任意加入制に移行したところ、加入率は50%に
「きっかけは、2022年3月、保護者から届いた一通の退会届でした」(石曾根氏、以下同)
長野県松本市にある明善小学校のPTAは、子どもが入学したら自動的に入会する仕組みだった。PTA本部の下に学年部、厚生部、広報部、施設部、支部活動部と5つの部会があり、半強制的に参加が強いられてきた前例踏襲型の組織だったという。
2021年度に同校PTAの副会長、2022年度からPTA会長になった石曾根氏は、退会届が届いた背景には「PTA活動に負担を感じている保護者が少なくない」「委員がなかなか決まらない」など、組織のあり方や運営方法に課題があると判断し、PTA活動の縮小を提案。校長、本部役員と議論を重ね、5つの部会を4つに減らし、PTA会費も年3000円から2500円に値下げした。
石曾根氏は2023年度もPTA会長をつとめ、全保護者に対し加入・非加入の意思確認を行い、組織のさらなる簡略化を図っていくことを周知した。
「結果、加入率は50%になりました。予想していたよりも低い数字でしたが、非加入を選択した保護者からは、『加入はしないけれども、草刈りなどこれまでPTAが担ってきた保護者活動には参加します』という声も多く聞かれました。ちなみに、非加入を選択した理由は、『役員になりたくないから』という声が多かったです」
松本市P連が改革計画に反対…市P連退会、解散を決める
保護者の声を受け、これからのPTAのあり方について、校長、教頭、PTA担当教員、本部役員と何度も話し合いを重ねたという石曾根氏。その回数は7〜8回に及んだという。2023年秋、案がまとまった。
「2024年度からは、『会長、副会長、会計をPTA本部とし、4つの部会は撤廃。本部役員以外の保護者には加入の意思確認はせず、会員・非会員の区別はつけない。PTA活動は、必要に応じて都度ボランティアを募集し、都合がつく保護者に参加してもらう』という運営方法にしていくことになりました」
明善小学校PTAは当時、松本市のPTA連合(以下、松本市P連)に加入していたため、石曾根氏は、2024年度からPTAの形態が変わることを松本市P連に報告した。しかしそこで、意外な反応に困惑したいう。
「当校PTAの改革計画に、反対してきたのです。その理由として、『PTA会員が本部役員だけになることにより市P連への分担金が減り、市P連は減収となる』『市P連で開催する行事や研修などの催しの際、明善小PTAからの協力スタッフが少なくなり、他校とのバランスが取れなくなる』などをあげてきました」
各校PTAの運営を下支えする役割であるはずのPTA連合からのまさかの反対意見に、「松本市P連に加入していること自体に疑問を持ち始めました」という石曾根氏。再度本部役員らと話し合いを重ね、明善小PTAは松本市P連からの退会を決めた。
「自分たちがこれからやろうとしている運営について今一度考えてみると、PTAという組織にこだわる必要もないのではないかと。現在の改革案を踏襲しつつPTAは解散し、保護者ボランティア組織として再スタートを切ることにしました」
小学校の場合、児童の登下校を見守る「旗振り当番」の割り振りをPTAが担っていることが多い。仮にPTA解散の声が上がっても、児童の安全確保のための見守り活動をどうするかで意見が分かれ、解散まで踏み切れないというケースも聞く。
「当校は、校長先生が『子どもたちの安全は子どもたちで守る』という考えで、児童会主体で地区別に高学年の児童が低学年の児童をサポートする活動を行っており、PTAは関わっていませんでした。この点も、解散への後押しの要因の1つだったように思います」
PTAを解散し、保護者ボランティア組織へ
2024年4月。新年度を迎え、石曾根氏は「明善小PTA会長」から「明善小学校保護者ボランティア代表」と肩書きが変わった。新学期に下記の通知を全保護者に配布し、PTA解散を周知した。
「保護者ボランティア組織として、何か新しい名称を考えようという意見も出ました。しかし、名前を付けることで、PTAのように組織的な意味合いを持ち、揺り戻しのリスクもあると考え、あえて名前は付けないことにしました。今後『名前を付けたほうがいい』という意見が再度出始めたら、その時に検討しようと思います」
現在、保護者ボランティア組織の中心メンバーは、代表の石曾根氏以下、副代表は校長を含む4名の保護者。
当然のことながら、会費もないし規約も総会もない。2024年度は、都度参加者を募って
・ ベルマーク集計
・ 体操着リサイクル
・ 運動会前の校庭整備や地下道清掃
を行うのに加え、通年を通して草刈り、草むしり、落ち葉拾いなどを行う予定だという。
ボランティア運営の原資は、これまでPTAで行ってきたアルミ缶回収による売上金を当てる。
解散を決めた時点で、余っていたPTA会費は約120万円。保護者に同意をとったうえで学校と話し合い、体育館の緞帳、ジェットヒーター、移動式スポットクーラーを購入する予定だという。
「PTA解散までの道のりは、決して簡単なものではありませんでした。しかし、時代の変化に対応した組織づくりを実現するためには、必要不可欠な決断だったと考えています。現に、教員不足という課題を抱え、働き方改革を進める学校も、PTAの解散により教職員の負担が減る面もあり、この決断を快く受け入れてくれました」
PTA解散の「メリット」と「デメリット」
石曾根氏に、現時点で感じるPTA解散のメリットとデメリットについて聞いた。
「保護者から『家計が苦しく、PTA会費を支払わずにすむようになってありがたい』『PTA活動のために仕事を休まなければならなかったけれど、自分の都合で参加不参加が決められるため負担感がかなり減った』などの声が聞こえてきます。PTA解散によって、保護者の経済的、精神的負担が軽くなったのはメリットといえると思います。
また、『子育て、家事、仕事を最優先していただきながらできるときにできることを行ってください』と呼びかけつつ、7月の授業参観日の学級懇談会後にベルマーク集計作業の協力を募ったところ、各クラス約半数の保護者が残って作業してくれました。今のところ、困っていることはありません」
石曾根氏は続ける。
「一方で、デメリットとして感じるのは、保護者間の交流が少なくなったことでしょうか。また、松本市P連を退会して他校のPTAとの交流が少なくなり、地域の学校やPTAの情報が入りにくくなったこともあげられます。ただ、松本市P連については、昨年度まで加入していてある程度のネットワークができています。必要な情報はこちらからとりにいけば得られるため、特断の不便はあまり感じていません」
解散して1年目の今は、「ゆっくりと歩みながら、今後をふまえいろいろなことを模索している状態です」という石曾根氏。
地域との連携が、今後の課題
今後の課題は、地域との連携だ。
「PTA解散について、地域の方々からは100%の理解を得られているとは言い切れない状況です。とくに、歴代PTA会長を経験された方々からは、『自分の時代はこうだったのに、なぜこうなったのか』という疑問や反発の声が聞かれることもあります。
コミュニティ・スクールがうまく機能してない現状をふまえ、今後は地域の方々と共に学校が抱える諸問題を共有しながら、子どもたちや学校をどのように支援していけばよいのかを探っていきたいと思います。組織の立て直しには、ある程度の時間がかかります。最適解をすぐに出そうと焦らず、私が代表を退いたあとの体制も含め、長期的な視点で関わっていきたいですね」
明善小PTAの解散が知られるようになり、周辺の学校から問い合わせが増えているという。
「会員の負担感や役員・委員のなり手不足など、抱えている問題は、どのPTAも共通しているように感じます」と、石曾根氏は言う。
少子高齢化や共働き家庭の増加など、社会環境の変化は著しい。従来型のPTA活動が時代に合わなくなっているという声も多く聞かれる。
巷では「PTA不要論」が根強くはびこり、こうした解散の動きも徐々に増えつつあるが、子どもたちの教育環境を維持するためには、学校と保護者との連携や、保護者による学校支援は不可欠だ。
しかし、その役割を果たすのは、必ずしも「PTA」という組織でなくてもよく、「その学校」「その地域」ならではの仕組みがあればよいということだろう。
今後は、「PTA」という枠にとらわれず、地域や学校の実情に合わせた多様な支援の形を模索していくコミュニティが増えていくのではないだろうか。
(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:Ushico / PIXTA)