台湾の先住民族を描いた映画「潜行一千里 ILHA FORMOSA」から考えたい、世界の複雑さに対して謙虚になること

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80~90年代、多くの原住民族の女性らが日本に出稼ぎにきた。当時、多くの貧困家庭出身の女性が風俗や水商売に従事した中でも原住民の比率は高かった。原住民女性作家として初めて原住民男性による家庭内暴力を描き、集落内の片親、失業、アルコール依存、風俗業などの問題を取り上げて「“おだやかで美しい”ユートピア的な原住民社会のステレオタイプを打ち破った」と評されるタイヤル族の作家、リムイ・アキはこう書いている。

気性のしっかりした義妹も、同じ運命から逃れることはできないかったことを思うと、「女であることのつらさ」を嘆かずにはいられない。さらに原住民女性の茫漠たる前途を深く憂えざるをおえない。(魚住悦子訳「傷口」)

映画のなかで切り取られたあけすけで陽気な原住民女性たち。しかし、それがあの時代に原住民、しかも原住民の女性として生まれた人々が生き延びるために身につけざるをえなかった処世術かもしれないことを制作者は認識しているだろうか。残念ながら、筆者が作品をみて感じたのは男性的でマッチョな、原住民女性たちが歴史的・構造的に受けて来た「痛み」を無視する鈍感力である。

あるいはそれは、ゴーギャンが描いたタヒチの女や日本の近代画家たちが描いた「支那の女」「高砂族の女」と何が違うのだろうか。

アミの女性たちの伝統衣装は赤色がメインの印象が強いが、その理由は化学染料が発達したこと、そして戦後に台湾へ「売春ツアー」に来ていた日本の男性たちがついでに民族村を観光した際、ステージでは赤い衣装の方が映えてウケが良かったからだと教えてくれたのは、アミの伝統的文化復興をライフワークにしている友人のラファイさんだ。

ラファイさんは、土地へのアイデンティティーや伝統儀式を復活させることで失われた自己肯定感を取り戻そうと奮闘しているが、その中には集落が失ってしまったシャーマンの踊りもある。シャーマン文化は近代文明とともに消え、現在は残っていないコミュニティも多い。映画のなかで「原住民にはどの部族にもシャーマンがいる」というナレーションがあったが、これは適切でない。

知る努力と歴史への敬意が必要

筆者は、クリエイターが作品のなかで「懺悔しろ」「謝罪せよ」と言いたいわけでは全くない。ただ、知る努力と歴史に敬意を払う努力をしていないように見えることが、作品から透けて見えてしまっているのが悲しい。

日本には、台湾の歴史や社会に関する研究者など専門家が沢山いる。とりわけ台湾原住民族については、豊富な研究の積み重ねがある。きちんと監修をしてもらえばよかったのに、どうしてそれをしなかったのだろうか。

たしかに、「潜り込んだ側が対象に影響を受けて変わっていく」過程を本作が描こうとしたというコンセプトもあり得るのかもしれない。例えば『TRANSIT/66号』マガジンの台湾特集では、同じようにライターの岡崎拓実がアミの集落を訪れる。そして、実際に人々の境遇や痛みを理解するうち、「自分は、自分が見たい『原住民らしさ』を映し出すものとして、アミを使おうとはしていなかったか」と自分自身の問題を認識するにいたるとても誠実なエッセイであった。だが、筆者は本作に関して残念ながらそうした「物語」は見受けられなかった。

それはつまり台湾の歴史も、台湾原住民族の歴史も、もっといえばそこに深く関わっている自分たち日本の歴史をも軽視しているということではないかと感じる。それはまた、今の日本が抱える問題(日本の歴史的な加害性や責任を直視できない一方で、台湾のことを知ろうともせず、例えば中国政府の主張をそのまま受け入れるなどして拡散し、ほとんど検証もせずにむやみに日本社会の恐怖を煽るといった)につながっているようにも思えてくる。

空族はすでに多くの賞も取り、注目されているクリエイターである。そのうえ本作は純然たる民間の作品ではなく「企画:愛知芸術文化センター 製作:愛知県美術館 共同制作:札幌文化芸術交流センター SCARTS」であり、必然的に内容の信頼性や権威性も生まれている。

この映画の肝となっている台湾ヒップホップに関しても、作中に登場するアーバオ(阿爆)は筆者も推しているアーティストだし、そもそも台湾に来て特に好きになったのが大支たちの台湾ヒップホップ音楽だった。空族が台湾のポップミュージックに目を付けたのを「おっ」と思うし、応援したい気持ちがあった。

ところが試写を観て、考え込んでしまった。専門家によるチェックが不要だと考えた時点で、台湾社会と台湾人を軽視しており、問題意識を感じずにはいられない。何の疑問も持たずに本作を受け入れ、台湾に関してこういう軽いノリで臨むのがクールといった誤解が広がることも心配になった。

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