1年足らずでパソコン1台当たり14人から「1人1台」へ
「19年度までは、パソコンは校内のパソコン室に置かれ、その数も各小学校に20台程度、中学校は40台程度のみ。児童・生徒が使いたい時に使える状態ではなく、学校現場にいた頃から何とかしたいと常々感じていました」と語るのは、練馬区教育委員会指導主事の原僚平氏。それもそのはず、20年春の時点で、練馬区はパソコン1台当たりの児童・生徒数が14人。東京23区中最下位だった(2019年3月/文部科学省調べ)。
そうした現状打破のきっかけとなったのは、GIGAスクール構想と、その前倒しだ。「練馬区はこれまで以上に教育分野に予算をかけ、ICT整備の加速に向け舵を切りました。コロナ禍により、全児童・生徒への端末配備が22年度から20年度までに2年前倒しとなりましたが、『20年度中に区内の全児童・生徒に端末を手に取ってもらうこと』を目標に、補正予算を計上。業者の選定や機器の配備、ガイドラインの策定など、まさに教育委員会総出で準備を進め、目標としていた20年度中に、区内約4万7000人の全児童・生徒に『Chromebook』のタブレット型端末を届けることができました」。
これらに並行し、各校が児童・生徒およびその保護者向けに動画を配信できるようにするための公式動画チャンネルの開設、各校におけるオンライン会議サービス「Zoom」利用許可、各校に2台ずつ教員の練習用に端末を先行配布し基本操作の研修、習熟度別オンライン研修などきめ細かなサポートを行ってきた。
押し付けるのではなく、教員の選択肢を広げる
今年度は、「一人でも多くの先生方のICTを活用した指導力の向上を目指し、各校の教員1名を『ICT活用推進リーダー』とし、年間5回の研修を行う予定です。研修は現場を知るリーダーのニーズに対応する形で行い、学んだことを各校に持ち帰り還元してもらうことで、裾野を広げていければと思います」と語る。
授業実践の好事例がある程度集まった段階で、それらを区内全校に発信していくというが、「目的はあくまでも、『こんな取り組みもあります』と、先生方の選択肢を広げること」。押し付けではなく、現場で役立つ情報提供を重ね、教員が主体的に“引き出し”を増やしていくきっかけをつくるのが狙いだ。
ICT支援員の数も、昨年度の14人から28人に倍増。練馬区には小中学校合わせて97校があり、昨年度、支援員が担当校を訪問できたのは月に4回ほど。通知表の形を整えるなど校務支援が中心であったが、「今年度は週に約2回のペースで訪問できるため、より具体的なICT活用支援につながることが期待できます」
自らも動くことを忘れない原氏。「練馬区の指導主事は私を含め9名いるのですが、分担して各校を訪問してタブレット活用の成果や課題を聞き取ったり、授業見学しながらよい実践は全校に広め、課題があれば改善策を伝えたりするなど、草の根活動を続けていきたいです」と、力強く語る。
教員が共に学び、互いを高めるコミュニティー「GEG Nerima」
教育委員会の「熱」に呼応するように、区内の教員たちも立ち上がり、学び始めている。その中心にいるのが、練馬区立石神井台小学校主任教諭で同校のICT推進リーダーを務める二川佳祐氏だ。
二川氏は21年1月、区内の小中学校の教員が共に学び、情報を交換し、お互いを高めるためのコミュニティー「Google 教育者グループ Nerima(以下、GEG Nerima)」を立ち上げた(21年5月20日現在、全国に57拠点あり、各グループはGEGリーダーにより運営されている)。
ほぼ同時期、教員に続き、保護者同士がオンライン上でGIGAスクール構想について学んだり意見交換を行うコミュニティーが発足。代表は、区内の保護者で小学校のPTA会長を務め、経済産業省に勤務する柴田寛文氏だ。
知人を介して知り合った二川氏と柴田氏。二川氏が「一緒にGoogleのツールを学べる教員仲間を区内で募りたい」と思っていた時に、先立って兵庫県姫路市でGEGを発足し活動していた「GEG Himeji」とつてがあった柴田氏を介して二川氏と「GEG Himeji」がつながり、「GEG Nerima」の発足に至ったという経緯がある。「GEG Nerima」のメンバーは、約50名。
「21年2月に、『GEG Himeji』の先生にも参加してもらいキックオフイベントを開催しました。『GEG Himeji』の活動を知り、練馬区の教員の皆さんもモチベーションが高まったようです。その後は、平日夕方の休憩時間を利用しGoogleスライド、春休みはGoogle ClassroomやGoogle フォームなどについて、オンラインでワークショップを行いました。ICTは、子どもたちのよりよい学びだけでなく、校務の効率化にもつながる便利なものです。勉強不足を隠れみのにして何もしないでいることほど残念なことはありません。まずはやってみる、触ってみる。GEGがそのきっかけの場となるよう、今後も気軽に短時間でできるワークショップやイベントを継続して企画していきたいと思います」
「GEG Nerima」の活動の一環として、学習ソフトの講習を企画した際は、勤務校の校長が区内全校に呼びかけ教員約200名が参加。学校の垣根をこえ、学びの輪が広がっている。
「教育委員会に、現場のことを理解し的確なサポートをしてくださる“顔の見える”指導主事がいるのは非常に心強いと感じています。僕の役割は、自分自身が学びながら区内の教員に学びの場を設け、教員同士をつなぐこと。密に連携を取り、ボトムアップしながら『ICTってやってみると楽しいよね』『便利だよね』といったムードを練馬区全体に広げていきたいですね」
保護者は「まずはICTに関心を持つことから」
教員に続き、保護者もこの流れに追随する。
勤務する経済産業省で「未来の教室」プロジェクトを2年間担当し、ICT教育の重要性を熟知していた柴田氏は、「自分も何かできないだろうか」と考えていた。
「先生方は日々学校でICTと向き合っていますが、保護者はもう一歩遠い世界にいます。先生方が学んでいるのであれば、保護者も学ぼうと。専門知識を勉強するというより、まずは『子どもが家庭に持ち帰った端末をどう扱う?』など、保護者同士で不安や悩みを共有しながらオンラインでワイワイできる場を作ろうと思いました」
21年2月に開催したイベントには、区内の保護者約50名が参加。「タブレット1人1台の心配をポジティブに出し合う」というテーマで、それぞれの悩みや不安、意見をGoogle Jamboardに貼り付けて共有したり、ブレイクアウトルームに分かれて議論したりしたという。
「今後もテーマを変えながら、月に1度のペースで継続的に開催していく予定です。勤務先で『未来の教室』プロジェクトに携わっていた時、教育現場の新しいムーブメントは、教育委員会、二川先生のような現場のリーダー、それをサポートする校長先生(学校)の連携が取れているとうまく進む傾向にあることを実感しました。練馬区のICT教育は、ハード面もソフト面も、その環境が整いつつある。僕たち保護者がまずできることは、1人1台端末が行き届いた現状を正しく理解し、関心を持つこと。会を通じて保護者同士もつながり、さまざまな意見を共有していきたいと思います」
教育委員会、教員、保護者が三位一体となって走り出した練馬区のICT教育。今後の展開に目が離せない。
(文:長島ともこ、注記のない写真はiStock)