昔はもっと早く帰れたのに…
「教員になってかれこれ30年ほど経ちますが、昔はもっと早く帰れました」。都内の小学校で校長を務める桜井健太(仮名)氏は、こう続ける。
「今はやることが増えて、ゆとりがありません。英語やプログラミングが必修となり、ICTも活用しなければならないうえに、コロナやアレルギーへの対応、いじめや不登校の問題など、学校現場には課題が山積しています。課題解決に向けた対策が求められていますが、業務量が多くてとても手が回りません」
小学校で2020年からスタートしている新しい学習指導要領では、英語やプログラミングの必修化など大きな改革が盛り込まれた。変化の激しい社会を生き抜く力を育てるための改革ではあるものの、カリキュラムオーバーロード(過重積載)の可能性を指摘する声も多い。
2021年には、コロナによりGIGAスクール構想が前倒しされ、小・中学校の児童生徒1人に1台の端末が配布された。これまでの学びを一変させる可能性の高いツールではあるものの、その活用に至っては地域間や学校間、また教員間で大きな格差があるのが現状だ。
また特別な支援を必要とする子が増えていることに加え、虐待やヤングケアラーなど子どもたちの安全に関わる家庭へのサポートも増えているという。ただでさえ現場は大変なのに、ここに来て教員不足が追い打ちをかけている。
「代わりがいない、穴があけられないというプレッシャーから、みんな限界まで働いてしまうんです。不調があれば無理せず休めと言われますが、休めません」
精神疾患で休職した教職員数が過去最多の背景
文部科学省は12月末、精神疾患を理由に病気休職した教職員数が全体の0.71%に当たる6539人と過去最多になったと公表した(文科省「令和4年度公立学校教職員の人事行政状況調査について」)。
ここ数年、年間5000人台で高止まりしてきた精神疾患による休職者数が、ついに6000人を超えてしまったのは、こうした学校の現状の表れでもある。
「休職者が高止まりしていることに対して、ストレスマネジメントが大事と言いますが、教員がストレスを解消しようと思っても簡単にはできません。24時間“先生”でいる必要はないと言われても、つねに臨戦態勢でいなければクレームにもつながり、そうならざるを得ないことも多いと考えています」
実は桜井氏も20代の頃、メンタル不調を抱えた経験がある。今ほど知られていなかったが、パニック障害だったと話す。
「若いのでバリバリ夜遅くまで仕事をしていましたが、楽しかった。初任校での経験を生かし、2校目でも頑張っていたのですが、やはり前任校とは違って……平気なつもりでいましたが負担があったのだと思います。管理職や同僚にも恵まれず、批判され続け、専門のクリニックに通い薬を処方してもらいながら仕事を続けました。ベテランの先生が力になってくれたことと、温かい保護者が若い教員である私を支えようとしてくれたことが救いで、このときの経験が今にも生きています」
その後、桜井氏は結婚し、教員を続けて管理職にもなった。うまく病院を活用することができたからだというが、こういう経験のない管理職の先生が休職者対応を行うのは難しいと指摘する。
「急に休まれた先生は、なかなか復帰できません。診断書や休暇についてなど、事務的なことはメールと電話でやり取りしますが、やはりメンタルのことなので顔を見ないとわかりません。休職している先生の自宅近くまで行って話を聞くこともあります。とにかく悪化しないように、プレッシャーを与えないように、話を聞いて寄り添ってあげられるように気をつけています。とくにメンタル不調は、特別なことではなく、あなたが一生懸命な証拠で、この経験は必ず生きると伝えることが大切です」
休職期間中の面談を校長が行っている学校が多い
企業の場合、こうした休職期間中の面談は産業医などの医療職が行うことが多い。
だが学校では、文科省が2013年にまとめた教職員のメンタルヘルス対策で「校長等が休暇・休職期間中、本人の状況等を定期的に確認すること」と示されている。校長「等」となっているため、校長以外が担当することも視野に入れているのかもしれないが、校長が休暇・休職期間中に面談を行っている学校が今もほとんどだという。
専門家ではない、ただでさえ忙しい校長が、このような業務を担うのは負担が大きすぎるのではないか。また職場の上司がメンタル不調の原因であることも少なからずあり、早急に見直しが必要なところではないだろうか。
「職場の上司が休職中の面談を行うことに疑問を感じて、教育委員会などに訴えましたが誰も動きません。産業医やスクールカウンセラーの配置なども進んできてはいるものの、教員の仕事に対する理解が不十分でかたちだけの配置になっており人材育成の必要性を感じています」
さらに学校現場では、教育委員会に代替教員の配置を申請はするものの、校長や副校長を中心に代替教員を探すことが珍しくない。「誰か知っている人はいないか」と、つてをたどって退職した先生などに声をかけるのだ。
「社会全体が変わらなければ、今後も精神疾患者が増えることはあっても減ることはない」と、桜井氏はため息をつく。学校に寄せられる保護者や地域からの過剰な期待や、マイナス面ばかり指摘される社会的風潮など、病みやすい環境にあるということだろう。
「まずは人を増やすこと。非正規を増やすのはメリット・デメリットがあるため、正規の加配がベストです。また精神疾患を抱えながらも続けることができる環境、ウェルビーイングな職場にすることも大切ではないでしょうか。2交代制にして勤務時間を減らしたり、学年担任制や専科担任制を導入して責任を分担できるようにするのも1つの手です。そして弱みを気軽に話せるような安全基地をつくること、職員室や校長室をそういう場にしていきたいと考えています」
自身のメンタル不調は軽いほうだったと振り返る桜井氏だが、一度休職をして復帰したことは教員人生にプラスになると話す。乗り越えなくてもいいが、復調して乗り越えられれば強みになる、あの経験をしてよかったと思うようになると。
教員のメンタルヘルス対策は、2013年に専門家会議が取りまとめてから、この10年間まったく見直しがされなかった。2024年度、文科省は公立学校教員のメンタルヘルス対策に関する調査研究事業としてモデル自治体、モデル校で効果的な取り組みについて研究を行うとしているが、学校の現状はかなり深刻だといわざるを得ない。
(文:編集部 細川めぐみ、写真:mits / PIXTA)
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