台湾の先住民族を描いた映画「潜行一千里 ILHA FORMOSA」から考えたい、世界の複雑さに対して謙虚になること
そもそも「本省人」と「外省人」という概念は、「二二八事件」という惨劇によって強化された。「二二八事件」とは、第2次世界大戦後の国民党政権(「外省人」)の横暴や腐敗に不満と怒りを膨らませていた台湾の民衆が、役人の暴行事件をきっかけに各地で激しい抗議行動を起こし、それを国民党政府が軍隊で抑え込んだ大規模な武力鎮圧事件である。犠牲者は2万人以上ともいわれる。
「外省人か」は土足で踏み込むようなこと
それゆえ「外省人」という言い方には差別的なニュアンスが含まれることもあるし、長らく台湾社会に深い亀裂を生んできた歴史背景があることをきちんと理解する必要がある。これは、家族や仲間同士のコンセンサスがあるうえで、または研究論文などで必要に応じて用いられる言葉である。例えば知り合ってすぐの台湾人に「あなたは外省人ですか?」と尋ねることは、とても敏感な問題に土足で踏み込むようなものだ。
80年代ごろから進んだ民主化を経て、実態としても「本省人」「外省人」といった概念では理解できないことは増えている。さらには、その分断を克服しようとする李登輝の「新台湾人」や、近年の「中華民国台湾」という概念など、台湾という場所で異なるバックグラウンドを持つ人びとが力を合わせて未来を作っていくことを希求する有名無名の人びとの不断の努力がある。
作中では、ケガをして寝ている老婦人に、「内省人」(これも「本省人」の間違いで、訂正テロップを入れることは考えなかったのだろうか)と話しかけたり、「(二二八事件は)ケンカしたんでしょ」と聞いたりしているが、適切ではない。「二二八事件」は前述のように、今の台湾社会に深刻な影響と分裂をもたらしている。相手の日本語能力を慮ってのことであったかもしれないが、深刻な歴史事件を作中で「ケンカ」と表現していることに驚いた。
また「本省人85% 外省人13% 原住民2%」という本作で紹介される人口構成の内訳は、「新住民」という東南アジアや中国、または他の国から労働や結婚のために移住してきた人々を無視している。筆者も結婚で台湾に移住したので「新住民」なのだが、台湾におけるわたしの存在は、本作では存在しないことになっている。「客家(ハッカ)」という台湾社会における主要なエスニック・グループについても無視している。「漢族」であり大半が「本省人」に含まれるとはいえ、現在の台湾のオフィシャルな統計からいえば、誤情報ともいえる。
作中では台湾を代表するヒップホップミュージシャンの一人である大支とのインタビューがあるが、ここでも問題がみられる。ここで大支(Dwagie)は「ダージー」と読む。ジーはズーに近い音である。台湾語の場合は「ドゥワギー」と読み、「ダーギー」と呼ぶのはあまりにも大支の呼び名から離れている。空族がなぜダーギーと呼ぶようになったのかは、もしかすると「Dwagie」のアルファベット読みからだと想像するが、正確な呼び方がわからないなら本人に聞くべきだっただろう。



















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