対話を軸に全員が“自分事”となる校内研修に

全校児童697人の戸田市立美女木小学校では、もともと年間計画で綿密に練られた校内研修が行われていた。それも研究授業や、そのための模擬授業、指導が中心の計画となっており、研究授業を行う教員以外は受け身になってしまいがちだったという。

新しい研修を必要に応じて取り入れることも難しく、2020年度に美女木小学校に赴任した校長の山田一文氏は「全員が“自分事”となる“生きた校内研修”が必要ではないかと感じていた」と話す。

そこで山田氏は、翌年の21年度に研修内容を白紙に戻し、学年チームごとに先生たちが学びたい内容を決めて研究テーマとすることにした。先生自身が学ぶこと、成長することが楽しいという経験をしていなければ、興味を持って主体的に学ぶ子どもは育てられない。だからまずは環境を整えて、先生たちがそういう姿を見せることが大事と考えたのだ。

山田一文(やまだ・かずふみ)
戸田市立美女木小学校 校長

校内研修の体制を変更する際に山田氏が大切にしたのは、教員たちが「対話」をすること。好きな研修をやってもいいと言われても、「自分たちは何をしたいのか」を本音で話すことのできる環境がなければ、やりたいことはなかなか出てこないからだ。

「人間関係は対話することで解決したり、いい方向に持っていくことができます。対話で相手の考えていることや人柄を理解することは非常に大切です。それにより協力体制ができ、よい人間関係をつくることにつながります」(山田氏)

こうした対話の力で、山田氏は研修のあり方、さらには組織のあり方を変えようとしている。その実現に向けて「NPO法人 学校の話をしよう」に協力を依頼し、21年8月から連携して動いている。

最初は山田氏、教頭の勝俣武俊氏、「NPO法人 学校の話をしよう」でレゴブロックを使ったワークショップ「レゴ®シリアスプレイ®」を実施。教員たちの内面を可視化し、どこからアプローチするかを決定したという。

勝俣武俊(かつまた・たけとし)
戸田市立美女木小学校 教頭

そこで職員会議のうち月に一度を、教育観や子どもへの思いについて対話し、それぞれの価値観を確認する時間に充てた。それにより教職員同士の関係の質が向上し、コミュニケーションが活性化したという。さらに22年度からは研修の様子をSNSで公開したところ、保護者や地域の人々から「楽しそうな先生たちの姿に驚いた」「先生たちの考えが今までより理解できた」など好意的な反応が寄せられた。

「保護者や地域の人々とも対話すればコミュニケーションが取りやすくなる。学校だけでなく地域で子どもを育てていく環境をつくるために、対話の機会を増やすことが大切だと感じました」(山田氏)

保護者や地域の人を巻き込んだ研修の成果は?

夏休みに美女木小学校で行われた校内研修を見学した。会場である体育館には約40人超の参加者が集まり、教員だけでなく、PTA役員や学校応援団、学校運営協議会などに関わる地域の人々の姿もあった。

「NPO法人 学校の話をしよう」が中心となって行われた今回の研修は、美女木小学校の子どもたちの未来について話す「対話ワークショップ」だ。

夏休みに行われた「対話ワークショップ」

この研修は教員同士では初期に行われた内容だが、今回は学校外の人も参加し、開催されることとなった。

最初に行われたのは「チェックイン」。会場内にいるできるだけたくさんの人と、提示された3つの質問について話す。このとき話したのは、「給食で出るとうれしい食べ物」「子どもの頃に熱中した遊び」「子どもの時の将来の夢」とたわいもないこと。このウォーミングアップがあるおかげで、緊張がほぐれ、この後の話しやすい関係をつくることができるという。

NPO法人 学校の話をしよう 代表理事・寒川英里氏の司会でワークショップは進められた

本題の対話の時間は、ここからスタート。それぞれが「美女木小学校の子どもたちが大人になった時に、どのような人になっていてほしいか」について自分の考えを紙に書き、紙を見せ合いながら考えの近い人とグループをつくっていく。

「美女木小学校の子どもたちが大人になった時に、どのような人になっていてほしいか」を紙に書き、考えの近い人とグループをつくってさらに対話を進める

グループになったら「子どもたちの成長にとって必要となる関わりや環境」について意見を交換。円座になった人々のひざの上に乗せるとテーブルのようになる「えんたくん」に話した内容を書き込んでいく。同じ立場の教員同士でも考えはさまざま。どのような大人になってほしいかも、「自己肯定感のある人」「人を思いやれる人」「夢中なことがある人」など多種多様だ。

ここで大切なのは相手の意見を否定せずに、きちんと最後まで聞くこと。それにより対話を通して相手の考えや価値観を理解することができるという。

印象的だったのが多くのグループが成長にとって必要となる環境について、「人に助けを求められる」「顔や目を見て話せる」「コミュニケーションが取れる」など、対話の大切さを重視していたことだ。

「えんたくん」に話した内容を書き込んでいく。相手の意見を否定せずに、きちんと最後まで聞くこと。それにより対話を通して相手の考えや価値観を理解することができる

研修の最後は付箋に、「子どもたちの成長にとって必要となる関わりや環境について、自分は今どのような関わり方ができるか」を記し終了。開始前と比べて、会場の雰囲気が和やかになっていた。

研修に参加していた山田氏も「定期的に続けていくことで、どんな子どもに育てていくかを学校だけでなく地域と共有できると実感できました。また教員以外の考えを聞くことで、多様な世の中の変化に学校が追いつけていないことを実感。教員の視野も広がるし、教員以外の方からも学校への思いや考えを深く知ることができてよかったという声をいただきました」と話す。

教員がワクワクして学ぶ姿を子どもたちに

これまでも「NPO法人 学校の話をしよう」は、「『対話』から未来をともに創りだす」をテーマに、いくつもの校内研修に関わってきたという。組織に対話の文化を浸透させるのに、いったいどのようなサポートを行っているのか。

「私たちの目的は学校側にプログラムを提供するだけではありません。学校側が主体となり、自分たちで学校をつくってもらえるようになってもらうことです。どのような観点、意図を持って一つひとつの工程を行っているかを理解してもらえればと考えています」(NPO法人学校の話をしよう 代表理事・秋元有紀氏)

つまり自走する組織をつくるということだろう。美女木小学校の場合は、まずワークショップや職員会議の時間などを使って対話をし、それぞれの価値観や考え方を知ることに時間をかけた。

そこから学年チームごとに分かれ、興味のあるテーマを話し合い、研究テーマを決定。取り組むテーマが決まってからはチームごとで研究を進め、「チャレンジシェアタイム」という時間に進捗や成果、課題について共有しているという。研究テーマを掛け持ちしている教員もいるほどで、学校内で優れた取り組みを共有することでモチベーションも上がっている。

教員の反応はどうなのか。校内研修は学校側が決めたテーマで研究授業を行うため、どうしても“やらされている感”が出てしまう。しかし現在はすべての教員が、子どもたちに提供したい教材を研究テーマにしている。受け身でいられず作業量が増えた部分もあるが、関心のあることがテーマになっているため、アクティブに楽しく学んでいる教員がほとんどだ。

実際、これまでに「自由進度学習」「PBL(Project Based Learning)」「GBL(Game Based Learning)」「哲学対話」「SEL(Social and Emotional Learning)」「Adventure In The Classroom」などをテーマに外部の講師や団体と連携して研修を行っている。

「対話が増えたことで、教員たちの笑顔や楽しそうに過ごす姿が増えたと感じています。保護者については、教員を今までは堅苦しくとっつきにくい存在と思い込んでいた方々が、今回のワークショップを通して、とても親しみやすく、学校でイキイキと楽しんで教育に取り組んでいることに気付いていただけたようです。相手の考えがわかり対話がしやすくなれば、保護者や地域の方と連携した教育環境もつくりやすくなります。またワクワクしながら学ぶ教員の姿が、子どもにも伝染すればいいなと思いますね」(山田氏)

(文:酒井明子、撮影:風間仁一郎)