過酷すぎる教員を目指す人が減っている
教員が足りない。そんな話を聞いたことがないだろうか。近年、教員採用試験の倍率低下が注目されている。公立小学校の場合、2000年ごろは10倍前後だったが、ここ3年ほどは3倍前後、地域によっては1.2倍ということも。2019年には全国の公立小中学校で配置する予定だった教員が配置できない事態が1241件も起こっている。
第2次ベビーブームに合わせて大量採用された教員が退職時期を迎えたことで、採用枠は増加している。しかし、採用試験の受験者数は減っているため、倍率は低下しているというわけだ。ではなぜ受験者数は減っているのか。
さまざまな要因が考えられるが、教員は過酷だという認識が広がったことも大きいと見られている。教員不足の穴を埋めるため、教員はさらに多忙になるという悪循環が生まれている。実際、文部科学省の「教員勤務実態調査」(平成28年度)のデータによると、週55時間以上働いている教員の割合は、小学校で57.8%、中学校では74.2%に上る。自宅への持ち帰りも含めると、こうした教員は過労死ラインを超えて働いていることになる。
この状況に国も手をこまねいているわけではない。教員の働き方に関する中央教育審議会の審議を受けて、文部科学省では学校における働き方改革を進めている。
著書『教師崩壊』で教員を取り巻く危機的状況を伝える教育研究家で学校や教育委員会のコンサルタントを務める妹尾昌俊さんは、教員の働き方改革についてこう話す。
「授業だけでなく給食や学校行事、清掃や休み時間、さらには登下校の対応など、教員は膨大な仕事をワンオペで行っている状態。これでは授業準備や情報のインプットに時間をあてることができません。中教審では教員の業務を仕分けし、減らすことに言及しています。例えば、部活動は意義は大きいけれど、必ずしも教員が担わなくてもよいとしています。学校の忙しさは保護者や社会の期待の裏返しともいえますが、無理をさせすぎていたと社会全体で振り返る必要があると思います」
子どもの力を伸ばすICTの使い方とは?
教員の働き方とともに、学校教育の大きな変化として注目されているのが、今年の4月から導入が始まった新学習指導要領だ。
「新学習指導要領では子どもたちの生きる力や問題解決能力を育むことが挙げられていますが、1990年代から言われていたことと土台は変わっていません。今回の改訂では、AIの台頭やICTの普及という社会の変化をより意識した内容になっています。しかし、ICTはあくまでもツールで、重視すべきは授業内容。ICTを使っても使わなくても、子どもの思考力等を問う授業を行えているかどうかが重要です」
しかし、コロナ禍によって想定外の事態が次々と起こり、教育現場でも社会全体でも新学習指導要領が目指す「問題解決能力」を、学校や教員が試されたと妹尾さんは指摘する。
「休校中、ドリルや穴埋め問題などの宿題を大量に出した先生や学校も多いようです。学校再開後も、教科書を終えなければと子どもとの対話や考える時間をはしょっている事例も耳にします。これでは子どもの思考力や探究心、クリエーティビティーを耕すことはできません。プリント学習が必ずしも悪いわけではありませんし、基礎的な学力を身に付けることも大切ですが、みんな同じの一律の宿題を出すよりも個に応じた学習を進めたり、対面での授業では協働して探究的なプロジェクトを進めたりする時間ももっと必要ではないでしょうか」
もちろん、コロナ禍ではさまざまな制約があり、できないことも多かったのは事実。しかし、そうした中でも子どもの興味・関心や好奇心を刺激する授業に取り組む事例も見られたという。
「例えば、リモートで、地元の気象台の方に地域の気候と地理について話してもらうという授業を行ったケースがありました。こうした授業はICTがなければできないわけではありません。ある中学の国語の先生は『感染症について過去の歴史など関連する本を読み、自分で情報を調べてまとめよう』という宿題を出していました。ちょっと難しい内容ですが、自分で情報を収集し、さまざまな情報を比較する能力が身に付きます。これなら、コンピューターがなくてもできますよね」
子どもが自分で問題を発見し、探究する。こうした思考力やクリエーティビティーを育む授業を行えるようにするにはどうすればいいのだろうか。
「やはり、先生自身が視野を広げ、新たな学びを続けることが重要なのではないでしょうか。今の先生は多忙なので、異分野の人と会ったり、本を読んだりといったインプットの時間が乏しい人もいます。より正確に申し上げると、二極化していることが私が実施した教員アンケートでも示唆されています。ICTの活用は必要なことですが、ICTを導入しても授業の内容や先生自身がアップデートされていないと、『活動あっても学びなし』という結果になりかねません」
ICT活用はあくまでもツール。新学習指導要領で目指す子どもたちの能力を育むには、働き方改革をはじめとした、教員の時間を生み出す動きが欠かせないといえるだろう。
カギは教員の負担を増やさないICT導入
ツールとしてのICTの導入や環境整備を支援するGIGAスクール構想。そこに妹尾さんはどんな期待を寄せているのだろうか。
「公立だけではなく私立でも、まだまだICT環境が整っているとは言えないところも多いです。1人1台なら日常的に使えるようになりますし、高速で安定したネット環境があればできることも広がります。ICTのよさは選択肢が広がること。一人ひとりの好奇心を膨らませていくような学習にICTを導入するといいのではないでしょうか」
一方で、注意すべき点についてもこう指摘する。
「ある学校ではYouTubeさえ見られないなど、問題が起こるのを恐れるあまり、教育委員会や学校が過度に制限してしまっているという話をよく聞きます。そんな状態では、子どもたちもできることが限られてしまいます。また、1人1台用意するとなると、設定やトラブルシューティング、生徒や保護者からの質問といった課題が生まれます。これらをすべて先生が対応するとなると、ただでさえ多忙な先生の負担がさらに増してしまいます。ICT支援員を配置するところもありますが、たまにしか学校におらず、問題解決まで時間がかかると、子どもたちはICTを使わなくなってしまうでしょう。GIGAスクール構想を進めるのであれば、気軽に相談できる支援員等を校内に配置するのが理想でしょう。そうすれば、先生は授業準備等に注力できるようになります」
すでにICTを導入している学校の中には校務システムや出退勤に活用するなど、働き方改革につながるような動きも見られる。
「GIGAスクール構想を進めて生徒1人1台端末を整備することとは別に、ICTによる校務支援はやっていくべきでしょうね。ICTの導入は、運用の仕方次第で先生の負担を増やすリスクもありますが、メリットもたくさんあります。例えば、宿題も個々の習熟度や弱点に応じたものを課せるし、自動採点も可能です。一人ひとりの学習の進捗状況をモニタリングしやすくなります。評価もテスト一発勝負みたいなものではなく、日ごろの学習履歴などを活用して、丁寧なフィードバックをしていけるようになります。ICTの導入で先生の多忙が一気に解消するわけではありませんが、時間を有効に使えるようになるのではないでしょうか」
これまで教員の熱意と責任感、そして残業を前提とした働き方に頼ることで高水準を保ってきた日本の学校教育。ICTが浸透し、社会が大きく変化する今こそ、社会全体が学校教育のあり方についてもう一度考えるべき時期に来ているのではないだろうか。
妹尾昌俊
野村総合研究所を経て2016年に独立。中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員などを歴任。『教師崩壊 先生の数が足りない、質も危ない』(PHP新書)、『学校をおもしろくする思考法』(学事出版)など著書多数。5人の子の父でもある。
(写真:iStock)