「神経性やせ症」の初診外来患者が1.6倍に

作田亮一(さくた・りょういち)
獨協医科大学 特任教授
埼玉医療センター 子どものこころ診療センター センター長
(写真:獨協医科大学 子どものこころ診療センターウェブサイトより)

──近年、子どもの心の問題に注目が集まっています。摂食障害や起立性調節障害など小児心身症が増えている状況について、どんな背景が考えられるのでしょうか?

子どもだけでなく、周囲の大人もストレス要因を抱えている状況です。日本では以前から、貧困、養育者のメンタルヘルスの問題、いじめ問題など、子どもを取り巻く家庭や学校の環境があまりよくない状況が続いてきました。そこにコロナ禍の3年間があったことで、状況はさらに悪化しています。コロナ禍では、子どもの摂食障害でもっとも頻度が高い「神経性やせ症」の初診外来患者が1.6倍に増えたというデータもあります※1。摂食障害では、子どもの生活環境の悪化が危険因子となりますが、学校や家庭環境が良好でも起こることがあります。

※1 国立成育医療研究センター子どもの心の診療ネットワーク事業が2021年に実施した、 新型コロナウイルス感染症流行下の子どもの心の実態調査より

──摂食障害とはどのようなものなのでしょうか。

広い意味で子どもの摂食障害には大きく2つのタイプがみられます。1つは「神経性やせ症(制限型)」(以下、「神経性やせ症」はすべて制限型)です。これは、やせている体を価値の高いものと捉え、自分の体は太りすぎていると感じて極端なダイエットでやせるというもの。思春期に多く、発症のベースには低い自尊感情や完璧主義、体型認知の歪みがあるとされます。拒食症とも呼ばれますね。

もう1つは、食行動の異常を示す「回避・制限性食物摂取症」(以下、ARFID:Avoidant/Restrictive Food Intake Disorder)です。これはやせ願望がなくても食べない、食べられない状態になるタイプです。

小児科医の私が診る摂食障害患者の90%以上は、神経性やせ症(制限型)とARFIDです。ARFID の中には幼稚園の子もいます。残りの10%弱の患者は、神経性やせ症(むちゃ食い・排出型)、神経性過食症あるいは、むちゃ食い障害という病型です。

【2023年05月22日14時58分追記】初出時、作田氏の摂食障害患者の内訳について誤りがありましたので上記の通り修正しました。

──やせ願望がないのに食べられないARFIDとはどのようなものなのでしょうか。

ARFIDにはさまざまなタイプがあります。小学生に多いのが、短い給食時間で急いで食べようとして食物が喉に詰まる・嘔吐するなどの経験をしたり、それらを見たことで不安が高まって恐怖感を抱いてしまい、食べられなくなってしまうタイプです。中にはご飯だけでなく、水分や自分の唾さえも飲み込めず口の外に捨ててしまい、急激な脱水症状で入院するケースもあります。ほかにも、極端な偏食(選択的摂食)抑うつや強迫など精神的な問題が背景にある場合や、うつ状態による食欲低下、何らかの出来事に関連して食べ物を拒否するタイプもあります。

「摂食障害=やせたくてダイエット」というイメージをお持ちの方も多いと思いますが、さまざまな不安から食べられなくなる子もいるのです。それなのに無理やり食べさせようとすれば、余計苦しい思いをさせてしまいますから、注意が必要です。

摂食障害が子どもの成長や生活に及ぼす影響

──摂食障害は子どもの成長や発達にどのような影響を及ぼすのでしょうか?

神経性やせ症でもARFIDでも、慢性的な栄養障害になる可能性があり、低血糖の危険性も出てきます。また第2次性徴期に身長が伸びるには、性ホルモンの分泌が必要ですが、慢性的な栄養障害で性ホルモンの分泌が低下すると身長が伸びず、その年齢で期待される身長と比較して低身長のまま大人になる可能性もあります。

そして女の子に多いのが無月経です。無月経は将来的な不妊リスクが高まるほか、骨密度が上がらず骨折しやすくなります。小・中学生の成長期のうちは、身長も体重も増え続けなければいけません。「体重が減っていなければよいだろう」というのは間違いで、体重が現状維持になっていること自体が異常かもしれないと考えてください。

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(画像:Satoshi KOHNO / PIXTA)

──社会生活や学校生活への影響はいかがですか?

対人関係の問題が生じることがあります。とくに神経性やせ症の場合は、自分の体に対する認知の歪みがあるため、人と自分を比較してつねに「相手に負けているのではないか」と考え、自信喪失の状態になっています。そのため人と関わるのを避けてしまうこともありますが、適切な治療を受けて標準体重まで戻ると、仲間の中に入って活躍するようになる子もいます。一方、ARFIDの場合はもともと不安が大きいため、人とのコミュニケーションが難しいという子や、対人関係や学校への不安から不登校になってしまう子もいます。

──摂食障害ではどのような治療を行うのでしょうか?

神経性やせ症では、まず何よりも栄養を取って少なくとも標準体重の80%にまで戻すことを第一とします。やせている間は自分が病気であるという認識が持てず、カウンセリングの効果が見込めません。むしろ「せっかく頑張って痩せたのになぜ太らせるのだ」と攻撃的になってしまうため、カウンセリングは再栄養が進んで体力が維持できる状態になってから行います。近年の心理治療では、家族が治療者として子どもを支援する家族療法(FBT: family based treatment)が注目されています。子どもにとっては家族が自分を太らせる敵のように見えるため、治療の道のりは大変ですが、これを乗り越えると本人も家族も非常に状態がよくなるというエビデンスが出ています。

一方、ARFIDは不安から食物を摂取できない状態ですので、経口が難しい場合はいったん口から栄養を摂取するのを休んでもらい、胃にチューブを入れて高カロリーの栄養剤を注入するなどで対応します。また、食べること以外にも不安を感じている場合がありますので、心理療法も重要になります。子どもの場合、不安があること自体をなかなか表現できません。そこで、カウンセラーと話すだけでなく、遊戯療法や芸術療法などを通じて少しずつ不安感を低減させていくこともあります。

早期発見のカギは身長体重と成長曲線

──摂食障害は早期発見が重要だとお聞きしました。それはなぜなのでしょうか?

小・中学生は体も心も柔軟なので、大人に比べると寛解する期間も短く、また寛解する確率も高いです。慢性化する前に早期に発見し、早いうちから再びちゃんと栄養を取り始めるのがよいでしょう。小・中学生で神経性やせ症になったまま高校・大学生になるまで治療が遅れると、今度は過食症に陥ってしまうケースが多くなります。

これはダイエットの気持ちがあっても過食してしまうというもの。過食だけでなく、食べたものを吐く、下剤を乱用するといった排泄行為も伴います。過食症は、精神疾患の併存が多く、うつ病の次に自殺企図が強い病気です。また成人まで持ち越すと、窃盗や万引きといった犯罪行為の併存症につながることもあります。

摂食障害は長く放置すると命に関わる可能性がある病気です。成人まで慢性化すると低栄養で亡くなるおそれもあり、また低栄養が続けば脳の萎縮や多臓器にも影響します。そのため、とにかく早期発見が重要なのです。

──摂食障害に気づくには、どのような点に着目するとよいのでしょうか?

子どもの場合、「身長・体重が伸びていない」というのが1つの目安になります。成長期は体重も身長も伸びるものですから、停滞している場合には栄養障害が考えられます。学校では定期的に身長・体重を計測しますから、そのデータに基づいて成長曲線をきちんと見るだけでも早期発見につながるでしょう。

子どもの摂食障害に最初に気づいた人の割合は、家族が50%、学校関係者が21.7%です ※2。学校では養護教諭が異変に気づくケースが多いですが、担任の先生が児童・生徒の給食の様子を見ていて気づくこともあります。

一方で、家族は毎日子どもを見ているからこそ、少しずつの変化に気づきにくい側面があります。また最近では、子どもと一緒にご飯を食べない家族が増えました。実は、神経性やせ症の子にはまじめで成績優秀な子が多いのです。小学3、4年生くらいから塾通いや習い事をしているケースも多く、家族と晩ご飯を食べる機会が少ないためになかなか気づかれないことがあります。子どもと食事をする回数を増やすことや、家族の会話を増やすことも摂食障害の早期発見につながるでしょう。

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(画像:Fast&Slow / PIXTA)

※2 作田亮一, 2020年「子どもの摂食障害の問題点」『女性心身医学』vol.24, No.3, pp288-291

摂食障害の子どもに学校はどう配慮すべきか

──担任や養護教諭が気づいた場合、どのようなアクションを取るのがよいのでしょうか?

本人は病気だという自覚がないので、直接伝えると避けられてしまうおそれがあります。まずは親御さんに事実を伝えるのがよいでしょう。小・中学生なら、最初はかかりつけの小児科医を受診するのがお勧めです。小児科以外でも、無月経で産婦人科を受診して摂食障害がわかるケースや、過食症による胃酸過多で虫歯が増え歯科医が気づいたケースもあります。

──治療中の子どもには、学校としてどんな配慮をするとよいでしょうか?

摂食障害は入院すればいいというものではありません。その子を支援する人が周りにたくさんいたほうがよいですから、学校にはできるだけ行ってほしいと考えています。しかし、やはり行動制限はありますから、学校と医療機関との連携は重要です。「病院が許可できる範囲で体育の授業に参加する」「給食を残してもよいと認める」「弁当の持参を認める」「保健室での食事を認める」など、細かい配慮をしていただけると、本人も登校しやすくなるでしょう。

──デジタル機器の普及などで、子どもたちがいろいろな情報に触れる機会が増えています。声がけなどで気をつけるべき点はありますか?

やせていることを礼賛する文化と、それを伝えるマスメディアやS N Sの影響は大きいですね。「#摂食障害」で検索すると、摂食障害を維持する方法や吐きやすい方法、やせたという自慢がたくさん出てきます。中にはどの病院でどんな治療をされたかまで書き込まれており、患者の子どもたちもそれを見ているのです。私たちもSNSなどをチェックして子どもたちが触れている情報を把握したうえで、心理教育として正しい情報を教えるようにしています。

若い女性の多くは自分の体について「やせなきゃ」と言いますが、みんなが摂食障害になるわけではありません。摂食障害になる子は自信がない子や頑張り屋さんが多く、他人に「やせたほうがいい」「脚が太い」などと言われてダイエットを始めることがあります。小さいうちから、「人の体型を否定すべきではない」と家庭や学校でしっかり伝えていく必要があるでしょう

摂食障害情報ポータルサイトには「学校と医療のより良い連携のための対応指針」の小学校版・中学校版・高等学校版・大学版がそれぞれ公開されています。学校の先生方にはぜひこちらも参考にしてください。

(文:吉田渓、注記のない写真:Komaer / PIXTA)