「子どもたちと時間割をつくる」という発想
──小学校へ入学した子どもが、園などの遊びや生活を通した学びと育ちを基礎として主体的に自己を発揮し、楽しい学校生活を創り出していくための「スタートカリキュラム」。文部科学省国立教育政策研究所の事例集などがある中、あえて「時間割から子どもと一緒につくる」という独自の実践を行った理由について教えてください。
2022年、10年ぶりに1年生の担任になりました。幼児教育では、「ひと・もの・こと」との関わり中で、遊びを通して学び育つことが大切にされていますが、小学校の授業で子どもたちが出会う「ひと・もの・こと」は、教員が準備したものがほとんどで、幼保小接続に課題を感じていました。
そこで、文部科学省国立教育政策研究所の「スタートカリキュラムスタートブック」を参考にして学習の予定をつくり、同じ学年の先生に提案して授業を実施しようと準備していました。しかし、1年生担任としてどのように授業実践していくのか改めて考えたとき、疑問がわきあがりました。スタートカリキュラムは、もともと、子どもたちが乳幼児期に遊びを通して学んできたことを生かし、主体的に自己を発揮してよりよい生活を「自分たちで創っていく」ものです。
スタートブックに書かれていることを形式的に行っても、「入学直後の子どもたちを、段階的に小学校文化に染めていく」だけにとどまってしまうのではないか、スタートカリキュラムにいちばん大切な「クリエイティビティ」に欠けるのではないかと思ったのです。幼保小接続の観点から、真の意味で子どもの学びにつながるスタートカリキュラムにしていきたいと考え、思い切って、子どもたちの声を聞きながら時間割をつくり、活動していく取り組みを始めました。
──「子どもたちと時間割をつくる」という実践は、どのように生まれたのでしょうか。
すでに、子どもたちと時間割をつくる取り組みを行っている他校の実践も知識としてありました。それらを参考にしたというよりも、「小学校ってどんなところなのかな」など期待や希望を抱いて入学してきた子どもたちに「学校でどんなことしたい?」と聞くと、「校庭で遊びたい」「学校の中を回ってみたい」など、いろいろな声があがるんですよね。
子どもたちからの「やりたい!」を出発点として活動を展開したり、子どもたちに出会わせたいものを引き出すための投げかけに対する声をひろって新しい活動をスタートしたりすることなどにより、自然と「子どもたちと時間割をつくる」形になりました。
前期は、「かず」「ひらがな」「こうさく」など活動名を黒板に書き、それをもとにしながら「今日はどんな活動がしたい?」と語りかけながら、毎日の時間割を決めて学習活動に取り組みました。後期は、子どもたちのやりたい活動が多くなり、1日ごとに時間割を組むのが難しくなったため、月曜の朝に1週間分の時間割を子どもたちと話し合いながら決めました。
「学校探検したい!」から始まった「教室表示プロジェクト」
──入学直後の子どもたちから「やりたい!」と声があがった「学校探検」を行ううち、教室表示が漢字で書かれていて何の教室かわからないから、ひらがなを学習しながら教室の看板をつくって掲示しよう! と「教室表示プロジェクト」を行ったそうですね。
スタートカリキュラムの実践で大切にしていたのは、子どもたちが日々の生活を豊かに過ごしていく中に、学習内容が埋め込まれていくように活動することです。それが、本当の意味での「深い学び」につながるのではないかと。
1年生は国語科でひらがなを学びますが、ただ黙々と練習帳に書いて覚えさせるのではなく、「子どもたちがひらがなを学びたくなる、そして書きたくなる必然性が生じるのはどんなときか」を考えました。本校には、歴代の卒業生が木を彫ってつくった教室表示があるのですが、「図工室」「給食場」などすべて漢字なのです。これを、1年生でも読めるよう、ひらがなバージョンでつくるプロジェクト学習にするのはどうかと思いつきました。
そこで、入学直後の子どもたちから「学校探検したい」という声があがり、実際に学校探検しているときに、「教室表示を、1年生でも読めるようにひらがなでつくってみない?」と、子どもたちに提案したのです。子どもたちは「やりたい! いえーい!」と大喜びでした。
──ひらがなによる教室表示をつくるために、ひらがなの学習が始まったのですね。その後プロジェクトはどのように発展していったのでしょうか。
「教室表示をつくる」というモチベーションがあるため、子どもたちがひらがな学習に向かう姿勢は真剣そのものでした。特別教室の名前の語尾に「室」(しつ)がついていることに気づいた子どもたちからの提案で、ひらがな学習は「し」「つ」から始まりました。「教室表示プロジェクト」は、前期は「生活科」と「国語科」のひらがな学習、後期は算数科も加わり、子どもたちが切った木の数を数える活動を通して「20よりも大きい数の学習」を行いました。
さらに、教室表示が完成したあと、校長先生に教室表示を飾っていいか相談したり、全校児童に教室表示をつくったことを伝えるためにチラシやポスターをつくったり、校内放送で告知したりもしました。
子どもたちは、ひらがなや数を学びながら教室表示を皆で力を合わせてつくり、全校児童に自分たちの取り組みを知ってもらうことで、充実感や一体感、クラスへの所属感などを体感し、大きく成長できたと思います。
年度が変わり、新1年生が教室表示のひらがなを読んでわかる様子を2年生になった子どもたちに伝えると、とても喜んでいました。誰かのためにしていることが、自分のためにもなっている。このような学びを積み重ねることが、より豊かに生きる意欲につながるのではないでしょうか。
──ほかに、どのような時間割を子どもたちとつくり、実践したのでしょうか。
本校の敷地に、桜やイチョウなどの木が生い茂る「香川の森」があります。生活科や図画工作科で自然物を使う活動を秋の時期に行っているのですが、授業で使われなかった落ち葉が燃えるゴミとして捨てられていたため、子どもたちと腐葉土づくりができないかと考えました。
春の花を栽培するために「香川の森」にある土を植木鉢に入れる際、子どもたちから出た「落ち葉もいっしょに入っちゃうけどいいの?」という質問に「葉っぱは土になるから大丈夫だよ」と答え、「落ち葉が土になるか、実験してみる?」と提案。子どもたちから「うん、やるやる!」と声があがり、「腐葉土プロジェクト」に取り組みました。
また、冬のいちばん寒い時期に、氷に色を塗って創作活動できたらと思い、子どもたちと、家庭科室のたらい20個に水をため、葉や花などを入れて毎日観察しました。
ある日ついに氷ができ、子どもたちは大喜び。その日の時間割はほかの活動の予定だったのですが、「今すぐ氷を使って活動したい」という子どもたちの思いを感じ、時間割を変更して氷遊びの時間に。皆でたらいからそっと氷を取り出し、絵の具で氷に色をのせ、「氷のアート」を楽しみました。これらは私の実践のほんの一部です。
保護者もよい形で巻き込み、共に学ぶ
──このような実践について、保護者への理解や協力はどのようにして得られたのでしょうか。
Google Classroomを活用し、私自身の授業観や子どもたちの学校生活を写真と文章で毎日のように伝えました。保護者の方からは、「子どもと一緒に学校に行っているようです」という声をいただいたり、活動のときに学校に足を運んで協力していただいた方からは、「子どもの成長を間近で見られて安心します」といった声が届きました。保護者の方から理解や協力を得るには、教員からのこまめな発信が大切だと思います。
コロナ禍以降は、保護者の皆さんとよりいっそう連携し、子どもたちの成長を一緒に見守る機会が増えました。活動に参加できない保護者の方は、家庭で子どもからの相談にのったり、材料を準備したりなど、さまざまな形で子どもたちの成長を支えてくださいました。
「子どもとつくる時間割」を実現することは、子どもたちのやりたい気持ちをかなえるためだけでなく、保護者もよい形で巻き込み、「共に学ぶ」ことにつながると思います。
──幼児教育のプロフェッショナルの方の伴走もあったそうですね。
2017年、横浜国立大学の教職大学院1期生として学んでいたとき、幼児教育にも関心があったので、知り合いの私立幼稚園を訪れた際に、久保寺節子先生という副園長先生と出会いました。私自身のそれまでの実践は、公益社団法人信濃教育会教育研究所所長・東京大学名誉教授の佐伯胖(ゆたか)先生の理論を参考にしており、その話をしたら、久保寺先生は学生時代、佐伯先生のゼミ生だったことがわかり、意気投合したのです。
ネットニュースによる本校の通知表廃止についての配信をきっかけに再会し、久保寺先生は年間50回以上、私の授業に足を運んでくださいました。久保寺先生は、ただ単に「こうすべきだ」と指示するのではなく、「これはどうでしょうか?」と問いかけたり、「山田先生の実践はここがユニークですね」と具体的な例を挙げ、自身の教育の特色を気づかせてくれました。
授業研究のように硬い雰囲気ではなく、子どもたちの日常を自然に見てもらうことができ、非常に意義のある経験となりました。
学習指導要領へのひもづけと評価
──興味深い実践の数々ですが、学習指導要領の目標と内容を満たすことはできるのでしょうか。
私がさまざまな実践をつくるときの基にしているのは、学習指導要領の目標と内容、教科書の内容です。ただし、教科書の内容を見ながら教材研究するわけではなく、先ほど申し上げたように「子どもにとってどのような状況のときに、その内容を学ぶ必要性や必然性が生まれるのか」を考え、プロジェクト活動をはじめさまざまな活動に教科の学習内容を埋め込む形でデザインしています。ですから、これまでお話ししてきた実践はすべて教科の学習内容とひもづいており、学習指導要領の目標と内容を満たしています。
──活動のアイデアが浮かばないときは、どのような授業をされているのですか? また、授業時数はどのように調整しているのでしょうか。
活動のアイデアが浮かばないときは、子どもたちが楽しく学べるような工夫をしています。例えば、算数の「なんばんめ」の実践では、5つの紙コップに2つのサイコロを入れ、どこに入っているのかを当てるゲームをしながら「右(左)から何番目」などの理解を深めていきました。
授業時数については、学習指導要領で示されている各教科の時数の1週あたりの目安を子どもたちに伝えたうえで対話しながら時間割を決めていきます。ときと場合に応じて何を学ぶか未定の「?」の時間をつくり、子どもたちを意図的に学びに誘ったりしながら調整しています。
──評価はどのように行っているのでしょうか。
ご存じの方も多いと思いますが、香川小では学校全体で議論した結果、2020年度から通知表を廃止しました。通知表の代わりになるようなものを準備するという発想ではなく、各担任の裁量により、日常的に子どもの生活と学習の様子をさまざまな機会とツールで伝えたり、面談を通して保護者に日々の学校での様子を伝えたり、家庭でも子どもとの関わりを大切にしていってもらえるようにしています。
これまで通知表を作成するために割かれていた膨大な時間を、子どもたちの成長を見取ったり、授業づくりをしたりする時間に使われるようになり、「結果」だけでなく、子どもを一人の人間として日常的に見取り、プロセスを伝える日常的な評価=形成的評価を大切にしています。プロセスを伝えるという意味では、学習の成果物をファイリングして保護者に見てもらっています。成果物には、ABCなどとラベリングをしたり、「もっとよく見て書きましょう」などと「指導」したりするのではなく、「アサガオのたねがくぼんでいるところをよくみているね」など、「認める・共感する」言葉で伝えるようにしています。
──現在の学校教育における「評価」について、山田先生はどのようにお感じでしょうか。
予測不可能な時代を生きる子どもたちには、コンピテンシー(資質・能力)が求められています。しかし、多くの学校では、3つの観点(①知識・技能、②思考・判断・表現、③主体的に学習に取り組む態度)を個別に評価しており、それぞれの観点がどのように結びついて、実際の課題解決に活かされているのかが見えにくいという課題があるように感じます。
本来は、知識を学び、それを活用して問題解決に取り組み、うまくいかないときには自己調整しながらやり直すという一連の過程を総合的に評価するべきなのではないでしょうか。テストの結果や知識の量だけでなく、知識をどう使い、自分がどう成長していくかという「学びに向かう力」を評価することにシフトしていくべきなのではないかと思います。
「学ぶとは何か」「子どもたちが遊ぶとは何か」
──1年生の担任を2年間務められた後、現在はどの学年の担任をなさっているのですか?
2024年4月から、4年生の担任になりました。スタートカリキュラムとは異なりますが、1年生の担任のときと同様に、プロジェクト学習ベースで、子どもたちの「やりたい!」の声を聞きながら毎週時間割をつくり、活動しています。
──学年があがっても、子どもたちと時間割をつくりながら活動することができるのですね。
学校のことをいろいろ知っている4年生なので、1年生のように純粋に響きにくい部分もありますが、ある程度私のほうから仕掛けながら、子どもたちの学びに向かう気持ちを後押ししています。
例えば、学校でケガをする子が多いので、保健室でまとめた情報を子どもたちに伝えたところ、算数の「表とグラフ」の単元とひもづけて表やグラフ化して「ケガをなくそうプロジェクト」として校内に呼びかけました。
また、総合学習で、地元の商店街を活性化することを目的に「香川商店街プロジェクト」に取り組んでいるのですが、その中の1つ「植物プロジェクト」で、学校の敷地に長方形の畑を作り、畑の囲いとして廃棄予定だった児童用机の天板を取り外して使用することになりました。
囲いの周囲の長さを測り、その長さに対して縦に並べる場合と横に並べる場合で、それぞれ何個の天板が必要かを計算する過程は、算数の2ケタ×2ケタのかけ算やわり算につながります。4年生なら4年生なりに「子どもたちと時間割をつくる」ことができることを実感しています。
──「スタートカリキュラム」による幼保小接続だけでなく、学び全般には連続性があるのですよね。
久保寺先生がいつもおっしゃっているように、子どもたちが0歳から18歳まで成長していく過程で、学ぶことは、切れ目なく1つにつながっているんですよね。
小学校の学習内容は、身近な生活に落とし込める要素がたくさんあります。教員自身が「学ぶとは何か」「子どもたちが遊ぶとは何か」といった根本的な問いを持ち続けながら、子どもたちが今を楽しく生きることに誘い、仲間と対話を重ねながらよりよい学校をつくっていこうと取り組み、「だれかの役に立った」と実感することを重ねていくことが、子どもの学ぶ意欲につながり、今を楽しく生きることにつながるのではないでしょうか。
(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:すべて山田氏提供)