ヤギやブタの飼育から建築まで体験!
長野県伊那市立伊那小学校の最大の特徴は、教育課程の中心に「総合学習」「総合活動」を置いていることだ。全学年が、学級単位で探究的なテーマに取り組んでいる。1・2年生では、そのテーマを通じて「自然・社会」「言語」「数」「表現」「道徳教育」「特別活動」の領域を統合的に学ぶ「総合学習」を展開。3〜6年生は、テーマに沿った「総合活動」を中心に教科学習なども並行して学んでいく。
1つのテーマの実践期間は、1〜3年生、4〜6年生の各3年間ずつ。1年生と4年生の時に、子どもたちが取り組むテーマを決める。外部からよく注目されるのが、低学年で多く採用される動物飼育だ。現在、1年生は、ヤギ、ウズラ、ミニブタなどの飼育がテーマとして選ばれている。今年度は4年文組もブタの飼育に挑んでいるが、「その学びはまったく異なります」と同校校長の福田弘彦氏は言う。
「1年生は『かわいいから一緒にいたい』という情緒的な求めが契機になるのに対して、4年生は『給食の食べ残し』がきっかけとなりました。給食や食材を作っている人がどんな思いかを考え、実際にホウレンソウ農場を見学するなどの経験を通じて『ブタを育てて食べてみよう』というある児童の提案へと発展していったのです」
文組は今年9月下旬、養豚農家から子ブタを譲り受けて育てている。出荷して食肉業者から買い取る計画も持ち上がっており、実際に買い取った場合は、食べるか食べないかの選択を各自に委ねるつもりだ。子ブタの世話を通して動物を育てる責任や命の尊さ、その命をいただいて生きている重みを知ることだろう。
高学年では、例えば6年秋組は、4年生の時から近所の林で「林のくらし」をテーマに活動を続けている。これまでクラスの友達が泊まれるよう家を建てたり、間伐材を使っていすなどの家具を作ったりした。
畑で採れたものでバーベキューをしたことを機に炭焼きに興味を持ち、今も炭作りに励む。林業など専門家にアドバイスをもらうなど、活動やコミュニケーションは地域にも広がっている。
「60年以上通知表なし」「時間割やチャイムもなし」の真意
各学級のテーマは、子どもたちが話し合って決める。教員側から題材を与えたり提案したり、ある方向へ誘導したりすることはいっさいない。
「本校は学校を離れて外へ出ていくことを大切にしており、子どもたちが出合った自然環境や社会環境の中で興味を持ったものを、担任が学習の芽として捉えます。そして、それを子どもたちの中で膨らませたり耕したりする支援をしながら、子どもたちが自然に探究したいと思うテーマが醸成されるのを待ちます」
もちろん、子どもたちの思いや願いをそのまま許容するのではなく、担任は興味の対象に追究する価値があるかを吟味する。その学習材が学級の中核に据えられたときに学びが深まるかどうか、本当に生き生きと全身で学んでいけるかなどを見極め、「この活動のときには数の学習ができそうだ」などと教科学習の見通しもつけながら、年間活動計画を作り上げていく。
「期待したような学びが得られなかったり、子どもたちが途中で興味を失ったりすることも当然あります。そのときは再検討して、年間活動計画を書き換えます。例えば、計画していた学習ができなかった場合は、別のタイミングに組み込むようにする。逆に『子どもたちは2年生だけど、学習指導要領で3年生に教える内容を学んでもらう好機』と判断すれば、そこで学んでしまうという柔軟性を持って対応していきます」
「初めに子どもありき」の教育に、一律の基準に沿った数字評価はなじまない。そのため、通知表は60年以上も前の1956年に廃止されている。チャイムや時間割もない。「1コマ単位、教科単位で学びを区切ってしまうと、興味を持って没頭している子どもたちの活動を阻害したり、回り道したからこそ実感できる大事なことに至れなくなったりするおそれがあるからです」と、福田氏は説明し、こう続ける。
「通知表はありませんが、保護者には1学期末と2学期末の面談で、子どもたちが授業の振り返りを書いた学習カードや作品などをお見せしながら、どういう過程で学びを深めていったのかについて丁寧にお話ししています。また、実際に成長を見ていただく機会として、3学期末には子どもたちによる学習発表会を実施しています」
しかし、総合学習に重点を置くことで、学力に遅れは生じないのだろうか。福田氏は、こう答える。
「扱いきれない単元などについては、『取り出し学習』という機会を設けて補い、学力の定着についても教員の手作りプリントや業者テストを活用して確認しています。卒業後に進学する中学校からも、『総じて自らの力で調べ学習をしたり発信したりする力が身に付いている』と言っていただけている。卒業生のアンケートでも『1つのことを追究できたことが今の自分の支えになっている』といった声は多く、本校の教育はまさに生きる力を育んでいると捉えています」
受け継がれる「信州教育」の精神
このような教育活動の背景には「長野県の教育観、いわゆる信州教育があります」と福田氏は話す。
大正期に新教育運動が全国的に展開される中、長野県はとくに運動が活発に繰り広げられ、子どもを中心に捉える独自の教育観が醸成されていった。同校の教育実践の土台に据えられた「子どもは自ら求め、自ら決め出し、自ら動き出す力を持っている」という「子ども観」も、1918年4月から長野師範学校で研究学級を実践した淀川茂重氏の理念を受け継いだものだという。
「100年以上も前に『主体的・対話的で深い学び』を実践された淀川先生の教育観を受け継いできたからこそ、本校の今があります。教育とは教師が中心となって、教科書の内容を子どもたちに教え込むものではありません。子どもには本来『内から育つ力』があり、あくまでも教師はそれに寄り添って支え、きっかけをつくってあげるだけの存在。この考えが根底にあったことが、1978年度からの総合学習実践につながったのだと思います」
とはいえ、公立校のため人事異動がある。実践経験が豊富な教員が他校に異動してしまうことはもちろん、探究型の実践に取り組んだことのない教員や初任教員が赴任してくる環境だ。伝統の子ども観を深く根付かせるのは、容易ではない。
「大半の教員が、『変わった学校なんでしょう』『動物がいるらしい』と思いながらやってきます」と、福田氏は笑う。そんな中、どうやって教育活動のクオリティーを保っているのか。大きなポイントは、同校の「同僚性」にあるという。
同僚性とは、同僚の教員同士が授業を見合い、議論を重ねて互いに授業力を高めていく関係やあり方を指す。この同僚性を生かした環境づくりに力を入れているのだ。
まず年度の初めに数回、全教員で子ども観について学び合う機会を設けている。4〜10月までの間には月に1~2回のペースで授業研究会を開き、全教員が各学級の授業を参観して相互にフィードバックを行う体制にしている。
また、職員室とは別の「連学年室」を設置。教員たちは1・2年生、3・4年生、5・6年生、特別支援学級の4グループに分かれ、放課後、各連学年室で年間活動計画の進捗状況を話し合ったり、毎年2月に行う「公開学習指導研究会」に向けて作成する「研究紀要」について相談したりしている。
「総合学習ではみんな苦労したり悩んだりしてきていますので、連学年室でそれをざっくばらんに意見交換している姿が見られます。子どもの様子や活動の悩みだけでなく、プライベートに関わる困り事や愚痴も共有されていますね。非常によい同僚性が育まれており、これが本校の実践を支えています」
伊那小学校の「アフターコロナの課題」とは?
コロナ禍やGIGAスクール構想によって、同校の風景にも変化が見られた。「低学年がタブレット端末を持って生活している様子は驚きです」と、福田氏。子どもたちは、1人1台のタブレット端末を使って調べ学習をしたり、興味を持った対象の写真を撮ってクラウドで共有したり、積極的に活用しているという。しかし、「ICTは直接の体験に及ぶものではない。目的ではなく手段だということが教員共通の認識です」と、福田氏は強調する。
「本校の教育の拠り所は、『内から育つ』という『子ども観』と、それを受け継いでいく教員間の揺るがない『同僚性』です。しかし、教員の働き方改革が課題となっている昨今、長時間にわたって議論を交わすことは少なく、連学年室で同僚性を育む時間をどう確保していくかは考えていきたいと思います。コロナ禍での活動制限も苦しかった。よかった変化は残しつつも、いかにして本校らしさを大事にしていくかがアフターコロナの課題です」
時間や環境に制限がある中、枠にとらわれず、子どもたちの「主体的・対話的で深い学び」をどう実現していくのか。これは同校だけではなく、全国の学校の共通課題であるのかもしれない。
(文:田中弘美、写真はすべて伊那市立伊那小学校提供)