追い詰められている子ほど、つらい気持ちを言葉にできない
現在、全国74校の中学校・高等学校で採用されているRAMPS(Risk Assessment of Mental Physical Status:ランプス)。情報端末を通じて得られた質問への回答から精神不調や自殺リスクを評価して可視化し、必要なケアや支援に役立てるクラウドシステムだ。ウェブ上で利用できるスクリーニング・アセスメント・ツールなので、どの学校の情報端末でも使える。
開発者の北川裕子氏は、RAMPSを開発した理由について次のように語る。
「死にたいと考えるくらい追い詰められている子ほど、つらい気持ちを言葉にしたり、助けてというサインを発信したりできずにいます。周りの大人も様子がおかしいと思っても、どこまで踏み込んでいいのかためらいがちです。そういう中で子どもたちのSOSが見過ごされ、自死という手段で命が奪われている現状があると思いました。だから子どもにとっては言いたいことを助け、大人にとっては聞くことを助けるツールが必要だと考えたのです」
北川氏は、大学院時代の2015年に、指導教授の佐々木司氏の下でRAMPSの共同研究を開始。いくつかの学校の協力を得て試験実施をし、養護教諭や生徒たちに意見をもらいながら改良を進めていった。
そして18年から本格的な運用を始め、新潟県を皮切りに、長野県、神奈川県清川村など自治体での導入が拡大。一部の学校でRAMPSを活用していた東京都も、22年度内より順次、導入校を拡大する予定だ。システムの利用料として諸経費と生徒1人当たり年間200円がかかるが、学校が独自の判断で導入することもある。
RAMPSを利用する場所は主に保健室で、「こころとからだの健康アンケート」として実施しているが、健康診断やリモートでの実施など活用シーンは広がっている。
「コロナ禍での臨時休校の際に、ある学校からリモートでRAMPSによる精神不調スクリーニングを実施したいというお申し出がありました。また、健康診断で心に関する検査項目として使いたい、不登校の生徒へアプローチするきっかけにしたいなどのご要望も自治体などから寄せられました。こうしたニーズから、今は導入校の実情に応じて、保健室、一斉健診、個別健診といった3つの方法を自由に組み合わせてご利用いただけるようにしています」
あえて聞くことは「話してもいい」というメッセージになる
「一人でも見過ごさないために」という思いで研究開発してきたというRAMPS。設計の随所に、試験実施校や導入校での生徒や教員の声を反映させてきた。
例えば、情報端末上で行う1次検査の質問11項目は、「医療機関で幅広く使われている科学的根拠のある質問項目から、10代で起こりがちな精神不調やいじめなどの学校問題に関連するものを絞り、構成した」(北川氏)が、言葉遣いは子どもたちが理解しやすい形に調整した。
また、原則として1画面につき1つの質問を表示し、すぐに次の質問画面に移行できるようにしている。学校で行われる紙のアンケート調査は、誰かに見られるかもしれないので「答えにくい」と話す生徒が多かったからだ。いじめなどのデリケートな項目は、選択肢を小さめに表示するなどの配慮もした。
「はい」「いいえ」では答えられないようなつらい気持ちの度合いなどについては、「まったくつらくない」から「ものすごくつらい」までを、画面に配置されたスライダーを動かすことで、直感的に0〜100の割合で示せるようデザインした。
養護教諭の声を反映し、回答に要した時間を項目ごとに計測・記録できる機能も実装。即答の「はい」なのか、迷ったうえでの「はい」なのか、心の揺らぎを察知するためだ。「時間の計測はデジタルだからこそできること」だと北川氏は言う。
こうした1次検査の回答を基に、面接でより詳しく質問する2次検査を行うと、自殺リスクが4段階で評価される。「自殺リスク高度」に該当するレベル4の場合には、校内でRAMPSの運用に携わる関係者にアラートが自動発信される。「この機能はコロナ禍で実装しました。自殺リスクが高まっていた時期でしたので、検査を行った教員を孤立させないよう、そして学校全体で生徒たちを見守ることができるようにしたのです」と、北川氏は説明する。
保健室でRAMPSの入力を勧められて拒否する生徒はほとんどおらず、しかも大抵は正直に回答してくれるそうだ。コロナ禍の臨時休校中にリモートで全校生徒に1次検査を行った学校では、問題がないと評価された中学1年生の生徒が学校再開後、担任に「在宅時は生きていても仕方ないと思ったことはないと答えたけど、実はあります」と打ち明けてきたケースもあったという。RAMPSは心の内を開示するきっかけをつくるようだ。
北川氏自身も、RAMPSの2次検査を手伝ったときに驚いたことがある。一見すると元気そうな中学生男子が「死にたいと思ったことがあるし、死のうと計画したこともある」と話してくれた。
「繊細な質問に答えてくれたのはどうしてかと尋ねてみたら、キョトンとした顔で『これまで聞かれなかったから言えなかったし、聞かれない限り自分からは言えない』と答えてくれました。学校関係者の中には『自殺について質問するなんてリスクを高めるだけだ』と心配する方もいますが、ストレートに聞くことは、子どもたちにとっては『話してもいいんだよ』というメッセージになるのです」
実際、RAMPSを導入した学校では、まったく問題がないと思っていた生徒や、何となく心配だと思っていた生徒の自殺リスクや精神不調の見過ごしを防げたケースが「想像していたよりもずっと多くある」と北川氏は言う。
とくに回答結果が可視化される効果は大きい。養護教諭が担任や校長、保護者などの関係者に状況を説明しやすくなった、危機感の理解・共有が円滑になり校内外の支援につなぐことができた、精神科などを受診する際に状態を医師に説明する手助けになったなど、さまざまな成果を得ている。
そのほか、RAMPSの回答を機に詳しく話を聞く中で、いじめやSNSでのトラブルなどが明らかになり、対応につながった例も少なくないという。RAMPS導入校の養護教諭からは、RAMPSを毎日使ううちに「自殺予防や精神疾患の早期発見にどういう視点を持てばよいかわかるようになった」「自殺予告を受けて駆けつけるといった緊急時でも、適切な声かけができるようになった」という声も寄せられている。
ちなみにRAMPSの仕組みは、大人のアセスメントにも転用が可能だという。現に企業や教育委員会からの問い合わせは多く、ある教育委員会では教職員のメンタルヘルス対策に向けて、まずは現状のRAMPSで試験的に使い始めたところだ。
この3年間は「アラートの発出頻度」が増加傾向
しかし、導入校が増えて成果が出ているとはいえ、RAMPSにできるのは精神不調や自殺リスクを察知するところまでだ。その先の対応策がしっかり整っていなければ活用は難しい。だから、4段階のリスク評価に応じたトリアージの決定や模擬訓練など、対応に当たっての十分な体制が確立されていることを導入条件としているという。
北川氏は好事例として長野県を挙げる。同県では「子どもの自殺危機対応チーム」を独自に設置している。県・教育委員会の職員だけではなく、弁護士、精神科医、公認心理師・臨床心理士、精神保健福祉士、NPO法人など外部の専門家と学校がチームとなって、「自殺リスクを抱えた子ども」に対して教職員が適切に支援できるよう、学校をサポートしている。この体制の中で、RAMPSを活用している。
「やはりリスク察知後の支援が最も重要です。長野県のような先進的な取り組みを参考に、各自治体が地域資源を活用し、地域全体で子どもたちを見守る体制が整備されることを願っています」と北川氏は言う。
文科省の「令和3年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」では、小・中・高等学校から報告のあった自殺した児童生徒数は368人と、前年度の415人を下回ったものの高止まりの状態で、増加傾向が続く。RAMPSのデータからも、子どもたちの危機的な状況が確認されているという。
「コロナ禍以前のある年の中高生は、『絶望的な気持ちになりますか』などのうつ症状に関連する質問に『はい』と回答した子が約6割、『生きていても仕方がない』『これまで自分で自分を傷つけたことがある』などの希死念慮や自殺企図に関する質問に『はい』と回答した子が約2割いました。さらに2020年からこの3年間では、アラートの発出頻度が増加傾向にあります。コロナ禍以降のデータについては解析中のため精査が必要ですが、精神不調や自殺リスクを抱える子は、大人が想像するよりも増えている印象です」
政府の新たな「自殺総合対策大綱」では、子ども・若者の自殺対策は重点施策の1つとなっており、児童生徒の精神不調などの早期発見や自殺の実態解明にITツールを活用することにも触れられている。先駆けて学校現場に導入されているRAMPSの今後について、北川氏は、こう語る。
「蓄積されたデータの解析を急ぎ、研修もさらに充実させ、子どもたちの命を守る取り組みのためにRAMPSをよりいっそう役立てていきたいと考えています」
(文:田中弘美、写真:北川裕子氏提供)