性教育の基本は「人権教育」
性教育と聞いて、皆さんはまず何をイメージするでしょうか? 妊娠出産の仕組み、生理や射精などの体の仕組みを学ぶというイメージを持たれている方が多いかもしれません。
もちろんそうした知識も大切な性教育のひとつですが、何よりも欠かせない性教育の基本は、人権教育です。私たちには人権という生まれ持った大切な権利があること。自分の体は自分のもので、自分の体に関することは自分に決める権利があること。自分以外の他者も、同じ権利を持っていること。そうした人権に関する意識こそが、性教育の基礎とも言える大切な考え方ではないかと思っています。
一人ひとりに人権という大切な権利があるからこそ、相手に触れたいと思ったときには同意の確認をしなくてはならないし、目の前の人と丁寧にコミュニケーションをとって、相手が何をされたくないのか、何をされたいと思っているのかを知る必要があります。
他者の持つ大切な権利についてあらかじめ知る機会があれば、『やめて』と言われたらやめなければいけない、ということも自然と理解できるのではないでしょうか。その人の体に関することを決める権利は、その人にしかないという前提を、広げていく必要があります。
たとえば男子と女子のカップルで、「彼氏がコンドームをつけてくれない」といった悩みを持っている若者は少なくありません。もしあらかじめ「その人の体のことを決める権利はその人自身にしかない」という大事なメッセージをしっかりと伝えておくことができたのならば、女子生徒に「あなたが嫌だと思うことには、NOを言う権利がある」ということもしっかり伝えることができるでしょう。
相手となる生徒も「妊娠する可能性のある本人が『いまは妊娠したくないから避妊したい』と言っているのだから、交渉する余地はないのだ」ということが、理解しやすいのではないでしょうか。
「いまは妊娠を望んでいない」と考える人がいて、本人が避妊を希望しているにも関わらずそれに協力しないというのは、決して許されない性暴力です。そうした性や生殖に関する人権は、当たり前に尊重されなくてはならないものであるということを、子どもたちに伝えていくことが重要なのです。
子どもたちにとってそうした人権意識が当たり前のものになれば、お互いに「性的な関係になる前には相手の思いを確認しよう」という認識を自然に持ってくれるのではないかと思います。自分の体は自分のものだし、相手の体は相手のもの。言葉にすると当然のことですが、これが性教育の基本中の基本であるような気がします。
決めるのは「子どもたち自身」
自分の身を守るため、自分の体のことを主体性を持って決めていくために、必要な知識を得る権利が子どもたちにはあるはずです。その権利を無視して子どもたちの選択肢を大人が制限しようとしたり、代わりに決めようとしたりするのは、望ましいことではありません。
必要な情報をきちんと渡して、子ども自身に決めてもらう。もし迷うことがあれば、本人が決められるまで大人が一緒に悩み、寄り添う。子どもたちが選んだ道の先で何か問題が起きたり、大人の助けが必要になったときには全力でサポートする。そのために、安心して頼ってもらえるような関係性をつくり続けることが、重要なのではないかと感じます。

助産師/性教育YouTuber/NPO法人コハグ代表理事
総合病院産婦人科で助産師としての経験を積んだのち、精神科児童思春期病棟で若者の心理的ケアを学ぶ。2017年より性教育に関する発信活動をスタートし、2019年2月より自身のYouTubeチャンネルで動画を投稿。著書に『CHOICE 自分で選びとるための「性」の知識』(イースト・プレス)、『こどもジェンダー』(ワニブックス)、『やらねばならぬと思いつつ〈超初級〉性教育サポートBOOK』(Hagazussa Books)などがある
(写真:東洋館出版社提供)
もちろん性に関する情報で、成人向けと指定されているコンテンツなど、理由があって視聴を制限する必要があるものも存在します。しかし、そうでない一般的な性の知識に関しても、この子にはこの情報は問題なさそうだから渡そう、この情報はまだ早い気がするから渡さないでおこう──と大人の目線で判断して制限をするような状況があるように思います。
でも、しつこいようですが、子どもたちには学ぶ権利があり、自分のことを自分で決める権利があります。大人たちはあくまで、子どもたちに伴走するサポーターであるという認識を持つことが大切だと感じます。
私たちは、子どもたちに傷ついてほしくないと思うからこそリスクのありそうな行動を制限したい、なるべく失敗しなさそうな選択に導きたいと考えてしまうものです。もし学校の先生だったら、何か性的な問題・トラブルが起きたときに責任を問われる可能性もあるのかもしれません。さまざまな事情や思いがあることは理解した上で、
それでも基本的にはこの子の人生はこの子のもの、最後に決めるのはこの子自身なんだという境界線をきちんと持つことが大切だと考えています。
たとえば性行為をする・しないということで考えてみても、それがどんな意味を持つ行為なのか? どういうことが体に起こる可能性があって、危険を避けるにはどんな選択肢があるのか? さまざまな側面から見たメリットやリスク、自分に与えられている選択肢についてよく理解した上で考えると「いまはするのに適切なタイミングじゃないな」と慎重になる子もいるでしょうし、「リスクを下げる方法を取り入れた上で、しよう」と考える子もいるでしょう。
どちらを選択するにせよ、大切なのはその子が納得して選んだ選択であるかです。あとになって「あのときよく知っていたら、こんな選択をしなかったのに」「訳がわからないまま、気づいたらリスクを負っていた」と後悔することがないように──子ども自身が性についての正しい知識を持ち、納得した上で、自分の道を自分で選べるように支えていくのが性教育ではないかと考えます。
「寝た子を起こす」という誤解
教員の皆さんから「性教育が大切なのはわかっているけど、どう話したらいいのかわからない」という悩みをよく聞きます。悩まれるのも当然で、実は教員になるための養成課程の中で「性教育の教え方を教わる」という機会は、そう多くないそうです。
授業でどんな内容を扱ったらよいのかについては、『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』等の資料を参考にすることで詳しく理解できます。一方で、いざ授業をしようと思った際に、どんな言葉選びでどんな態度で取り組めばよいか──これまではそういったことを学べるお手本が、なかなかなかったのかもしれません。
そこでもし、すぐに自分で教えるのが難しいと思ったら、地域の助産師や産婦人科医など、性の専門家を外部講師として呼ぶこともひとつの方法ではないでしょうか。そうすることで、先生たちにも性の話の伝え方を一緒に学んでいただきながら、子どもたちに必要な情報を届けていくことができます。
また外部講師には、その日しか会わないからこそ言えることがあるという面もあります。子どもたちと毎日顔を合わせる学校の先生たちの場合、関係性があるがゆえに気恥ずかしさなどが芽生えてしまい、性の話をすることに難しさを感じる場合もあると思います。「自分だけでどうにかしなくちゃと抱える必要はないんだ」ということもぜひ知っていてください。
性教育を伝える側になる前に、まずは大人自身が受け手として、性教育の授業を受けてみるという段階が大切だとも感じます。いまはYouTubeの動画や書籍、絵本でも性教育について知ることができるコンテンツがたくさんあります。
実は、性教育を全国で伝え歩いている私自身も、初めから堂々と性の話ができていたわけではありません。思春期になる頃にはなんとなく性の話に気恥ずかしさを感じるようになっていたし、そうしたことを人と話すにはそれなりの抵抗感を覚えていたように思います。その感覚が払拭されていったのは、助産師として働く中で普通に大事な性の話に触れる機会がたくさんあったことが大きな要因だと感じます。
そうやって日常の中にある性の話に、ある意味〝慣れる〟経験を積み重ねることで、性の話を恥ずかしいと感じることはなくなっていきました。ぜひ“先生”という肩書をいったん横に置いて、一個人として性教育を受けてみてください。自分の持っている権利を知り、自分の性に対する価値観と向き合ってみることで、少しずつ性の話への苦手意識が薄れていくかもしれません。
性教育に否定的な考えをお持ちの方から、「あまり早くに性の情報を与えることで、子どもが性に目覚めてしまったらどうするのか」という質問をいただくことがあります。「好奇心をあおられて、危険な行動を取るようになってしまうんじゃないか」と感じる方もおられるようです。
この「寝た子を起こすな」というご意見は、日本の性教育においてかなり昔から根強く存在すると聞きますが、これは“誤解”であることがわかっています。
先述した、『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』に沿った授業を受けた子どもたちにどんな変化が表れるのかを検証した調査では、初めて性行為をする年齢が遅れている、避妊グッズを使用する人数が増えている、性的な関係を持つパートナーの数が減っている……などのように、行動がより慎重になることが明らかになっています。(参照:ユネスコ編、浅井 春夫・艮 香織・田代 美江子・福田 和子・渡辺 大輔訳『国際セクシュアリティ教育ガイダンス【改訂版】—科学的根拠に基づいたアプローチ』明石書店、2020、155‒162ページ)
こうした調査結果を知っていただくことで、性教育に対する漠然とした不安感を拭うこともできるかもしれません。一方でエビデンスのある情報が存在していたとしても、「どうしても抵抗感がある」と感じられる方も、もちろんいるでしょう。大人世代の私たちには、性の話はタブーだとして扱われてきた経験が多々あります。
そうした中で、子どもたちに性の情報を伝えることに抵抗感を覚えるのは、まったく不思議なことではありません。ならばまず、教職員向けに性教育の研修に行ってみる、というのもおすすめの方法です。
必要があれば外部講師を招くなどして、先生方が生徒の気持ちで性教育を受けてみる。その中で、性教育というのはいやらしいものではなく、子どもたちの体と心を守るために役立つものだと知っていただけたら、安心感が生まれることもあるでしょう。
(注記のない写真:fumi / PIXTA)