親を信頼しているからこそ子どもは不登校になれる
板橋区と不登校支援事業者・スダチとの連携に関するトラブルを機に、世間の注目を集めた「不登校ビジネス」。とくにスダチのように「短期間で再登校」「不登校を解決する」などをうたう事業者らに対する批判の声は多く、実際に支援を受けたものの逆に親子関係が悪化したなどの証言もある(詳しくは前編を参照)。
主に不安視されているのが、再登校を目指す考え方や、その支援メソッドだ。
例えば、再登校支援サービスを提供するスダチ代表取締役の小川涼太郎氏は著書の中で、「不登校の根本的な原因は、正しい親子関係を築けていないこと」にあり、親は「ダメなことはダメ」という厳しさを持って子どもに接するとともに、愛情深く守っていくことが不可欠だと述べている。
こうした考え方を、心理の専門家はどう捉えているのか。医師・臨床心理士として、子どもの不登校やひきこもり等で悩む保護者のカウンセリングを長年行ってきた田中茂樹氏は、次のように話す。
「私は、不登校の解決は再登校ではないと臨床の現場で感じています。学校が個々に合った教育を提供できていないことによる不登校が増えているからです。そもそもカウンセリングの中で、親子に限らず夫婦、親自身の問題に光が当たることや、子どもの発達の問題が関係しているケースも多く、不登校の原因はさまざま。また、子どもが不登校になるのは、自分を守るためです。親との関係が良好で信頼感があるからこそ、子どもは安心して不登校を選べます。ですから『親子関係に根本的な原因がある』とする主張は、保護者を不必要に追いつめるものであると感じます」
また、スダチのメソッドでは、「スマホやデジタルゲームの禁止」「毎日の起床・就寝時間」などを親が決めて子どもに守らせることを求めるが、これを強行すると、子どもにとって家庭が逃げ場所ではなくなり、親子関係が悪化するリスクがあるという。田中氏は、大切なのは子どもが安心して家庭の中で安全に過ごせる環境を親が整えることだと強調する。
「不登校の問題で相談に訪れる親御さんの多くは、最初は『このままでは進学できない』といった焦りや不安を口にし、すぐに変化や結果を求めがちです。けれども面接を重ねるとしだいに『子どもは何に苦しんでいるのか』といった深いところに目が向き、腰を据えて子どもと向き合えるようになる。すると、子どもも今後進むべき道を自分で探し出すようになります。ただしそれには一定の時間が必要なので、短期間で解決とうたう事業者には違和感を覚えます」
また現在、スクールカウンセラーなどが不登校の子を持つ保護者に対して「子どもが元気になるまで見守りましょう」といったアドバイスを行うのが一般的だが、それでは不登校問題は解決しないとスダチは主張する。さらに、アメリカでは「見守る」のではなく、子どもに行動療法や認知行動療法を行うのが不登校支援の主流であり、スダチはこれに沿った手法を採っているという。田中氏は、この主張についても疑問を呈する。
「アメリカでは、行動療法を行うにしても、専門家が発達の偏りなども含めて子どもの状況を把握し、どんなアプローチがその子に合っているかを見立てたうえで実施しているはずです。ところが、スダチでは専門的なトレーニングを受けていない親が、スタッフの助言の下で子どもの行動や認知を変えるという方法を採用しています。そのように親が主体となるのはアメリカの不登校支援の主流ではないはずですし、専門家の見立てのない行動療法が可能なのだろうか、と思います」
表現によっては消費者契約法や景品表示法に抵触する恐れも
スダチを利用した保護者によると、契約書には「サービスの内容を口外してはならない」とする口外禁止条項が盛り込まれていた。また、不安をあおって契約を促す事業者もいるようだ。こうした不登校ビジネスの契約面において、何か問題はないのだろうか。
弁護士資格を持つ兵庫教育大学教授の神内聡氏は、契約書全体を見ないとはっきりしたことは言えないと前置きしたうえで、次のように話す。
「口外禁止条項は業務委託などの契約では一般的ですが、対消費者との契約においては珍しい。専門的知識があることを前提とした企業や専門家間の契約とは違い、消費者は専門的知識や情報が不足しがちな立場にあります。そうした中で口外禁止条項があると、消費者は何らかの被害を受けたときに相談する権利が制限され、消費者契約法の主旨にそぐわない。また、不安をあおる、サポートが失敗しても一切責任を取らないといった記載がある場合なども消費者契約法に抵触する可能性があります。本来なら教育産業でもガイドラインがあることが望ましく、それにのっとったリスク説明もあるべきでしょう」
またスダチは自社HPや広告の中で「平均3週間で再登校」「再登校できたお子様90%以上」とアピールしてきた。これについて神内氏は、「サンプル数や測定期間といった数値の裏付けをしっかり示さないと、サービスの内容や効果を実際よりも著しく優良であると誤認させる優良誤認表示に該当し、景品表示法に抵触する恐れがある」と指摘する。
そのほか、スダチでは子どもにサービスを利用していることを伝えないように求めているが、この点についても、「子どもの意思をまったく確認しないで進めるのは、子どもの権利という観点から問題ではないでしょうか」と述べる。
「『親の子どもに対する関わりの影響力』は無視できない」
では、インターネット上での批判を含め、種々の指摘をスダチはどう受け止めているのか。
まず一連の批判報道に対して、小川氏は「ネガティブな情報だけが意図的に取り上げられていると感じる」と語る。
「当社は2020年にサービスを開始してから、1300人以上のお子さんの再登校を実現できています。感謝の声も多く、実例としてサービス利用者へのインタビュー動画をYouTubeで公開しているほか、HP上では直筆のアンケート回答を多数掲載しています。多くのご家庭の問題解決に貢献してきたという事実はしっかりと伝えたい」
小川氏によると、スクールカウンセラーをはじめとした専門機関に相談を重ねてきたものの、子どもの状況が変わらないため、スダチに支援を求める保護者が多いという。
「私も以前は、1年ほど『見守り』を重視した不登校支援に携わっていたことがありました。しかし『見守り』ではうまくいかず、もどかしさを感じながら試行錯誤を繰り返す中で、私たちのメソッドの元となる考え方に出合いました」
その実践者の名前は明かせないとのことだが、従来の「見守り」とは異なるアプローチによって親子関係の改善や再登校という結果を出していることに関心を抱き、自らもメソッドを習得し、事業として取り組むことにしたという。
スダチに対する批判の1つに、「不登校の原因を親子関係のみに求めていること」がある。これに対して小川氏は、こう語る。
「家庭だけが原因ではないことは当然承知していますが、どのような場合も『親の子どもに対する関わりの影響力』は無視できないと考えています。スダチでは不登校を『学校』と『家庭』の2軸で捉えており、このうち学校の問題の解決は教育行政や学校現場が取り組むべきことなので、私たちは家庭の状況をよくすることに力を注いでいます」
メソッドの根拠については、「実際に成果が出ていることが、まず何よりの根拠」と小川氏は説明する。また現在、複数名の心理学の専門家とともに、スダチのメソッドの有効性をエビデンスとして示すための学術論文の作成も進めている。査読も1回挟んでおり、来年には公表できるという。
「選択肢はたくさんあったほうがいい。当社も選択肢の1つ」
では、「親を介して行動療法的な手法を用いていること」を疑問視されている点についてはどう考えているのか。
「現状、不登校のお子さん本人に直接アプローチするのは難しいため、親御さん経由で行っていますが、行動療法を専門とする大学教授や精神科医などにサポート内容に問題がないかチェックしてもらっています。80名ほどのサポートスタッフは専門資格を採用条件としていませんが、アメリカで心理士として引きこもり支援をしていた者もおり、そのスタッフからも助言を得ています」
契約の問題については、次のように説明する。
「メソッドが流出するとビジネスが成立しなくなるので、口外禁止条項を設けるのは当然のこと。ただし、不利益を被ったと感じた場合、親御さんが弁護士や消費生活センター等に相談を行うことまでは、私たちは止められません。また、当社のサービスが再登校を保証するものではないことやお子さんが暴れる可能性などについては契約書に明記しており、事前に口頭でもお伝えするなどリスク説明も行っています」
PRが誇大広告に当たるのではないかという指摘については、消費者庁から指導があったわけではないが、「誤解を招かないように」(小川氏)すでに対応を進めている。広告の表現を修正するほか、自社HPも11月半ばに変更を行い、「スダチは再登校をゴールとしていません」「3週間で子どもが自ら再登校するためのサポート」などの表現を採用した。
小川氏は、「これだけ不登校が増える中、親御さんが自身や子どもに合った支援を選べるよう選択肢はたくさんあったほうがいい。あくまで当社も選択肢の1つなのに、それを否定する人がいることは残念。できれば学校や医療とも連携したいですし、立場の異なる不登校支援者同士も手を取り合えるのが理想だと思っているのですが……」と語る。
選択肢が少なく、不安と焦りの中に置かれる保護者
不登校後の選択肢が十分でないことは、専門家も憂慮する。医師・臨床心理士の田中氏は、「不登校になると放っておかれてしまい、子どもの教育を受ける権利が守られていないため親も不安になる。教員は多忙を極めており、学校や行政から、学校外の学ぶ場や居場所につなぐ仕組みもない」と感じている。
実際、どこにもつながりがない不登校のケースが増えている。文科省調査によると、学内外でカウンセラーや民間団体などによる専門的な指導を受けていない不登校の小中学生は、2023年度は13万4368人(前年比2万151人増)に上った。
弁護士の傍ら教師として教壇に立つ神内氏は、学校制度にも問題があると指摘する。
「画一的な学校制度が不登校を生んでいる面もあるので、行政がもっと学校外の学びやコミュニティーの支援をする必要はあるでしょうし、制度自体も学びや進路の多様化を促す形に変わるべきではないでしょうか。例えば、複数年かけて進級することが一般的となれば、親は子どもの学習の遅れなどを今ほど気にする必要がなくなり、精神的な余裕を持てるはず。また、国が不登校に関する追跡調査を行っていないことも親の不安につながっていると思います。不登校の支援策や学校制度は、不登校経験者のその後のデータや、支援の有効性を示すエビデンスに基づいて議論されるべきです」
不登校ビジネスの騒動や不登校当事者の孤立について、文科省はどう受け止めているのか。文科省初等中等教育局児童生徒課の担当者は、「不登校ビジネスに関しては、文科省は一概に肯定も否定もできない立場であり、一事業者に対する規制権限もない。自治体は民間企業との連携については、これまで文科省が通知等で示してきた不登校支援の方針や教育機会確保法に基づき個別に判断してほしい」と語る。
一方、阿部俊子文科相は11月5日の記者会見の中で、不登校支援については教育支援センターにおいて、支援員が家から出られない児童生徒を訪問するアウトリーチ体制と、保護者を支援する体制を強化するため、必要な予算を2025年の概算要求に計上しているとした。
不登校の子を持つ保護者は、支援の選択肢の少なさや相談先へのつながりにくさから孤立し、不安や焦りの中に置かれている。そうした状況が頼るべき支援とのミスマッチを生んでいる面は大きいだろう。支援につながれず、不利益を受けるのは子どもたちだ。当事者である子どもと保護者の孤立を防ぎ、多様な選択肢の中から適切な支援を選び取れる環境の整備が急務となっている。
(文:長谷川敦、注記のない写真:ふじよ/PIXTA)