台湾の先住民族を描いた映画「潜行一千里 ILHA FORMOSA」から考えたい、世界の複雑さに対して謙虚になること

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台湾先住民族を描いた絵画
台湾の先住民族についての映画が出たが、ステレオタイプや専門家のチェックの不足など問題も見受けられる(写真:筆者提供)

「潜行」「潜入」と聞いて、まずどのような印象を持つだろうか?

「アジトへの潜入」「犯罪組織潜入」「潜入捜査」……。実際、この言葉には人の知らないところに潜り込むというニュアンスがある。

台湾の先住民族を取り上げたドキュメンタリー映画『潜行一千里 ILHA FORMOSA(イラ・フォルモサ)』が11月22日、東京など日本でも劇場公開された。本作を手がけたのはこれまでの作品に定評がある映像制作集団「空族(くぞく)」である。

空族のメンバーにとって、または空族の映像作品を視聴する多くの人びとにとっては確かに、台湾の先住民族の人びとや集落、行事はこれまで余り知る機会のなかった事柄なのかもしれない。だからこそ、冒険的なワクワクする「潜行」という言葉がぴったり来るのだろう。ただ、そこで昔から連綿と暮らし続けた人たちにとってはどうだろうか。

帝国主義時代の「探検記」を思い起こす

この点で、本作が思い起こさせるのは、今から100年近く前の帝国主義の時代に流行した「探検記」だと思う。

この時期、欧米人や日本人は世界中で「未開」の「奥地」を「探検」して歩いた。当時の台湾は日本の植民地統治下で、台湾の先住民族は「蕃人」「生蕃」「高砂族」と呼ばれ、『台湾生蕃探検記』のような本も数え切れないほど出版された。本作は、そんな100年前の「探検記」につきまとう「物珍しさ」や「好奇の目」を思い出さずにはいられない。

なぜならば、制作者側が台湾先住民族、ひいては台湾の社会・文化・歴史に対してあまりにも認識不足であることを露呈している(元日本軍の軍人が戦犯容疑から逃れるためにアジア各地に「潜伏」した記録である辻政信『潜行三千里』のパロディであるなら、それにはまた他の問題を感じるがここでは割愛する)。

もちろん、最初からそうした知識を備えているクリエイターがいないことは百も承知だから、あらかじめ準備すべきとは思わない。問題は、撮影を終了して映画を完成させるまで、編集やナレーション入れ、字幕・テロップ入れなどの段階で、専門家にアドバイスを受けて修正、注釈、訂正を加えることはできたはずである。なぜ、それをしなかったのか疑問である。

次ページ専門家のチェックが十分でないのは残念
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