京都市立堀川高等学校の2019年度卒業生の国公立大学現役合格者数は、240名中157名、うち東京大学2名、京都大学33名だ。京大特色入試の合格者も延べ14名と増えつつあり、今やその高い進学実績は「奇跡」ではなく同校の大きな特長として認知されている。
この成果の起爆剤となったのが「探究」といわれている。1999年に既存の普通科に加え、「人間探究科」と「自然探究科」を新設したことが始まりだ。その経緯について、同校の教頭、飯澤功氏はこう語る。
「校舎の建て替えに当たり新しい教育を目指す機運が高まりました。当時、阪神・淡路大震災やオウム事件など未曾有の出来事が起きた背景もあり、単に勉強ができるだけではなく自分の頭で考えて行動できる人材をつくろう、大学に入るための学校ではなく卒業後も光る生徒を育てる学校になろうと。この方向性が、当時の京都市教育委員会のビジョンとも一致し、『探究』に取り組むことになりました」
学科の設置に伴い生み出した看板科目が、週2時間の「探究基礎」だ。同科目の狙いについて、飯澤氏は次のように説明する。
「ゴールは、基礎的な手法や考え方を身に付け、探究ができるようになること。仮説を立ててやってみてダメだったら修正する、といった過程は研究者に限らずどんな仕事でも必要です。同時に、自分の興味や生き方など内面的な探究も深め、何らかの学びを得てほしいと思ってやっています」
1年半にわたる探究基礎は、大きく分けて3段階ある。まずは1年生の前期「HOP」で、講義やグループワークを通じて、論文の書き方や課題設定など「探究の型」を学ぶ。後期「STEP」では、興味に合わせて少人数講座(ゼミ)を選び、各分野の研究手法を身に付けていく。そして2年生の前期「JUMP」になると、個人でテーマを設定して研究を進め、発表を行い、そのフィードバックなども反映しながら半年間で論文を仕上げる。
論文のテーマは多彩だ。20期生(21年3月卒業予定の3年生)は、「食の未来を昆虫食に託す前に―昆虫食導入の現実」「バルトークのピアノ曲における黄金分割―『ソナチネ』を用いて」「赤色矮星系での生命の可能性」「消波ブロックを追いかけて―津波に対する最適な消波ブロックを目指して」などに取り組んだ。
過去には社会から高い評価を得た生徒も。在校中に「四則演算のほかに『使い勝手のよい』二項演算はないのか?」と模索した生徒は、大学で数学科に進学して研究を発展させ、「サイエンス・インカレ」(文部科学省主催)で文部科学大臣賞を受賞した。京都の路地や家の角に置いてある「いけず石」と呼ばれる石を調査した生徒の研究は在学中に新聞で紹介され、今も大学院生や研究者が「先行研究がないので論文を見せてほしい」と同校に問い合わせてくることもあるという。
飯澤氏は、日々の授業においても、探究基礎による生徒たちの成長を感じている。
「演繹と帰納の違いや、『批判』が相手を理解するための行為であることが実践的にわかるようになり、人との話し合い方が変わります。質問することに抵抗感がなくなり、『定義のズレ』による食い違いなどにも早く気づくようになりますね」
しかし、受験勉強とは異なるアプローチを取る探究基礎を導入してから、なぜ飛躍的に進学実績が向上したのだろうか。飯澤氏は、こう考えている。
「初年度は教員も手探りでしたが、探究に興味のある生徒が集まったことで一緒に授業をつくっていくことができました。また、生徒は探究活動を通じて、興味が湧くものに出合ったり、『もっと知りたい』という意識を強く持ったりする中で、人生の探究という観点で進路についても深く考えるようになったのだと思います。つまり、探究基礎が生徒の学習意欲や学習方略を立てる技能を向上させたわけですが、それを受けて教員自身もつねに授業改善を図るようになった。このサイクルが、進学実績の向上につながった可能性があると考えています」
「虎の巻」は秘訣であり課題でもある
学習指導要領の改訂もあって「探究」を検討する学校は多いが、どうしたらよいのかわからないという声も少なくない。導入できても担当者が異動した途端にフェードアウトしてしまい、定着しないケースもよくある。そんな中、同校は教員の異動が多い公立校でありながら、なぜ20年以上も探究基礎を継続できているのか。
「『HOP』は、独自の教材を作ってあるんです。また、『研究部』という部署があり、そこが探究基礎の企画運営を行っている。『STEP』ではゼミ教員を割り振る際、新任の先生とベテラン先生をペアにするなどの配慮も行っており、授業をサポートする大学院生のティーチングアシスタントもいます」
つまり、初めて赴任した教員でも流れがつかめる体制になっているのだ。しかし、ここから先が難しい。「JUMP」は生徒が自ら考え、調べる授業なので、一斉授業とは異なるマインドセットが必要になってくる。そのため、「生徒に指導するという考え方を捨てましょう」「『どうしたらいいか』と聞かれたら、『どうしたらいいと思うか』と聞き返してください」というアナウンスを徹底しているという。
「生徒に質問することが大事な仕事となるので、ティーチングアシスタントにも『答えを言わないでくれ』とお願いしています。もう1つ、一歩踏み出せない生徒に『まずはやってごらん』とエンカレッジすることもすごく大切ですね」
ただ、「HOP」のブラッシュアップは目下の課題だという。
「本校が探究を継続できたのは『HOP』という導入の虎の巻があるという点が大きいのですが、これが曲者(くせもの)で。『型』を学ぶ授業なのでどうしても一斉授業のようになり、『早く自分の探究がしたい』と不満を抱く生徒が出てきている。初期段階で楽しさを感じられなければ探究は日常的なものにならないので、見直そうと思っています。探究の授業を続けるには、教員自身も『探究とは何か』ということを探究し、楽しみながらつねに新しい授業をつくっていくスタンスが不可欠であると感じています」
多様性に対応できるようになってほしい
同校は、21年度の新入生からBYODを導入する。画面サイズや動作環境、Wordの準備など最低限の規定は作ったが、基本的には好きな端末を用意してもらうことにした。ちなみに2年生と3年生に対しては入学後の導入となるので、スマートフォンも可としている。
「学校としては一律の端末を配付したほうが圧倒的にラク。でも、どの端末がいいかは本人の趣味嗜好があります。実際社会に出たらみんなハードもソフトも異なるものを使い、その違いを前提に他者とデータのやり取りをしますよね。その多様性に対応できるようになってもらいたいのです。有害サイトなど最低限のフィルターはかけますが、生徒には自分で考えながら使ってほしいので、可能な限りルールは減らす方針です」
実は、同校は時代を見据え、すでに2年ほど前にWi-Fiの整備を済ませていた。今年度の途中からはSurface Goなどタブレットも2クラス分購入し、図書館で貸し出しも行った。
「Moodle(ムードル)(※)も用意しておいてよかった。おかげでコロナ禍で休校になったときも、ネット上で資料を配付できました。BYODとなる21年度からも、課題の配付や連絡はMoodle経由で行う予定です」
※ オープンソースの学習管理システム「LMS」(ラーニング・マネジメント・システム)の1つ
3年生の補習ではZoomで動画配信や質問の受け付けなどもしている。しかし、「ICTが目的になることはない」と飯澤氏は強調する。同校の最高目標は「自立する18歳」の育成だ。あくまで、自分で目標を立ててPDCAを回せる生徒を育てるために、ICTを活用する方針だという。例えば、AI型教材の導入は考えていない。自分の弱点を指摘してくれる仕組みはありがたいが、これを使うと問題解決をAIに任せることになってしまうからだ。
「点数を上げるためではなく、点数を上げるために何に取り組んだのかを自分で振り返り評価することが大切。その補助として、ICTを使いたい。そのあたりを、Moodleによるオンラインテストで実現できないかなと模索しています」
授業もBYOD導入だけをきっかけに変える必要があるとは思っていない。「むしろ、われわれが想像もしないような端末の使い方を、生徒が考えてくれるのではと期待しています」と、飯澤氏は笑う。
同校は生徒主体で、中学生に探究を体験してもらう「探究道場」という活動を毎年行っており、20年度はコロナ禍の影響で初のオンライン開催となったが、生徒たちはZoomの使用にも柔軟に対応した。準備も、Googleドライブで資料を共有しながら進めていたという。「彼らはクラウド活用も勝手にやっているわけです。教員がコントロールしないことも大事かなと思っています」と、飯澤氏は言う。
一方、ICTを活用してぜひやりたいのは、同校のサーバーの中にアーカイブを作ることだという。現在、提出された論文は後輩が見られるよう図書室に保管しているが、「そういった先輩のノートや資料、研究の解説動画などが見られるような場をネット上につくれたら」と、飯澤氏は話す。
ICTの活用にも、探究の観点が息づいている同校。今後、どのような探究とICTの相乗効果が生まれるのか楽しみだ。
(文:編集チーム 佐藤ちひろ、写真はすべて京都市立堀川高等学校提供)