けています。ネットで得た情報を確かめるために図書館に来たり、見つけた資料を『先生、この本どうかな?』と相談してきたりもします」

こう語る国語科担当の臼井理恵氏は同校に赴任して5年目。司書教諭として図書館を任されてからは今年で2年目だ。コロナ禍の初期に図書館が閉じられた際には、前任者が電子書籍を増やす判断をし、さらに生徒たちにその利用を再周知した。それが功を奏し、電子書籍の貸し出し数は大きく伸びたという。

「コロナ禍でも本を読みたいという子どもたちの気持ちに応えることができました。すでに環境が整備されていたことはとてもよかったと思います」

臼井氏はこう話すが、その後にはさらにうれしいことも起きた。

「電子書籍で読めることが認識されても、だから図書館に来なくなるということはありませんでした。学校が再開されると、子どもたちはみんな図書館に戻ってきたのです」

工学院大附属中高の図書館は2フロアに分かれている。1階は個人のスペースが仕切られ、読書や勉強に集中できる静かな環境だ。いわゆる「普通の図書館」という印象の1階に比べ、2階は騒がしいわけではないものの、生徒や教員が会話しながら多様な作業に取り組めるカジュアルな雰囲気が漂う。この居心地のよさから、この図書館は生徒にとって「気軽に行ける場所」になっているのだ。この気軽さこそが、同校が目指す図書館のあり方において最も重要な点だ。

左から工学院大附属中学校・高等学校/国語科 臼井理恵氏、高等学校教務主任 英語科 田中 歩氏

アナログツールも共存、「メディアライブラリー」の発想

高等学校教務主任で英語科の田中歩氏は、ICT教育のあり方について方針を語る。

「ずっとデジタルツールを使うと疲弊してしまうのは、大人も子どもも同じだと思います。また、英語学習に欠かせない『辞書を引く』という作業も、電子ではなく実物を手に取ってやってみなければわかりません。紙か電子かの二択ではないし、電子化だけを目的とするのでもなく、双方のいいところをうまく選べる環境をつくりたいと考えています」

臼井氏も「私が担当になった時点で、この図書館はとてもICT化が進んでいました。メリットもたくさんありますが、一方で、それだけでいいのかなという気もしたのです」と言う。それらの言葉どおり、同校ではデジタルとアナログの両方が共存している。

毎年新たに図書館に入れる本を選ぶ「選書ツアー」は、図書委員と司書教諭が書店に赴いて本を探すものだ。コロナ禍によって書店訪問には制限が生じたが、直近の選書ツアーは図書館で開催。生徒一人ひとりが読みたいと思う本を選出し、電子版と実物の両方を購入した。生徒自身の好みや都合で好きなほうを選ぶことができるし、電子版と紙の本を見比べることもできる。また、NIE(Newspaper In Education)の取り組みも続けており、中学校の社会科や高校の現代社会では新聞切り抜き作品のコンクールにも参加している。生徒たちは図書館に積み上げられた新聞を広げ、拡大も縮小もできないアナログの紙面と向き合うのだ。

さらに同校の図書館のラインナップは、本や新聞にとどまらない。2階の「Fabスペース」には3Dプリンターや大型モニター、レゴ®マインドストームなども用意されており、ものづくりの好きな子どもたちが集まっている。高校生が中学生を指導したり、大学生となった同校の卒業生がチューターとして入ったりすることもあるという。

「メディアライブラリーの発想で、あえてさまざまなツールを切り離さずに設置しています。本は本、デジタルツールはデジタルツールというように別々にしてしまうと、子どもたちの中でそれらの使い方がつながりません。それが紙でもデジタルでも、自分たちで最適なツールを考えて選択できるようになってほしいのです」(田中氏)

多読ルームには英語の教材をレベル別に配置(左上)。3Dプリンター(右上)や動画用のグリーンバック(左下)も。切り抜き用の新聞が積まれている(右下)

選択肢を増やし、多様な経験をさせることを重視する同校の図書館。取材の日には、男子生徒が文化祭「夢工祭」への出展を目指し、レゴ®マインドストームでロボット製作にいそしんでいた。また、YouTubeに公開する動画や体育祭のイベントサイトを自発的に作る生徒もいるなど、成果を実感できる発表の場があることもモチベーションにつながっているようだ。

授業の取り組みでも選択肢は多い。例えば英語でライティングの課題を提出する際、形式はタブレットにペンで直接書き込んだデータでもいいし、紙に書いたものを撮影した画像でもいい。要は「書く」という経験をすることが重要なのであって、デジタル化することが重要なのではない。どちらが自分にとって効率的か、生徒は自分で試したり、友達のやり方を見たりして自ら決めていく。

ツール選びから考える経験が学びへの自主性にもつながる

図書館入り口の扉は観音開きだが、以前は片側しか開けていなかった。

「それを両方開けるようにしただけでぐっと開放感が出て、生徒からも『入りやすくなった』という声が聞かれるようになりました」と臼井氏は語る。廊下と図書館の間の窓にはすりガラスが入っていたが、さらなる開放感を求めて素通しのガラスに替えた。

1階の本は出入りの多い2階の本に比べて動きが鈍いので、お薦めの本として2階に棚を作って目立たせたり、反対に人前で借りにくい心の悩みに関連する本は階段の下に棚を作ったり、臼井氏は紙の本のアピールも続けている。一方で「かさばる大型本やはやり廃りのある漫画など、紙媒体の購入をためらうものでも、電子版なら導入しやすい。これは大きな利点です」と、電子書籍のメリットも享受する。

「4月の新入生向けのオリエンテーションでは、図書館に来れば答えがわかるようなクイズを出すなど、図書館に足を運ばせる工夫を凝らしています。さまざまな情報やツールに触れるきっかけとして、とにかくもっと気軽に来てもらえる場所にしたい。今後は寝転んで本を読めるエリアを作ってはどうかと検討もしています」

本のジャンルによって棚を設置する場所に配慮、借りやすいよう工夫している(左)。「日替わり」のお薦めタイトルは毎日更新する(右)

多彩で開かれたメディアスペースとして存在する図書館では、生徒の自主性も育っていく。

「中学からこの図書館を使って本校で学んできた中高一貫生は、自主的に学ぶ姿勢が身に付いていると感じます」(田中氏)

田中氏いわく、入学して間もない頃の高入生は、どうしても教員の指示を待つ傾向があるという。それに対し中高一貫生は自ら積極的に動き、高入生に教えてあげることも多いそうだ。田中氏が感じていることはほかにもある。

「中学校の説明会に来る小学生を見ていると、彼らもまだまだ紙へのこだわりがあったり、電子書籍という選択肢が視野になかったりします。周囲の環境や指導する大人の影響だと思いますが、そうした子どもたちも違和感なく融合できるよう、デジタルやICTの発想を無理なく伝えていきたいと考えています」

図書館の取り組みについて、臼井氏も「特別なことをしているわけではありません」と繰り返す。ただひたすらに目指すのは、生徒の好奇心を刺激する、行きたくなる場所としての図書館だ。工学院大附属中高の図書館は、決して電子化だけに注力しているわけではない。むしろ環境整備としての単なる電子化推進はもう終わっていて、「子ども自身がツールを選ぶ能力」を育てるという次の段階に入っているといえるだろう。

(文:鈴木絢子、撮影:大澤 誠)