「山手線の内側は気軽に住めるところではない」 京都の大学生が上京、東京の家賃相場に圧倒されながら選んだ「いろんな顔を持つ街」の"実態"

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「哲学の道」
千歳船橋で過ごした若き日々は、確かに青春だった……なお、写真は筆者にとっての「哲学の道」。理想と現実の差に葛藤する毎日だった (筆者撮影)
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進学、就職、結婚…人は様々な理由で東京に移り住む。しかしずっと同じ街に暮らすとは限らず、一度引っ越すと、その街に何年も足を運ばないケースも――本連載ではそんな「東京で最初に住んだ街」を、様々な書き手が久しぶりに歩き、想い出の中の街と現在の街を比べていきます。第10回は、著述家・偉人研究家の真山知幸さんが、千歳船橋で過ごした日々を振り返ります。

漂着した「ちとふな」の居心地の良さ

この先にどんな未来が待ち受けているのか、わからない――。久しぶりに千歳船橋の駅に降りると、懐かしさとともに、若き日に抱いた"得体のしれない不安"も鮮明に思い出した。

私が上京して、この街に住んだのは、もう20年も前のことだから、街の風景は大きく変わっている。それでも駅の左手に行けば昔ながらの商店街があり、右手(北口)に行けば閑静な住宅街が広がり、そこから西のほうに行けば幹線道路にぶつかる。

思えば、千歳船橋はいろんな顔を持つ街で、それはそのまま、不安のなかでも「どこにでも行けるかもしれない」という期待を抱いていた当時の自分の心境にもマッチしてたように思う。

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