「心理療法の専門家への接続」が確立されている

――アメリカの不登校支援の特徴について教えてください。

日本との大きな違いは、アメリカでは不登校を法的に許していない点です。義務教育期間中の子どもが長期間学校を欠席している場合、保護者は法的な責任を問われることになります。状況が改善されないときには、司法が介入し保護者に罰金等が科されるケースもあります。

一方で法的責任を問うだけでなく、不登校を深刻化させないための予防的なシステムも整備されています。

まず学校は、不登校傾向の子どもを持つ保護者に対しては面談を実施し、不登校になっている要因や対策を話し合います。そのうえで必要があると判断したときには、心理カウンセリングの利用や、博士号を持つ心理学者によるテストを勧めます。学校から心理療法の専門家への接続が確立されているのです。

そのほか学校とは別に、かかりつけの小児科医が保護者に対して、心理カウンセリングの利用を勧めることも多いです。これはアメリカでは「心理面での問題を抱えているときには、すぐにカウンセリングを受ける」という文化が根づいていることが大きいですね。

――心理カウンセリングは、どのような機関で受けるのでしょうか。

学校が契約を結んでいるメンタルヘルス会社を利用する場合と、心理カウンセリングのクリニックを利用する場合があります。

メンタルヘルス会社には、心理カウンセラーや、心の病を抱えている子どもへの接し方を熟知している「ファミリースペシャリスト」と呼ばれるスタッフが在籍しており、学校や自宅に訪問するなどして子どもや保護者に対応します。さらには精神科医との連携も図られています。

一方、心理カウンセリングのクリニックを利用するメリットの1つとしては、きめ細かいニーズに対応できることが挙げられます。例えば私の母国語は日本語ですから、日本語でやり取りできるカウンセラーを探している方から連絡をいただくことが多くあります。私が住んでいるカリフォルニア州はスペイン語圏出身の方が多く暮らしていますから、スペイン語ができるカウンセラーに対するニーズも高いですね。

――日本では「学校以外の学びの場の選択肢が少ないことが、不登校問題の深刻化を招いている」という指摘もあります。アメリカでは学びの場が選べるのでしょうか。

例えば、学校教育と同等の義務教育としてホームスクーリングが全州で認められており、オンラインの小中学校が正規の学校として認められています。10代のスポーツ選手や俳優など、通常の学校生活が難しい子どもたち向けのチャータースクールも存在し、学校区によっては宿題などをこなすことで単位の取得が認められる場合もあります。子どもの状況に応じて、多様な学びの形を選択できる仕組みが整えられていると言えます。

※親や教員、地域団体などが、州や学区の認可(チャーター)を受けて設ける初等中等学校。公費によって運営。

アメリカでは積極的に「家庭に介入」が当たり前

――不登校の問題に対応している心理カウンセラーについて、日本と違いはありますか。

荒川龍也(あらかわ・たつや)
カリフォルニア州公認心理カウンセラー
富山生まれ、名古屋育ち。小学校高学年頃からいじめなどが原因で心の病を患う。中学時には教師からの体罰に苦しみ、いじめが原因で不登校に。16歳で高校中退。2年間のカウンセリングを受けた後、夜間高校に入学。話を聞くことにより下級生の高校中退を何度も防いだことを通じて、話を聞くことの力を知る。アメリカに短期留学した後、心理カウンセラーを目指して渡米。カリフォルニア州立フラトン校大学卒業、同校大学院カウンセリング専攻卒業。カリフォルニア州公認心理カウンセラーの資格を取得し、現在はロサンゼルス近郊で開業して心理カウンセリングを提供。専門は、子どもとその家族、不安とうつ病、アダルトチルドレン
(写真:本人提供)

アメリカで心理カウンセラーになるためには、大学院卒業後、3000時間のインターン時間を経て、2つの国家試験に合格する必要があります。インターン中は、知識や技能を高めるために、毎週スーパーバイザーと呼ばれる経験豊富なカウンセラーから指導や助言(スーパービジョン)を受けることが法律で義務づけられています。また国家試験も1回の受験で合格するのは難しく、難関試験とされています。

アメリカでは、心理カウンセラーは高い専門性を備えているスペシャリストとみなされているのです。日本と大きく違うのは、資格を有している者だけが携わることができる独占業務であり、精神科医と同じように心の病に関する診断を下すことができます。だから「子どもの心の問題が不登校の症状として表れたときには、専門家である心理カウンセラーに相談するのがいちばんよい」という判断になるわけです。

不登校の解決に当たっては、アメリカの心理カウンセラーは家庭に介入していくことが当たり前となっています。私も、不登校の子どもがクライアントの場合、親にも必ず週1回は心理教育のセッションを受けてもらうようにしています。なぜなら子どもの心の病の問題は、多くの場合が家庭環境や親子関係に起因しており、親にもコミットしてもらうことが欠かせないからです。

ただしカリフォルニア州の場合、12歳以上の子どもについては、カウンセリングを拒否する権利が法律で認められています。私自身、メンタルヘルス会社に勤務していた時期に1度、開業後にも1度拒否された経験があります。子どもの同意を得ることは、彼らの意思を尊重するとともに、カウンセリングを成功に導くためにも重要なことです。子ども自身が「今の状態を改善するためにカウンセリングを受けたい」と思わないと、効果的な支援を行うことは困難だからです。

「心理の資格制度」、日本の問題点とは?

――心理カウンセラーの立場から、日本の不登校支援の現状をどうご覧になっていますか。

まず大きな問題は、精神医療や心理学の分野が遅れていること。だから専門的な教育を受けておらず資格がない人でも心理カウンセラーを名乗れてしまうのでしょう。「自分の子どもの不登校問題を解決できたから、ほかの家庭の問題も解決できる」といった理由で、有料のカウンセリングサービスを開始するといったことが可能なわけです。

しかし無資格の人からカウンセリングを受けることは、医師免許を持っていない人に外科手術を委ねるようなもの。心の問題は命に関わることですから、大変危険です。日本では、不登校支援をうたう事業者のサービスを利用したところ、かえって子どもの状態が悪化したという方もいらっしゃるようですが、これも要因は誰でも不登校ビジネスを始められてしまう状況にあると思います。

とくにアプローチの仕方が画一的である不登校支援サービスは気がかりですね。ひとくちに不登校といっても、有効なアプローチ法は、子どもや家庭によって異なります。アメリカの心理カウンセラーは、大学院時代にさまざまな技法を学んでおり、実際の臨床の場面でも状況に応じて技法を使い分けることができます。1つのアプローチ方法を押し付ければ、合わないケースが出てくるのは当然のことです。

――日本でも2017年に公認心理師が国家資格となりました。また民間資格では、国内においては認知度や取得難易度が高いものとして臨床心理士が挙げられます。カウンセリングを受ける際は、日本でも資格を持つカウンセラーを選ぶことが大切だということでしょうか。

日本の場合、悩ましいのは公認心理師や臨床心理士の資格を持っているからといって、必ずしも質の高いカウンセリングの提供が保証されているわけではないということです。

公認心理師の受験資格は、基本的には大学と大学院で必要な科目の単位を取得したうえで大学院を修了しているか、大学で必要な科目の単位を取得したうえで大学を卒業した後に、指定施設で実務経験を2年以上積んでいることが条件となります。臨床心理士の場合は、指定の大学院を修了していることなどが受験の条件となります。

このうち公認心理師については、制度施行後の経過措置として、2022年度までは大学や大学院で必要な単位を取得していなくても、心理職として5年以上の実務経験があれば、講習を受講したうえで受験することができました。そのため経過措置中には、養護教諭や保育士といった方が合格されています。失礼ながら、心理カウンセリングについての専門的なトレーニングを受けていない方が、カウンセリングができるとは思えません。経過措置期間中の特例は、質の担保という点で問題がありました。

また、先ほど述べたように、アメリカでは大学院卒業後の3000時間のインターン中に、週1回スーパービジョンを受けないと国家試験の受験資格は得られません。心理職の専門家になるためには、実践的な指導の下で技術を磨き、クライアントに対する適切な対応力を身に付けることが不可欠だからです。ところが、日本の場合は公認心理師も臨床心理士も、スーパービジョンが義務づけられていません。こうした制度的な遅れが、日本の心理カウンセリングの質の差につながっている面があります。

低すぎるSCの地位、支援の中心となるべきは「専門家」

――日本のスクールカウンセラー(以下、SC)の現状については、どうご覧になっていますか。

日本のSCは多くの場合、1年任期の会計年度任用職員です。カウンセリングは大変な仕事なのに地位が低すぎますし、子どもたちに対して継続的な支援が保証できません。つねに契約更新の不安を抱えながら働かなければいけない状況では、支援の質にも大きな影響が出てしまうでしょう。

また心理カウンセリングは、基本的に週1回は行う必要があります。しかし現在のSCの配置状況は自治体差もあるようで、カウンセリングの必要がある子どもやその保護者に対して、週1回のカウンセリングを保証するのは難しそうです。

――心理カウンセラーに関する制度面や体制面での改革が欠かせないということですね。

不登校の背景には多様な要因が絡み合っています。例えば、いじめられた場合や、発達障害の子どもが適切な支援を受けられず登校できなくなるケースでは、学校側が対応を見直すべきであり、誰もが通いやすい体制づくりなどが求められるでしょう。心理専門職の制度を整えるだけで、すべての不登校課題が解消されるわけではありません。

しかし一方で、不登校の子どもの多くは、心理的な問題を抱えています。そのため不登校支援の中核となるべきは心理カウンセラーや精神科医、心理学者であり、そうした専門家による支援システムの構築が不可欠だと考えています。この土台がなければ、どのような取り組みも成果は出ないのではないでしょうか。

(文:長谷川敦、注記のない写真:Fast&Slow/PIXTA)