「いじめは人権侵害」、命と尊厳を守るため新たな条例も
「監察課は必ず解決します! いじめだけでなく、学校生活や先生のことなど、どんなことでもご相談ください!」――大阪府寝屋川市危機管理部監察課のウェブページにアクセスすると、このような力強い文言が目に飛び込んでくる。
同市は2019年5月に広瀬慶輔氏が市長に就任して以降、「子どもを守る」施策に力を入れている。同年10月からは人・ふれあい部(機構改革により現在は危機管理部)に、いじめ対応の専門部署「監察課」を設置して、市内小中学校のいじめ問題の解決に取り組み始めた。
現在、監察課は9人体制。弁護士資格を持つ職員のほか、福祉部局での経験を有するケースワーカーなどの職員らで構成されている。専門家もそろえ「必ず解決する」とまで宣言する理由について、監察課の担当者はこう答える。
「実は本市でいじめの増加や重大事態の発生はなかったのですが、学校現場では通常、いじめが起きると学級運営や人間関係も踏まえ、『お互い謝って仲良くしていこう』という姿勢で対応します。見守りは大切なのですが、こうした基本姿勢が結果として指導の弱さや対応の遅れにつながり、いじめが深刻化して訴訟に発展します。重大事態の多くがこの経緯をたどっており、子どもを守るには教育的アプローチだけでは限界があると考えました」
学校へのカウンセラーの派遣や教育委員会への第三者機関の設置なども十分な解決につながらない現状から、同市は「教育的アプローチ」に「行政的アプローチ」と「法的アプローチ」を加え、3段階でいじめに対応することにした。
貫かれているのは、「いじめは人権侵害」という視点だ。「監察課は市長部局に設置しており、いじめは市民間の人権侵害であり子どもも市民ですので、いじめという人権侵害があれば担当部局として解決していく姿勢です」と、担当者は説明する。
児童生徒の命と尊厳を守るため、「寝屋川市子どもたちをいじめから守るための条例」も作った。同市にいじめに関する情報を提供するよう努める「保護者および地域住民の責務」と、いじめ防止の申し出があったときに必要な調査や、学校その他の機関に対して以下の勧告ができる「市長の権限」が明示されている。いずれも、同市が調べた限りでは全国初の内容だという。
(2)いじめ防止の環境整備
(3)訓告・別室指導その他の懲戒
(4)出席停止
(5)学級替え
(6)転校の相談および支援 等
責務や勧告に強制力や罰則はないが、かなり踏み込んだ取り組みだ。行政の教育介入に当たるのではとの指摘もあるが、担当者は次のように考えているという。
「教育委員会制度が、戦前に行政の過度な教育介入があった反省から設立されたことは認識しており、不用意な介入があってはならないと思っています。しかし、法の趣旨に反する行動は許されません。本市の監察課の活動は、人権侵害に対応する専門部局としての活動であって教育内容への介入には当たらず、中立性は犯していないと考えています」
積極的に情報収集、通報を受けたらすぐ被害者に会いに行く
具体的には、どのような対応をするのか。まず学校と教育委員会には、いじめの予防と見守りにいっそう注力してもらう。これが第1段階の「教育的アプローチ」だ。
第2段階が、新たな「行政的アプローチ」。ここが監察課の仕事だ。いじめの初期段階から積極的に現場に出向いて「被害者」と「加害者」を特定し、調査や解決案の提示、勧告を行う。
学校現場で起きるいじめは、学級担任の教員が発見するケースがほとんどで、教員が注意や指導をして解決する場合が圧倒的に多いという。しかし、学校がいじめを解決したと判断しても、監察課はそれを鵜呑みにはしない。
学校から教育委員会に上がってきた「いじめ停止」の報告は監察課にも共有され、監察課は必ず学校に行って被害者に事実確認をする。いじめの停止を確認したら、今度は学校に見守りを依頼。その後3カ月間、いじめの再発がないことを確認できた場合に、「いじめの終結」と見なす。
また、メールやLINE、フリーダイヤルなど、監察課にダイレクトに連絡できる窓口も複数設け、被害者本人や保護者からの「相談」だけでなく、いじめに悩む友達の情報やいじめの目撃情報といった「通報」も受け付けている。窓口の中で最も利用が多いのが、市内の全公立小中学校(小学校24校、中学校12校)に毎月1回配布している「いじめ通報促進チラシ」だという。
各自が感じる「いじめ」について手紙で教えてほしいと呼びかける内容だが、それだけではない。チラシにはいじめの状況を記入する欄があり、切り取って折り畳めば手紙としてすぐにポストへ投函できるようになっている。
「毎月チラシの内容を変えています。『こんなこともいじめになるのか』と気づければ、被害者が相談しやすくなるだけではなく、加害者がいじめをやめるかもしれません。いじめの情報収集と抑止の効果を狙っています」(担当者)
監察課に直接相談・通報があった場合、早ければ相談・通報があった当日、遅くとも翌日には学校に行って被害者の話を聞き、必要に応じて加害者にもヒアリングする。事実確認をしたら、加害者や保護者に話をし、場合によっては謝罪の場にも立ち会う。まだ発生したケースはないが、事案によっては弁護士の立ち会いも想定している。
解決事例はいろいろあるが、例えば「子どもが泣いて帰ってくることがある」との相談を受け、調査したところ友人関係からいじめに発展したことが判明。監察課の立ち会いの下で加害者が被害者に謝罪した。あるときは「SNSに自分の画像を許可なく上げられた」という相談を受けて監察課が聞き取りを実施、加害者は謝罪と写真の削除をしたという。
最近では、「変なあだ名で呼ばれる」「仲間外れにされる」「通りすがりに嫌なことを言われる」など細かく具体的な相談が増えている。しかし、どんな事案であっても通報があれば被害者の元に駆けつける。「先生に言わないでほしい」という場合は、学校に「内容は言えないが児童(生徒)の話を聞きたい」とアポを取って会いに行く。「早期発見・早期解決が大事なので、学校現場に行かない事案はありません」と、担当者は話す。
法的アプローチも用意し、全件1カ月以内にいじめ停止
監察課でも解決しない場合は、最後の手段として第3段階の「法的アプローチ」に移る。市は、被害者による警察への告訴や民事での訴訟の手続きを支援する。さらに「いじめ被害者支援事業補助金」も用意しており、上限30万円として弁護士への相談料など訴訟費用の一部を補助する。
また、「被害者が転校するという理不尽な事態は本来あってはなりませんが、やむをえない場合は、早期に日常生活を取り戻すことが重要」(担当者)と考え、被害者が転校を希望する場合に限り、上限15万円として転校費用も補助。転校先での制服やかばんなど購入が必要な物のほか、通学のための交通費も支援対象としている。
幸い、同市では法的アプローチに至った事案はないが、「こうした枠組みを用意しておくと、いじめの当事者に『できれば行政的アプローチで解決させていただきたい』と伝えることができ、抑止の力も働きます」と、担当者は言う。
実際、子どもたちは監察課の職員の話を神妙に聞くという。「先生方からも『児童が反省している』といったお話を聞くので、効果はあるのかなと思っています」(担当者)。
また、学校・教育委員会と保護者を仲裁する役割も担うことができているようだ。両者の話し合いでは対立的な構図になりがちで、とくに保護者側が教育現場に対して信頼を失い交渉が進まなくなるケースが少なくないという。
しかし、「われわれは第三者的な立場ですから、間に入ると客観的な話ができて解決に向かいやすい。同じ内容であっても、監察課が対応することで事態が動き、解決につながることもあります」と、担当者は語る。
こうした関与で監察課がいじめに対応した件数は、2019年度が172件、20年度が169件、21年度は146件(21年12月現在)。全件について、1カ月以内にいじめ行為を停止させ、いじめの終結を確認しているという。
監察課は、深く傷ついた被害者やその保護者にとっては、大変心強い存在になりそうだ。一方、加害者のケアについてはどう考えているのか。
「そこはあえて学校と役割分担しています。監察課は現場の人間関係にとらわれず、加害者に対応する。一方、学校は今までどおり学級運営や人間関係の涵養に注力していただく。ただ、もしも今後、被害者にも加害者にも慎重なアプローチが必要な場合には、本市の福祉部局の臨床心理士らと連携していく必要などもあるかもしれません」(担当者)
今後の取り組みについては、「早期発見・早期解決が永遠の課題。また、いかにいじめの情報を広く集められるかといった点もさらに考えていきたい」と話す。
近年ではSNSの普及でいじめは多様化・複雑化しており、教育現場での対応だけではますます解決が難しくなっている。同市の取り組みは1つの事例だが、学校のいじめ問題に第三者が関わる体制は解決策として十分期待できそうだ。同市が主張するように、いじめは人権侵害である。その当たり前のことが当たり前のこととして認識される仕組みづくりを、各現場は構築する必要があるのではないだろうか。
(文:編集部 佐藤ちひろ、画像出所:大阪府寝屋川市監察課ウェブページ)