プロジェクトの種を見つけよう
2025年7月11日。快晴の空の下、山形県酒田市立琢成小学校の体育館は、いつもとは異なる熱気で包まれていた。この日は「琢成アントレDAY」。同校の保護者や起業家、教育者などおよそ120名もの大人が全国から集まり、165名の児童と一緒に地域課題の解決策などを話し合い、プレゼンテーションし合う日だ。
ファシリテーターを務めるのは、2024年12月から同校の学びに伴走する教育企業「一般社団法人まなびぱれっと」代表理事・「特定NPO法人まなびあれんじ」理事長の小泉志信(しのぶ)氏。
教員として都内の公立小学校に勤務経験を持ち、現在は神奈川県鎌倉市教育委員会教育文化財部学びみらい課に所属する起業家兼教育行政職員で、今回の企画を牽引している。

一般社団法人まなびぱれっと 代表理事、特定NPO法人まなびあれんじ 理事長
1996年生まれ。東京学芸大学教職大学院卒。教員1年目時に起業した「一般社団法人まなびぱれっと」を運営しながら教育現場で活躍。2023年度は板橋区立板橋第十小学校で1000人の大人と出会い人生設計を考える探究学習を実践
冒頭、小泉氏は「新しいことを始めたり作ったりする人のことを『起業家』と呼びますが、起業は決して大人だけの仕事ではありません。ここにいる全員が関わることなんです」と語りかけた。
続いて、この日のために東京からやってきた都内公立小6年生の児童を紹介。小泉氏の前任校に在籍するこの児童は、堂々とした様子で、自身が現在進めているプロジェクト「COCORO」について発表した。友達や先生にも相談しづらい悩みを匿名で相談でき、子どものための安全な居場所づくりを目的としたアプリの開発を進めているという。

小泉氏は、「こんなふうに、みんなの身近な困りごとがプロジェクトの種になります。そして、地域の施設を訪問したり、さまざまな職業の人と交流したりしながら探究を深めていくことで、プロジェクトの種が社会とつながる生きた学びになります」と続けた。
「何でもできる!」プレゼンテーションの挑戦
ここからはいよいよ、同校の児童が大人たちと一緒にプロジェクトを考える時間だ。
小泉氏は、子どもたちに「身近な困りごと」から「解決策」を考える思考プロセスを丁寧に説明し、例えば「安全にサッカーする場所がない」なら「みんなが楽しめる小学生向けのサッカースクールを作る」といった具体的な例を示した。
「『小学生だから無理』とか、『僕(私)にはできない』なんて思わないで。君たちはなんでもできるスーパーマンよりもすごいんだ!」と、ユーモアを交えながら子どもたちを励ます小泉氏。会場は笑いと拍手に包まれ、子どもたちの表情が一気に明るくなった。
その後、低学年・中学年・高学年が交ざった児童3人と大人2人が1チームとなり、各教室に分かれてチームごとに自分たちの「困りごと」と、それを解決するアイデア、プロジェクト名を1枚のワークシートに書き出していく。同校の教職員は、この日はサポート役として、子どもたちの挑戦を見守っている。
グループワークでは、同じチームの子どもたちの声に耳を傾け「なるほど、確かにそれは困るよね」と相づちを打ったり、「その解決策のアイデア、いいね!周りの人にわかりやすく伝えられるよう、こうするといいと思うよ」などとアドバイスをする大人たちの姿が見られた。最初は緊張した様子が見られた子どもたちだったが、大人たちと話し、認めてもらうことでどんどん自信を持って対話を重ねる姿が印象的だった。
午前中いっぱいの時間を使ってワークシートをまとめ上げ、活動した教室でグループメンバーと一緒に昼食をとったあと、午後はワールドカフェ形式で発表会。発表を聞いたほかの参加者が「いいね!」と思ったら、そのグループのメンバーにチケットを渡すというユニークなルールも設けられた。

40を超えるアイデアと未来へのメッセージ
各教室で行われた発表会は、想像をはるかに超える盛り上がりを見せた。
「空き家がいっぱいある地域の許可をもらって、みんなが集まれる場所にします!」 「『モヤモヤをすっきりさせるCD』を作って、悩みを抱えている人を助けます!」 「家族や友達と仲良くなれるプロジェクトで、もっと会話する時間を増やしたいです!」など、40を超えるアイデアが、校内のあちらこちらで発表された。
子どもたちは、自分たちで考えたプロジェクトが多くの人に支持されるよう、時に身振り手振りを交えながら懸命にプレゼンテーションを行っていた。発表終了後には、「他のグループの子からもらったチケットがこんなに集まったよ!」と、歓喜の声を上げる姿も見受けられた。
その後、全員で体育館に移動。会の締めくくりとして、この日の活動を振り返る時間が設けられた。子どもたちは「よかった点」や「もっとこうすればよかった点」について真剣に話し合いながら、互いの頑張りを称え合ったり、一緒にグループワークを行った大人からのねぎらいの言葉に笑顔を見せたりしている。この温かな振り返りの時間を通じて、子どもたちの学びはさらに深まったようだった。
最後に、小泉氏から子どもたちへ、メッセージが贈られた。
「自分の考えを言葉にしよう。一人ではできないことも、勇気を出して言葉にすることで、周りの人が協力してくれるから。それから、失敗を恐れないで。うまくいくまで何度も挑戦することに価値があります。これからも、たくさん挑戦して、たくさん失敗することを楽しんでください」
さらに小泉氏は、先生方の支援があってこそ子どもたちが深く学べたことに感謝の意を示し、参加していた大人たちに「この子たちの挑戦を、これから温かく見守り、背中を押し続けてほしいです」と語りかけた。
「琢成アントレDAY」は、単なるアイデア発表会ではなく、同校の子どもたちが未来を創る力を身に付けるための、貴重な一歩となった。

創立50周年「物より事を」、琢成小学校の新たな「教育の柱」
「本校は、明るく素直でやさしく、好奇心旺盛な児童が多い一方で、物事に主体的に関わる力や周りと関わりながら学びを深めていく力に課題を感じていました」と語るのは、2024年度から琢成小学校の校長を務める小松泰弘氏だ。

酒田市立琢成小学校校長
(写真:本人提供)
小松氏は、「子どもたちが自ら進んで課題を発見し、他者と協働して解決するために粘り強く行動する力を育てていきたい」と考えていた。そんなとき、同校PTA副会長の齋藤知明氏を通じて、アントレプレナーシップ教育の考え方に出合ったという。
都内の大学教員として地域と学生の協働を経験してきた齋藤氏は、その学びの価値を誰よりも実感していた。齋藤氏は、「仕事で東京に通っていた際、当時都内の公立小学校教員だった小泉先生が、総合的な学習で4年生の子どもたちが1年かけて1000人の大人と出会い、課題を解決する取り組みを行っていることを知り、感銘を受けました」と振り返る。

酒田市立琢成小学校PTA副会長、酒田コミュニティ財団設立準備会会長
(写真:本人提供)
創立50周年を控え、PTA役員として「周年行事を講演会や演奏会などだけで終わらせるのではなく、未来の100周年に向けて残るような取り組みをしたい」と考えていた齋藤氏は、小泉氏に協力を打診した。その熱意に、小泉氏も快く応じたという。
校長の小松氏もまた、周年行事については「『物』より『事』を残したい」と考えていた。
「周年行事では、儀礼的な式典の開催に加え、記念品や記念碑などを作ることが多いものです。これらの取り組みはもちろん大切です。しかしそれらは、時が経つにつれて忘れられ、何のために存在するのかわからなくなってしまうこともあります。創立50周年という節目を迎えるにあたり、私は形に残る『物』ではなく、これから何十年も続く『事』、つまり『教育の柱』を創りたいと考えました。これは、本校が大切にする教育方針として、子どもたちや地域にずっと残り続けるものです。本校のこれまでの課題解決に直結し、未来を生きる子どもたちの力になるような取り組みを新たに始めるよい機会だと思い、アントレプレナーシップ教育の導入を決めました」
小松氏は続ける。
「アントレプレナーシップ教育で目指すのは、『子どもたちが最終的に起業家精神を身に付けて世に出ていくこと』と考えられていますが、『必ずこんなことをしなければいけない』といった型のようなものはありません。本校で目指すのは、子どもたちが自分で課題を見つけて解決方法を考えること、たくさんの人と関わり、トライアンドエラーを繰り返しながら探究の学びを深めていくこと。その入り口の一つとしての、アントレプレナーシップ教育であると捉えています」
生活科や総合的な学習の時間の学びがベースに
2024年7月、学校関係者による1回目の50周年実行委員会が開催され、同年12月には小泉氏を招いて教員向けの研修会がスタート。その後、月に1度のペースで研修が行われてきた。
「研修では主に、小泉さんの指導を仰ぎ、子どもたちが失敗を恐れずに挑戦できるよう、生活科・総合的な学習の時間でカリキュラムマネジメントを学びながらアントレプレナーシップ教育について考えてきました。実は当初、教員の間で、アントレプレナーシップ教育の導入に戸惑いがありました。『新しいことを始めるには負担が大きいのではないか』『これまでのやり方を根本から変えなければならないのではないか』といった声が上がったのです」(小松氏)
しかし、実際に学び始めてみると、「アントレプレナーシップ教育はまったく新しいものではない」「これまで行ってきた教育活動を見直し、よい点を生かしながら、子どもの探究サイクルをより効果的に回していくものなのだ」と理解されていった。
この気づきをきっかけに、教員の姿勢は大きく変わった。「こんなことができるのではないか」と自ら積極的にアイデアを出すようになり、教員自身も新しいカリキュラムづくりに探究的な姿勢で取り組むというよい変化が生まれたという。
現に、4年生の総合学習では子どもたちの声から「どんぐりプロジェクト」が始動。秋になると市内の公園などでさまざまなどんぐりが探せるようになることから、学校で開催するお祭りで、どんぐりを用いた工作などを主体的に企画しているという。
「今回の『琢成アントレDAY』は、これまでの生活科や総合的な学習の時間とは異なる形での開催でした。しかし子どもたちには、この日の活動を通して、自分の考えを言葉にすること、周りの友達や大人と話し合いながらアイデアを形にしていくこと、みんなの前で『こんなものができました!』と発表すること、これら3つの大切なことを学んでほしかったのです。
『琢成アントレDAY』での学びを今後の生活科や総合的な学習の時間に生かし、自分たちでテーマを見つけ、友達と協力しながらさらに深く探究できるようになってほしいと考えています」(小松氏)
地域全体で、子どもの未来を育む
酒田市副市長であり、地元企業の経営サポートや商品開発支援を行う酒田市産業振興まちづくりセンター(サンロク)のセンター長も務める安川智之氏は、今回のプロジェクトを「スクール・コミュニティ」の重要な具現化であると捉えている。

酒田市副市長、酒田市産業振興まちづくりセンター(サンロク)長
(写真:本人提供)
「酒田市は3年ほど前から、学校を中心に地域づくりを進める『スクール・コミュニティ』の実現を掲げてきました。これまでの地域の活動はシニア世代が中心になりがちでしたが、今回のプロジェクトでは、現役世代の大人と子どもたちが直接交流する機会が創出されたことが大きな収穫だと思います。サンロクでは現在、アントレプレナーシップ教育を高校生向けに展開しています。琢成小学校の取り組みは、『小学生のトライアル』として位置づけ、PTAと連携しながら学校がバックアップ役として関わり、地元の経営者に参加の声かけなどを行いました。
現代の子どもたちは、親や学校の先生以外の大人と出会う機会が少ないもの。これからもリアルな場でさまざまな大人や異学年の子どもたちと協働して学べる環境を提供したいと考えています」(安川氏)
近年、地方の人口減少は日本全国で深刻な問題となっており、とくに地方圏で顕著だ。酒田市で生まれ育ったというPTA副会長の齋藤氏は、「山形県の人口は2025年5月に100万人を切り、酒田市も10万人を切った2021年からすでに9万2000人台まで減ってしまいました。若い人たちがどんどん外に出て行ってしまうのが大きな課題です」という。
「だからこそ、子どもたちに、小さい頃から『この町は自分のやりたいことをどんどんやらせてくれる場所だ』と感じてもらうことが大切だと考えています。子ども時代の18年間は、まさに“地域にとってのボーナスタイム”。この間にたくさんの経験を積ませることで、『いつか地元に帰ってきたいな』と思ってもらえる可能性を育てていきたいですね」(齋藤氏)
挑戦の種を、地域の力で花開かせる
11月に控える創立50周年式典では、「琢成アントレDAY」の様子を撮影した写真や子どもたちのメッセージを展示する予定だ。また、子どもたちがこれまで取り組んできた総合的な学習の時間の成果を、学年ごとにプレゼンテーションする計画も立てられているという。
「学校・PTA・地域・まなびパレットさんと連携して実現した今年度の取り組みを、今後も持続可能なものにしていきたいと考えています」と、小松氏。ただし、今年は創立50周年記念事業だったため十分な資金があったものの、来年度以降は自分たちで資金を集める必要があるという。
「継続して活動できる仕組みをつくるために、酒田市産業振興まちづくりセンター(サンロク)さんと連携し、さまざまな企業の方々に学校に関わっていただく仕組みを作っていきたいと考えています。この取り組みに賛同してくれる企業さんに協力をお願いし、資金面でも支えてもらえるような体制を整えていきたいですね」(小松氏)
5年、10年先を見据えると、「学校は、学校だけで完結する場所ではなくなるでしょう」と、小松氏は言う。では、学校の未来はどのように変わっていくのだろうか。小松氏は、次のように展望を述べる。
「学校が地域の活動拠点となり、地域住民や企業、外部の人材などこれまで学校の外にいた人たちが、もっと積極的に関わってくれるようになるのではないかと想像しています。そして、学校の先生だけでなく、地域全体で子どもたちの学びを支えていく形になっていくはずです。私たちは、そのための新しい仕組みや形を、今年度から来年度にかけて、皆さんと一緒に作っていきたいと考えています」
創立50周年を迎え、琢成小学校が「物」ではなく「事」として残そうとしている「教育の柱」。それは、子どもたちが失敗を恐れず挑戦し、地域全体でその学びを支え合い、深めていく文化だ。この挑戦はきっと、子どもたちの未来を、そして街の未来を、より豊かにしていくに違いない。
(企画・文・写真:長島ともこ)