部活動の地域移行、背景は少子化と教員の働き方改革
2022年6月、スポーツ庁の有識者会議は、公立中学校の運動部における休日の活動から地域など外部に移行することを提言した。運動部の活動を地域が担う方向へ変えていこうというものだ。
その背景には大きく2つの問題がある。少子化と教員の働き方改革だ。少子化が進んだ結果、野球やサッカーなどの競技では生徒数が不足してチームを組めず、1校単独では部活動が成り立たなくなるケースが出てきている。地方ではとくにそうした傾向が強い。少子化が今後さらに進めば、この傾向もますます顕著になるはずだ。
一方、ただでさえ長いとされる教員の労働時間の大きな要因として挙げられるのが部活動だ。平日は放課後、ときには夜まで部活動の指導をし、土日や休日には試合や大会などへの引率をしなければならないこともある。現在は愛知県一宮市立小学校の教員で、過去に中学校教員として勤務していた加藤豊裕氏が実情を話す。
「大学卒業後最初に着任した中学校ではハンドボール部の顧問をしました。以後、異動しながら合計11年間運動部の顧問をし、その後に2年間文化部の顧問をしました。最初の頃は、顧問の任命が単なる『お願い』なのか業務命令なのかも認識できておらず、当たり前のことだと思っていました。しかし、あまりの忙しさにだんだんと嫌気が差してきて、今から約6年前、校長に顧問を拒否すると伝えました」
以来、部活動との関わりを持っていない加藤氏は、部活動問題の解決を目指す団体「全国部活動問題エンパワメント(PEACH:Passionate Empowerment Against Club Harassment)」を設立して代表を務め、愛知県では部活動問題に特化した教職員組合「愛知部活動問題レジスタンス(IRIS)」も設立している。
加藤氏は部活の地域移行に関しては、基本的に賛成の立場だ。「現状のように、教員に過剰な負担を強いながら報酬も払わない部活動なら、学校から切り離すべきだと考えます。部活動が学校教育の一環だというのなら、原則として時間外勤務が生じないように、活動は週に1~2回、それも1回1時間程度にして、土日は活動しないという本来の姿に戻すべきです。そうでないなら、時間外勤務の命令はそもそも給特法に違反しており、そして違法な命令は無効ですから、従う義務も発生しません」
では報酬の問題が解決できれば、今のままでもよいのか。
加藤氏は「現実的に継続はほぼ不可能です」と語る。「教員の勤務時間は7時間45分と定められています。しかし学習指導要領が肥大化した現在、正規の仕事をこなすだけでその時間を超えてしまうのです。そこに部活動を入れる時間的余地はありません。教員の数を現状の約2倍に増やせば可能かもしれませんが、この国は教育にお金をかけたがりませんから、実際には無理な話でしょう」
部活動が地域移行すると「学校に通う楽しみ」が失われる?
一方で、部活動は学校教育の一環だからこそ意味があると考え、地域移行に反対している人も多くいる。トレーニングコーチとして現在20校以上の部活動に関わっている塩多雅矢氏も、その一人だ。
「私が見ている中学や高校の運動部は、決して強豪校というわけではありません。先生方が私に指導を依頼するのは強いチームにするためではなく、あくまでも生徒の人間的な成長を望んでのことです。正しいトレーニング方法を通して、うまくなりたいけれどつまづいている子に少しでもヒントを与えて自分で乗り越える機会を与えたいのです。この発想は、学校教育の一環だから出てくるものだと思います」
塩多氏自身、中高生の頃は部活動を楽しみに学校に通っていた面もあったという。少なくとも、部活動が学校生活を成立させる大事なピースになっていたのは確かだ。
「今だって、部活動に楽しさややりがいを感じて学校に通っている子どもは大勢いるはずです。『この部に入りたいから』という理由で学校を選ぶ子もいれば、部活動が学校の魅力や特色の1つになっているケースもあります。地域移行は子どもたちにとって、学校に通う楽しみを失うことにならないでしょうか」
塩多氏が抱く懸念はほかにもある。1つは、月謝によって保護者の負担が増したり、家庭の経済状況によって加入できる・できないの差が出てしまうこと。もう1つは、勝利至上主義の運営になりかねないことだ。
あるとき塩多氏が関わっていた学校の部活動で、元プロ選手をコーチに招いたことがあった。するとそのコーチは「勝つために人数を絞ってやりましょう」と提案したという。それに顧問を務める教員は「私たちはこの部の生徒全員でやりたいのです」と猛反対した。部活動が学校教育から完全に切り離されてしまえば、チームワークや課題解決力、心身の健康の向上などの目的から外れて勝利至上主義一辺倒の体制にもなりかねない。
もちろん塩多氏も、教員があまりに忙しすぎることは重々承知しており、部活動の指導に報酬が出ない点にも疑問を感じている。一方で、教員の働き方改革については部活動のほかにも手をつけるべきことがあるのではと指摘する。「先生方の話を聞いたり実態を見たりしていると、とにかく会議が多すぎます。ペーパーレス化も進んでいません。コロナ禍でリモート化が進んだのですから、会議もオンラインや録画機能を活用して効率化を図ることも必要ではないでしょうか」(塩多氏)。
それに対して前述の加藤氏は、「部活動以外の業務も改革すべきという意見はそのとおりです。しかし、多忙化の原因が部活動にあることは紛れもない事実。部活動を手放せば、教員の多忙化問題も一気に解決するでしょう」と語る。確かに、教員の業務のうち部活動が占める割合は大きく、ここが解消されることで教員の働き方に相当の影響があることは間違いない。
柔軟な「シフト制」や部活動の「選択制」は不可能?
塩多氏は、部活動問題の全体を通して「ゼロか100で考える必要はないのではないか」という意見を持つ。顧問が部活動を指導する場合、教員にはその競技を指導できるだけの知識と技量があることが望ましい。しかし現実には、担当競技の経験がない教員が顧問を務めるケースが多くある。当然これでは、指導するほうもされるほうも不満がたまりかねない。
そこで塩多氏が提案するのが、教員自身が担当したい部活動を選択する制度と、部活動の顧問をしている教員が出勤時間を遅らせるというシフト制だ。部活動に積極的に関わりたい教員だけが、しかも自分が関わりたい部活動を選択し、さらに部活動がある教員は出勤時間を遅らせて長時間労働を是正する。部活動を学校活動に組み込んだうえで、教員をシフト制にするということだ。
「仮に公立学校の部活動を地域移行したら、部活動を存続させる私立に人気が偏る可能性もあると思います。多くの学校がよしとする『文武両道』の『武』はどこにいってしまうのでしょう。柔軟性と選択肢を持つ方向では動けないのでしょうか」(塩多氏)
しかし、加藤氏の考え方は違う。
「部活動をやりたいのならやらせればいい、という議論は乱暴です。公教育としてきちんと環境や制度を整備し、公の責任を明確にしなければいけません。やりたいから勤務時間を無視しても構わないというのであれば、それは学校教育ではなく私的な教育活動にすぎません。公の活動を個人の善意に頼るのもおかしな話です。仮に部活動が代替の利かない活動であるならば、時間内にしっかり組み入れたうえで報酬も支払うべき。ですが、例えばパソコン部の生徒と、野球部の生徒とが教育的に得られるものははたして同じでしょうか? もし同じだというのなら、ずっと野球部の顧問をしてきた先生であっても、喜んでパソコン部に配属されるべきはずです。とはいえ生徒も、素人の顧問より専門知識がある先生に教えてもらいたいでしょう。こう考えると、きっと部活動でしかできないことなどは存在せず、本来それは教育課程の中で行われるべきことなのです。部活動に任せてきた役割を、生徒会などの学校活動が取り戻していけばよい話だと思います」
部活動を志望する未来・現役の貴重な教員人材を失う
実際、教員不足やなり手不足の深刻化もあって、シフト制などを実現するには解決しなければならない問題が多くある。周囲の学校との「公平性」を重視する傾向も、新しい施策を取り入れる足かせとなる。そんな中、塩多氏は地域移行に関してこんな懸念も明かす。
「私は、部活動がやりたくて教員を志望する学生をたくさん知っています。志やエネルギーのある学生は、部活動の地域移行が決まれば教員を諦めてしまうかもしれません。さらには今、部活動に積極的に関わっているエネルギーある先生方でさえ教員をやめてしまうかもしれない。子どもの教育において優秀な人材を失うリスクがあります。それに顧問の教員は、担任や教科担当とは違う立場から生徒を見ることができる特殊な立場にいます。生徒指導が顧問に任されることもありますし、授業中とは異なる生徒の一面を知っているという意味でも、子どもの成長や進路といった教育的側面では貴重な存在です」
加藤氏も、部活動を地域移行しても「問題が根本解決はしないことは明確」と悲観的だ。
「スポーツ庁などは、2023年度から『改革集中期間』としていた部活動の地域移行のガイドラインを『改革推進期間』と変更します。私は、これは事実上の取り下げだと思っています。そもそも部活動の存在自体が矛盾をはらんでいますから、そのまま地域移行をしても根本的な解決にならないのは最初から明らかです。必要なのは、部活動自体のスリム化でしょう」
部活動の運営状況も地域差が大きいのが実情だ。地域移行となれば、そもそも部活動の受け皿がない地域もある。すでに地域移行を積極的に推進している自治体や学校でも、教員以外が部活動の指導を担うにあたり、多くの課題が浮上している。
もはや現状の部活動に多くの問題があることには異論がないだろう。各地域の実態に合わせた対応が求められるが、その解決手段ははたして部活動の地域移行だけなのだろうか。
最後に加藤氏は、「今日の教育問題のほとんどが、お金をかければどうにかなるものばかり。しかし、この国はどうしても教育にお金をかけようとしません」と訴えた。結局、長年の教育行政の矛盾、教育投資の少なさのつけが回ってきているのだ。根っこを何とかしない限り、仮に部活動の地域移行が進んだとしても問題解決は画餅に帰すのではないか。塩多氏の「学校から切り離された部活動になるのであれば、僕は関わりたくありません」という言葉が胸に残った。
(文:崎谷武彦、編集部 田堂友香子、注記のない写真:尾形文繁撮影)