初めに、「改正著作権法第35条」について触れておこう。改正以前は、教員が児童生徒に渡す教材に著作物(小説・論文・新聞・写真・美術・音楽・映画・コンピュータープログラムなど)を使う場合、著作物の種類や分量にもよるが、基本的に紙であれば著作権者の許諾を得ることなく無償で複製することができた。しかし、インターネット経由で他人の著作物を使用した教材を送る「公衆送信」は、他校との遠隔合同授業などを除き、許諾を得なければならなかった。
ICTを活用した教育が必要な時代であるのに、この法律のままでは一向に教育の情報化は進まない。そこで、2020年4月に改正著作権法第35条が施行されたというわけだ。「学校の授業で必要と認められる限度」かつ「著作権者の利益を不当に害さない範囲」という条件はあるが、インターネット経由でも著作権者に断りなく著作物をコピーしたり送信したりすることができるようになった。
一方で、著作権者の利益も守らなければならない。紙に比べ、オンラインによる著作物の配付は想定を超えた拡散のリスクも大きいからだ。そのため、「授業目的公衆送信補償金制度」が規定された。著作物の利用者は、授業などの目的で公衆送信を行う場合、無許諾で著作物を利用できる代わりに、著作権者に補償金を支払おうとするものだ。
補償金を支払うのは、教育委員会や学校法人といった非営利の教育機関の設置者だ。支払われた補償金は、文化庁長官から指定を受けた管理団体「一般社団法人 授業目的公衆送信補償金等管理協会(SARTRAS/サートラス)」によって、著作権者に分配される。このあたりの法改正や補償金制度のポイントは、前編でまとめているので参考にしてほしい。
実はコロナ禍での著作物利用は特例だった
本来、補償金制度を含む改正著作権法第35条は、21年5月までにスタートする予定だった。ところが、20年の新型コロナウイルス感染拡大の影響によって、学校でのオンライン授業による著作物の公衆送信が必要となったため、20年4月に急きょ改正著作権法第35条が施行された。そして補償金は、著作権者の教育現場への配慮によって20年度に限り無償となった。
それでも「急にお金を払わなければいけなくなるなんておかしい」と思う教育関係者もいるかもしれない。だが、芳賀氏はこう指摘する。
「そもそも他者の著作物をコピーしたり、インターネットで送信受信したりする場合は、著作権者の許諾を得るというのが著作権の基本原則です。その中で、教員や児童生徒が無許諾で著作物を利用できるという著作権法第35条は極めて特殊。この例外規定がなければ本来は違法行為だったのです。
もしかしたら、今までクリエーターの皆さんに、刑事告訴に発展しかねない違法行為を見逃していただいていたことさえあったかもしれません。しかし、今回そうした過去は水に流し、学校で積極的に著作物が活用されるようご理解とご協力をいただいていることをわれわれ教育関係者は理解して、著作者に敬意を表し、著作権を尊重しなければなりません」
先進国の中でも日本は著作権問題への取り組みが遅れているという。「補償金制度はドイツやオーストラリアで実施されています。英国は、補償金ではありませんが、学校と著作権団体が直接ライセンス契約を結び利用料を支払っています。日本は教育にお金をかけないとよくいわれますが、ここでも教育の必要経費を払っていない状況にあると思います」と、芳賀氏は言う。
著作権の原則やこうした背景があまり知られておらず、補償金の話が先行してしまったため、今回の法改正で「制限が増えて厳しくなった」と誤解している人も少なくない。
「著作権法第35条の改正目的は、学校のICT活用促進と教育の質的向上です。そのため、著作物の利用者である学校にとっては、制限が増えたのではなく、無許諾で済むことが増え、ますます合法的で積極的な著作物利用が可能になったのです。つまり、制限が増えたのは著作権者側のほうで、著作権者が権利を行使できる範囲が減ったのです」
「補償金が高い」と言う人もいるというが、「補償金は小学生では1人当たり年間120円。消しゴム1個程度の利用料で、無許諾で著作物を利用できるようになる。もっと高い教材もあることを考えれば、とてもコストパフォーマンスがいい包括的なサブスクリプションですよね」と、芳賀氏は話す。次のような計算もできるという。
「塾などは営利目的なので著作権法第35条に該当しません。そのため、個別に著作権者に許諾を得るか、複製の許諾を代行する公益社団法人日本複製権センター(JRRC)という著作権管理団体から許諾を得るなどします。JRRCの場合、コピー1枚につき4円を支払います。この計算を学校に当てはめてみましょう。例えば児童600人の小学校で1人当たり1日5つのコピーを200日行ったとしたら、年間240万円の支払いが必要になります。一方、今回の補償金の計算では、1人120円なので600人分なら年間7万2000円。こう考えると、公衆送信だけではありますが、激安ではないでしょうか」
運用指針は授業進行や教材作りのヒント集
しかし、補償金を払えば「何でもあり」という話ではない。「著作権意識の低下」が危惧されている。「多くのクリエーターの方が教育のために自身の著作物をたくさん使ってほしいと思ってくれていますが、『何でもあり』の利用になってしまうのではという点に関してはすごく懸念されています」と、芳賀氏は著作権者の気持ちを代弁する。
そのために気をつけたいのは、まずは条文にある「授業のために必要と認められる限度」を守ることだ。基本的には子どもの人数を超えるコピーや、授業に使わない箇所の公衆送信はしないこと。同じく条文記載の「著作権者の利益を不当に害さない範囲」にも配慮し、著作物の売れ行きが低下するような利用にならないよう注意したい。「とくに『授業に必要と認められる限度』を聞かれた際、教員がきちんと説明できることが大事。また、著作物利用の際には出所を明記しておきましょう」と、芳賀氏は話す。
いざオンライン授業を作るうえで参考となるのが、20年12月24日に公表された「改正著作権法第35条運用指針(令和3〈2021〉年度版)」だ。著作権者と利用者である教育関係者、そして有識者が長期間にわたり話し合って作成した指針である。どの程度の利用が第35条の範囲内かという共通理解を示しており、用語を定義するとともに典型的な利用例を挙げている。
例えば、コロナ禍の臨時休校中、教員が学校の教室からZoomなどを使って自宅にいる児童生徒に対して、他人の著作物を使った教材でオンライン授業を行った学校があった。こうした「リアルタイム・スタジオ型公衆送信」の場合、許諾は不要だが補償金は必要になる。一方、他校との遠隔合同授業は、改正前と同様に無許諾・無償とされている。
幼稚園や保育所で対面で行っている絵本の読み聞かせを、臨時休園中に在宅オンライン授業として行う場合は無許諾・有償。しかし、絵本の読み聞かせ動画をクラウドサーバーにアップロードし、幼児が自宅からいつでも視聴できるような場合は、要許諾となる。
「今回、こうした細かい典型事例を40程度載せていますが、実際の事例は無限にあるため網羅しきれていません。1つの事例を文章化するだけでも、話し合いに数カ月も時間を要しました。それだけ法律の解釈や著作権に対する考え方は人それぞれだということ。運用指針に異論のある著作権者もいるかもしれません。われわれもこれが最終的な結論や唯一の答えではないと思っており、今後も追記改訂する予定です。
よって、運用指針どおりに利用すれば安心というものではなく、逆に記載がないから『これはダメ』と萎縮しないでいただきたい。あくまでもガイドラインと捉え、著作権に配慮した授業の進行や教材作りを、主体的に考えるヒントとして活用していただけると幸いです。
今や小さい子どもでもクリエーターになり、情報発信する時代。面倒に思われるかもしれませんが、クリエーターに敬意を表する姿勢こそ子どもたちに示すべき模範であり、教育者としてあるべき姿ではないでしょうか。また、著作権法が改正されるたびに解釈が難しくなっており、その問題解決は、司法の場だけでなく経済学や哲学、情報倫理学など複数の学問領域に関係しています。今後もディスカッションを重ねていくべき問題であり、改めて教員の皆様に一緒に考えていただきたいです」
GIGAスクール構想で情報端末を整備することで精いっぱいだった教育現場も多いかもしれないが、情報端末の活用が本格化する今こそ、その質の向上と著作権者の権利保護とのバランスを考慮した著作物利用について、当事者として考えるべき時ではないだろうか。
(注記のない写真は岐阜聖徳学園大学附属小学校提供)