教員の心に寄り添い「適応課題」に対応することが重要
「今の働き方では、教員の生活も学校自体も持続可能ではなくなってしまいます。教育を大切にしない国はやがて滅びます。文部科学省には教育に関わる予算や人を潤沢に割いていただき、教員が生き生きと働き、子どもたちも楽しいと思って通えるような学校の環境を整えていただきたいと強く願っています」
そう語るのは、名古屋市立豊田小学校で校長を務める中村浩二氏。自らも教頭時代に働き方改革に尽力してきた。40代の頃に教務主任になってから、学校運営や組織開発について学ぶようになったというが、それが中村氏の改革の土台になっている。
組織開発には、組織の課題を「技術的問題」と「適応課題」に分けて捉える考え方がある。技術的問題とは、スキルや仕組み、テクノロジーの導入などで解決できる問題のこと。一方、適応課題は、当事者の意識や行動が変わらないと解決できないような問題を指す。
中村氏は、勤務時間外在校時間の縮減を目指すうえで数多くの技術的問題の解決に取り組んできたが、併せて重要なのが「教員の心に寄り添いながら適応課題にアプローチをしていくこと」だと語る。
前任の2校とも、当初は「学校や教員はかくあるべきという固定観念が非常に強くあった」(中村氏)という。例えば、下校時間の繰り上げを提案すると「下校後に地域で問題が起こった際、学校は対応しなくていいのか」といった意見が出る。当時はまだ民間委託されていなかった部活動の時間制限についても、その指導を熱心に行う教員から疑問の声が上がった。
「勤務時間外在校時間の縮減は今までの働き方が否定されるようなもので、教員は受け入れがたいわけです。なので、なぜ働き方改革が必要か、ワーク・ライフ・バランスの本来の意味は何か、今の働き方は持続可能かといったことを教員向けに『教頭だより』を作って発信するなど、意識を耕すことから始めました。振り返ると、ここが最も働き方改革において大事な部分だったと思います」
学校の子どもたちのためとはいえ帰宅が遅くなり、自身の家庭を顧みず学ぶ時間も確保できない生活は豊かな人生につながるのか。家族のウェルビーイングまで保障しようとする企業がある中、ブラックな職場環境のままでは教員を目指す若者はさらに減り続けるのではないか。働きやすい職場づくりが持続可能な学校をつくり、ひいては子どもたちに豊かな学びを提供できるのではないか――中村氏はさまざまな切り口で「一緒に考えませんか」と語りかけ、教員の心の痛みに寄り添うことを大事にしながら意識改革に取り組んだという。
「野球型からサッカー型の働き方に変えていこう」
名古屋市立東築地小学校での事例を見ていこう。中村氏が教頭として赴任してきた当初、2017年度4月の勤務時間外在校時間は職員28人中、月80時間を超える者が32%、1人1日当たりの勤務時間外在校時間は平均で3.38時間に上った。しかも5月はさらに数字が悪化。
深刻な長時間労働の実態を目の当たりにした中村氏は、業務の選択と集中を通して勤務時間内に余白を生み出し、「健康的に働けるようにすること」そして「教員が自ら学ぶ時間を確保して、子どもたちに豊かな学びを提供していくこと」の二本柱を徹底しようと決意した。
ほぼ時間無制限で延長戦を繰り広げる「野球型の働き方」から、決められた時間内で勝敗を決する「サッカー型の働き方」に変えていこうと呼びかけ、手始めに、自ら定時で退校する日を申告して実行する「個人定時退校日」を取り入れ、みんなで理想の働き方を考える校内学習会を実施した。
その結果、17年度12月には月80時間以上の勤務時間外在校者がゼロになり、3学期もこれが継続。2月には1人1日当たりの残業時間が1.96時間と2時間を切るなど、大幅な改善が見られた。
18年度はさらに、日課表を見直して児童の下校時刻を20分繰り上げるほか、通知表の書式・記載内容の変更、電話・来校者応対の時間設定、部活動の指導時間の制限など、さまざまな業務改革を行った。下校時刻の変更や部活動の縮小は、家庭や地域の理解も必要であるため、PTAや学区連絡協議会など関係者それぞれに対して丁寧な説明をする機会を設け、理解と協力を求めたという。
その結果、多忙な1学期からも状況が改善していき、2学期には月80時間以上の勤務時間外在校者はゼロ、文科省によるガイドラインの月45時間という勤務時間の上限規制もクリアした。
そんな中、中村氏は19年度から名古屋市立矢田小学校へ転任することになった。同校は同市の「個別最適化された学びを提供する授業改善の推進」事業のモデル実践校に選ばれており、注目される立場にあった。
「GIGAスクール構想元年に先駆けて、1人1台のタブレット端末を効果的に活用した個別最適な学びや協働的な学びの手法、授業改善の成果を発信しなければなりませんでした。しかし、いくら立派な実践モデルを示したとしても、『あんな教員の自己犠牲による無理な働き方はまねできない』と言われてしまっては、せっかくの実践モデルが広まりません。ですので、並行して働き方改革を進めなければならないと考えました」
そこで、前任校での取り組みに加え、「学年だより」を「学校だより」に一本化。毎朝10〜15分かけて行う教員の朝の打ち合わせ用に「連絡メモ」も導入し、連絡メモを読んでわかる内容については口頭説明を省き、共通理解が必要なものについてのみ打ち合わせで確認するようにした。
「その結果、週5回の打ち合わせが3回に減って所要時間も5分程度に短縮でき、教員は余裕を持って教室に向かえるようになりました。毎月の職員会議も、教務主任と相談して議題に応じて日程をずらし、1.5〜2カ月に1度のペースに変えました」
さらに、モデル事業で配布されたタブレット端末を生かして、校務の効率化も図った。職員室のホワイトボードで行っていた特別教室の予約をアプリで管理できるようにし、保護者や子どもたちへのアンケートも紙からウェブ経由に変更して集計時間の大幅削減につなげた。打ち合わせの際も適宜動画ファイルを転送するなど共有時間を短縮した。
また、モデル事業における授業改善の1つとして、担任の教員の創意工夫により単元内自由進度学習を導入。「ロイロノート・スクール」を活用し、子どもたち自身が学びの計画を決めて振り返りを行う授業スタイルにした。
「すると、画一的な一斉授業で15時間かかっていた単元が、11~12時間で終わるようになりました。一斉授業についていけなかった子も余白の時間の中でじっくり学習でき、進度の速い子は発展的な問題にチャレンジしてより深い学びができます。ICTの活用は、子どもたちの学びを充実させるのに役立ち、かつ先生たちも余裕を持って子どもに対応できるようになったと思います」
成果は歴然だ。次表のとおり、19年度と20年度の通常業務月の1カ月当たり1人平均残業時間を比較すると、多いときには約10時間の残業時間縮減に成功、確実に残業時間が減ったことが確認できる。
「職員が大きく入れ替わったので比較は難しいですが、翌年の21年度11月には、職員24人中、月80時間超は0人、月45時間超は1人、1カ月/1人平均約26時間という成果が出ました」(中村氏)
校長になったからこそできる「PBL型働き方改革」
中村氏は、2022年度4月から名古屋市立豊田小学校で校長を務めている。22年4月の同校の働き方は、文科省によるガイドラインの勤務時間の上限である月45時間以上の教員が22人中10人、中には過労死ラインの月80時間を超える教員もいた。振り出しに戻った感があったというが、「校長の立場だからこそできることがある」と中村氏は話す。
早速、年度初めの4月に学校の運営方針を説明するPTA総会と地域の学区公民会で、今の日本の教育界の現状と豊田小学校の実情を説いたうえで、「これは持続可能ではない。先生たちには生き生きと教壇に立ってもらいたい」と、学校の働き方改革への協力を依頼した。
また、今回も4月から「校長だより」を発行。前述の個人定時退校日も始め、6月には働き方改革をテーマに校内学習会を実施した。勤務時間外の留守電対応も2学期から始めるため関係者の合意形成を進めており、着実に働き方改革を実現していく方針だ。
名古屋市教育センターの教育研究推進事業を利用し、学校専門ワーク・ライフ・バランスコンサルタントの澤田真由美氏を招き、PBL(課題解決)型の働き方改革に取り組む計画も立てている。
「教員は職務自律性が高いとやりがいを感じるという調査結果があります。ですので、自校の課題を自分たちで見つけ、解決策を探究していくことが働き方改革の推進力になるはずです。教員が自らの手で働きやすい環境を整え、子どもたちに豊かな学びを提供できるようになれば、それが新たな文化として学校に根付くのではないでしょうか。その仕組みを校長が責任を持ってマネジメントすることが重要だと考えています」
信じて任せる「サーバントリーダーシップ」を大事にする中村氏は、自校の教員が進める働き方改革のプロセスを楽しみながら見守っていきたいと語る。
「子どもたちのいちばん身近な大人は私たち教員じゃないですか。その教員がいつも疲れていたら、子どもは夢を持てません。また、主体的・対話的で深い学びや探究的な学びの推進が求められていますが、教室で展開したいことは職員室でも展開できないと駄目です。教員が主体的・対話的に、かつ探究的に働けているか、そのロールモデルを示すことはとても大事で、それほど子どもたちにとって教育効果が高いことはないと思っています。大きな教育改革の波も働き方改革の波も、楽しんで乗り越えていくことが大事だと考えています」
(文:田中弘美、写真:中村浩二氏提供)