―改めて、今の子供たちが身に付けるべき力についてどのようにお考えでしょうか
いつの時代にあっても、読み・書き・計算に代表される基礎的な知識や技能は必要ですが、先の読めないこれからの社会を生き抜くためには、チームになって学び合い、課題を発見して解決する力が必要です。一言で言えば、“正解のない課題に向き合う力”です。
しかし、子供たちが受けている授業の多くは、いまだに教師主導の傾聴スタイルです。テストを受けるときは、机の上には鉛筆と消しゴムだけで、紙が配られたら自分の記憶だけを頼りに問題を解いていかなければなりません。
子供たちが出ていく社会は、知識量は必要とされません。協働してお互いの考えを表現し、受け止め、考えを深めるような学習や、企業とコラボレーションするなどして、変化する社会の動きを教室に取り入れたり、子供たちの考えが社会のまなざしにさらされたりする機会をつくることが重要だと考えています。
―実際に戸田市ではどのような取り組みをされているのでしょうか
教科等を横断して正解のない学びに取り組むPBL(Project Based Learning)の実践研究を積極的に行っています。例えば、「1日1人当たりが出すゴミの量を100g減らすには?」というテーマでは、市役所の環境課の職員、埼玉県環境アドバイザーの方などと連携し、身近にある「本物で深刻な課題」に取り組み、プラスチックゴミを減らすために海外の子供たちに使わなくなったおもちゃや文房具を届けるなどのさまざまな解決策が実行されました。ICTをフル活用しながら、地域の方々や専門家を巻き込んだ本格的な批評や実行の場を持つことで、当事者意識を持って地域の課題を捉え、仲間と協力して主体的にプロジェクトや課題解決に取り組む力が身につきます。
また、70を超える企業やNPO、大学、研究機関と連携し、さまざまな共同研究をしています。例えば、プログラミング教育は、今年度から全国の小学校で全面実施となりましたが、本市では2016年度から企業等との共同研究を始め、2018年度には市内全小学校で実施しています。企業等が開発中の新教材を学校で実証していただいたのですが、その際にはプログラミング教育のノウハウを持った方に授業に入っていただきました。そうすることで、学校としては教員研修にもつながり、企業等としては開発上の効果検証につながります。
こうしたWIN-WINの連携を行うことで、安価で効率的な改革を進めることができます。最近では、算数の「速さ」の学習と社会の「食料生産」の学習を組み合わせ、食料の輸送経路について学ぶ教科等横断型のSTEAM教育の視点に立った事例なども創出されるようになりました。
―18年からはタブレット端末を3クラスに1クラス程度整備するなど、ICTを用いた授業も進められていますね
社会に出たら、チャットやメールを使ったコミュニケーションは当たり前、ミーティングで自分の考えをわかりやすく伝え、時にはプレゼンテーションで発表する必要がありますよね。将来、こうした環境で、子供たちが存分に力を発揮できるようにするためには、ICTをマストアイテム化した学びを積極的に導入する必要があると考えました。
19年末に文部科学省から発表された「GIGAスクール構想(Global and Innovation Gateway for All)」では、小・中学校の児童生徒に1人1台のPC環境を実現することが掲げられていますが、戸田市の小・中学校では、すでに3クラスに対し1クラス分、教師にも1人2台(校務用と指導用)の配備を達成しています。今考えているのは、「TERAホーム&スクール構想」です。教師と子供の双方が、学校でも自宅でも授業ができる・受けられる環境を整え、遠隔・オンライン教育や家庭とのシームレスな学習など、対面とオンラインを効果的に組み合わせるハイブリッド型の授業形態の実現を目指しています。
―今回のコロナ禍では、どのような授業展開をされていたのでしょうか
学びの再開にあたっては、途切れた信頼関係を回復させるために、子供とコンタクトを取ることを第一優先にしました。「感染予防は徹底しつつも、コンテンツよりコンタクトを重視して、5月6日までに1本だけでもよいので子供たちにオンライン授業の配信をしてほしい」と校長先生方に依頼したところ、各学校の自走と競争が始まりました。
結果として、多い学校は臨時休業期間中に470本の授業動画を作製していました。そんなに動画を作ってほしかったわけではなかったのですが(笑)。臨時休業が始まった時点でGsuiteアカウントも全家庭に配布していましたので、そのうち学校によっては双方向のオンライン学習なども実施され、コロナ禍においても子供とのコンタクトやコミュニケーションの総量を増やすことができたと思います。
―アフターコロナのICT活用についてはどのようにお考えでしょうか。情報を収集・分析・数値化することで、あるべき教育政策を総合的に判断するEBPMの取り組みも行われています
ICT活用のメリットは、授業の効率化や社会に開かれた教育の実践だけにとどまりません。子供の学びの履歴や学力の伸びと教師の指導方法の相関などについて分析し、よりよい教育を実践していける点にもあります。例えば、経験を積み、優れた技術を持つ教師の指導について、子供の学力が伸びた理由も、「あの先生は指導力があるから」と一言で片付けられてしまい、具体的に「教師のどのような指導が学力を伸ばしたのか」ということは問題にされません。
そこで、子供の興味を引く授業展開の仕方や発問の仕方など、何が効果的であったのかなどを可視化・定量化することができれば、教科などの専門を超えて教師同士が学び合い、高め合うことができると考えています。
―実際には、どのように子供の学力と教師の指導方法の相関を可視化されているのでしょうか
子供一人ひとりの「学力の伸び」を測定できる埼玉県学力学習状況調査と、戸田市独自のアクティブ・ラーニング指導用ルーブリックを組み合わせて活用しています。
このルーブリックは、市内小・中学校の教師を対象とした「指導方法等に関する質問紙調査」の結果や、100を超える授業実践等に基づいて作成されています。学力調査を用いて、子供たちの学力をより伸ばしている教師を把握し、その教師がルーブリック上でとくに注力している項目を分析できるようにしました。
実際にこの分析を通じて、子供の学力を伸ばすには「授業前に適切な目標や評価規準を設定すること」や「学習意欲を高められるような導入場面を設定すること」がとくに効果的であることがわかりました。こうした分析結果を授業改善に生かしてもらうよう、各学校にフィードバックをしています。また、このルーブリックは各学校における教師の自己評価や他者評価の規準としても日常的に用いられており、授業改善の軸となっています。
現在、知識・理解や技能といった、テストで測れる・認知できるスキルを育成する教材については、AI化が進展しています。例えば、10時間かかるとされていた知識・理解や技能を中心とした学習を、AIを使って7時間で終わらせることができれば、浮いた3時間はPBL型の学習や、個別最適化を目指した学びなどに使うことができます。
とはいえ、決まったアルゴリズムに基づいて問題を出しているだけのAIは、子供の心や感情を読み取りながら、一人ひとりの興味関心に応じた問題などを出すことはまだできていません。つまり、「予定調和」から脱せておらず、知識・理解や技能などを測る個別化はできても、興味関心に基づく最適化まではできていないと思います。
教育現場において重要なのは、子供のちょっとしたしぐさや表情などの非言語を敏感にキャッチして、個人差に応じた最適な問題を出してあげたり、助言したりすること。教師の経験や勘が問われるのは、まさにこういったところです。それができるのが、匠の指導だと考えています。
―教育現場に携わる方々へのメッセージをお願いいたします
大事なのは、教師自らが社会に開かれた存在になること。「自ら課題を見つけ解決していく」というのは、子供たちだけでなく、私たちのような教育現場の関係者にも求められています。
現場のかゆいところに手が届くような体制づくりは、教育行政の役割。戸田市教育委員会では、あくまでも各学校が「自走」するためのサポートとして、ICTに詳しい行政の担当者とその指導実践に優れた指導主事、さらに民間企業等の力を活用し、つねに最適なハード整備や、活用方法の支援ができるようにしています。
学校単独、教育委員会単独でよい取り組みをしていても、理論と実践を融合し、共有できる力がなければ、せっかくのよいデータやさまざまな経験の蓄積が広がっていきません。教師と児童生徒の間はもちろん、教師と教育委員会の間にも信頼関係を築くことが重要なのです。
世界に目を向けると日本のICT教育は後塵を拝しており、緒に就いたばかりだと思います。しかし、「後の者が先になる」という教えもあるように、日本のICT教育は大きなポテンシャルを秘めていると信じています。Society5.0が実現する未来の教室では、さまざまなICT機器が文具のように用いられ、AIを活用して教室が科学されていると確信しています。これからも、まずは自分が社会に開かれた存在となり、ワクワク感を持って教育に向き合っていくことが重要なのではないでしょうか。
(注記のない写真は今井康一撮影)