文部科学省が2021年10月に公表した「令和2年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要」によると、20年度の小・中学校、高等学校および特別支援学校におけるいじめの認知件数は51万7163件だった。14年度以降、認知件数の増加が続いており19年度は61万2496件と過去最多となったが、20年度は前年比でマイナス9万5333件と15.6%減少した。
今年、東京・町田市の小学6年生や北海道・旭川市の中学2年生がいじめを訴えて自殺をした問題では、学校や教育委員会の対応に多くの批判が集まった。いじめ防止対策推進法第28条では、こうした「いじめによって児童などの生命、心身または財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき、また相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき」を重大事態と定義している。この重大事態の件数も、20年度は昨年の723件から514件に減少している。
この認知件数をどう見るか。もともと「認知」とあるとおり、これはいじめの発生件数ではない。あくまで学校側が認知している件数であり、近年の認知件数の増加は学校がいじめを見逃さないよう積極的になっている姿勢の表れだと文科省は見ている。
では、00年度から増加を続けてきたいじめの認知件数が、なぜ20年度は減少に転じたのか。そこには全国一斉休校など、新型コロナウイルス感染症拡大の影響があるとみられる。
コロナ禍を受けて、子どもの「いじめ」はどう変化したか
これについて、いじめ問題解決に向けた提言活動を行う評論家で、NPO法人「ストップいじめ!ナビ」の代表理事を務める荻上チキ氏は次のように語る。
「コロナ禍の影響は当然あるでしょう。子ども同士のコンタクトの機会が減ったほか、集団行動のイベントが中止になったことも一因です。運動会や文化祭などは、『クラスの連携を強める』と語られがちな一方で、同調圧力と凝集性を高め、いじめを増やすイベントにもなりえます。つまり、ストレス発散イベントという側面だけでなく、ストレス蓄積イベントという側面があることも指摘されていました」
普段なら問題ないような振る舞いでも、イベントの際には輪を乱す行為とみられ、「サボッている」「協力しない」などという非難の的になることがある。そのためいじめは学校行事が多い2学期に増えやすく、反対に行事の少ない3学期には減る傾向にあるという。
友達と会う機会が減ったり、行動様式が変化したり。こうしたコロナ禍のストレスから、2020年度にはいじめが増えることも懸念されていた。だが実際には、学校行事というストレス蓄積の「機会」が減ったことで、いじめ認知件数は減少したとみられる。ただしこれはあくまで認知された件数にすぎない。報告が遅れているいじめがある可能性もあるため、注意深く見る必要があると荻上氏は強調する。
「いじめの認知件数は氷山の一角にすぎません。コロナ禍で接触が減っているのは教員も同様で、そもそも発見の機会自体が減っている可能性があります。国の認知件数からは、得られる知見は少ないのです」
いじめはなぜ起こるのか。荻上氏は、いじめを「ストレス発散の1つとして行われるもの」だと話す。クラスや部活動など、簡単に逃げられない関係・環境下で継続的に行われ、ストレスが上昇して解消する代替手段がないときに、軽度なものから始まって徐々にエスカレートしていく。
ただ、13年にいじめ防止対策推進法が施行され、いじめ対策のルールがいわゆる「フォーマット化」された。いじめに関する行動計画を各学校に任せるのではなく、そのやり方を法で定めようというわけだ。文科省の調査では15年度からいじめ認知件数の増加が加速しているが、これは法整備によっていじめに対する認識が改まり、発見される件数が増えたことを示している。
「いじめ防止対策推進法第22条では、平常時から外部と連携したいじめ対策の組織を置くことが定められ、担任教員が1人でいじめ問題を抱え込むことが禁止されました。また第28条では、いじめが疑われる『重大事態』が発生した際、速やかに調査を行う組織委員会を立ち上げることが義務づけられています。従来は、いじめが発生すると、被害者や加害者の成育過程など個人のことばかりが取り沙汰されてきましたが、これにより、この22条委員会と28条委員会がどう機能したかということを客観的に検証することができるようになりました」
いじめ事件はその痛ましさからセンセーショナルに報道されるが、メディアも世間も、喉元を過ぎればその熱さを忘れてしまう。また、過熱報道で、いじめの被害者や加害者個人の情報を掘り下げることは、いじめの理由を認めることにつながりかねない。なぜ、その教室でいじめが起きたのか。複合的な環境要因を理解しなければ、再発防止にも生かせないだろう。
荻上氏は、いじめ問題がとかく感情論や精神論、個人の憶測で語られがちなことへの危惧から「意図的かつシステマチックな対策が機能していたかを見るべきだ」と強調する。そのためには、まず論点のブレやすい感情論を排除し、いじめが発見された後、校長や教育委員会に速やかに共有されたのか、22条委員会や28条委員会がどのタイミングで組織されたのか、きちんと機能したのかを検証することが重要だという。
いじめが起きやすい教室、起きにくい教室の決定的な差
では、いじめを減らすにはどうすればいいのだろう。いじめはどのような環境で起きやすく、どんな取り組みで防ぐことができるのか。
「研究の根拠が手堅いとされる対策の1つが、スーパービジョンと呼ばれるもの。つまりは物理的な見守りですね。教員が子どもたちの状況をよく見られる体制を強化し、かといって限定的な監視と受け取られないよう、子どもたちとの間に信頼関係を築くことです」と荻上氏は話す。
子どもはしばしば、すべての教師をいじめ解決の役に立たない存在だと思ってしまうという。実際には、7割近いいじめが相談によって改善しているというデータもあるが、教員への信頼がなく相談につながらなければ、いじめは発見されないまま。「相談の割合を上げること、目撃者による通報などの手段も活用すること、学校の外部への相談を可能にすること、友人間でのサポート手段も拡充すること。いじめのエスカレートを防ぐためにも、早期発見の議論はとても重要です」
また、単純に介入の頻度が増えるだけで、改善の度合いもさらに上がることがわかっている。こうしたこまやかな観察眼だけでなく、教員がどのような「教室の集団規範」を示すかもポイントだ。
「悪いことをした子どもにただ罰を与える担任のクラスでは、いじめが起こりやすくなります。ペナルティーのある監視環境では教員の存在自体もストレス要因になるし、理由があれば他者を攻撃していいという誤ったメッセージを示してしまうからです」
子どもたちがフェアな大人だと判断した担任のクラスでは、教員のいないところでもいじめが起きにくい。「先生を裏切りたくない、がっかりされたくない」という思いから、子どもたち自身の行動が変わるのだ。
教員も保護者も、大人の学びなくしていじめはなくならない
荻上氏はまた、とくにいじめが起きやすい場所やタイミングにも注意が必要だと続ける。
「中学校に上がると、教員の目が届きにくい部活動やインターネット上でのいじめが急増し、いじめの『ホットスポット(危険地点)』になります。また学校行事や夏休み明けなど、とくにいじめが増える時期もあります。部活指導やネット利用については個別の対策が必要ですし、吃音や性的マイノリティーなど、いじめにおいてハイリスクな特性のある人への理解を深めることも欠かせません」
あらかじめ、周囲の大人がいじめの特徴を理解しておくことが大切ということだ。その意味でも、教員が担う役割はやはり大きいといえるだろう。さらに荻上氏は、教員の多忙もいじめの発生要因の1つだと指摘する。
「日本の教育現場では、改革の名の下に教員の仕事が増えるばかりです。コロナ禍でも、教室の消毒やオンライン授業の準備など、やることがさらに増えたケースもあるでしょう。海外では、教員への指導を含めたさまざまないじめ防止プログラムが導入され、効果を上げています。でも日本の先生たちには、こうしたトレーニングを受ける時間もありません」
教員だけでの対応が難しければ、スクールソーシャルワーカーやスクールカウンセラー、また保護者などが参画し、いじめ対応の知識やスキルを向上させる方法もある。効果が実証されているこれらの取り組みを、1つずつ試しながら導入していくのが現実的だと荻上氏は話す。その中には保護者ができることも多いという。
「いじめの被害者・加害者の親が対立するのではなく、目撃者も含めて、それぞれが協力して『チーム子育て』を結成できれば、いちばんいい。子どもが保育園や幼稚園にいた頃は保護者同士も担任も密に連携していたはずですが、小学校に上がると急にその関係がなくなってしまいます」
感情の面からなかなか実現が難しいこともあるかもしれないが、本来は保護者同士も一丸となって取り組むことが理想だという。とくに保護者がいじめの早期発見で果たす役割は大きい。また、自分の子どもを加害者にしないためには、家庭でのストレスを減らすことも重要だ。
「保護者とはいえ、技術的なメンタルケアができるわけではありません。保護者ができることは、まずどんな選択肢があるかを学び、いじめの対策チームなど専門的な知識を持つ組織に子どもをつなげること。そして、わが子が加害者であろうと被害者であろうと、共に安心して成長と生活ができる場所があるのだと伝え続けること。身近な人間だからこそできることというのは、決して小さなものではないのです」
保護者が日頃から愛情を持って見守ればこそ、「いつもとちょっと違うな」と、子どもの異変にも気づくことができる。日常のこうした姿勢が、いじめによる自殺という最悪の事態を回避することにもつながっていくだろう。
大人の社会でも悪質ないじめが問題になるほどに、いじめはなかなかなくならない。だからこそ、まずはいじめによるダメージを最小限にするための早期発見と、スピーディーな初期対応が大切だ。こうした取り組みに、その後の検証も含めたサイクルをつくることが、同様のいじめを防ぐ備えにもなる。
(文:鈴木絢子、注記のない写真:PIXTA)