「東京? 山手線の内側しか知らん」 氷河期世代で就活に苦戦→念願の上京果たした27歳男性の「下積みを支えてくれた街」

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船堀
かつて毎日のように見た光景。閉店したあけぼの湯の煙突は今もそびえている(画像:筆者撮影)
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進学、就職、結婚…人は様々な理由で東京に移り住む。しかしずっと同じ街に暮らすとは限らず、一度引っ越すと、その街に何年も足を運ばないケースも――本連載ではそんな「東京で最初に住んだ街」を、様々な書き手が久しぶりに歩き、想い出の中の街と現在の街を比べていきます。第11回は、ライター・編集者の勢田朋来さんが、船堀で過ごした日々を振り返ります。

「えっ、こんなとこ?」

あのときの衝撃は、20年近く経った今も忘れられない。前を歩く中年の女性が入っていったのは幅1mもない路地だった。

おそらく歩行者同士がすれ違うのがやっとだろう。東京にこんな空間があること自体が、私にとっては大きな驚きだった。

船堀
私が住んでいたのは写真中央の細い路地の奥。初めて訪れた人が発見するのはまず不可能である(画像:筆者撮影)

田舎者の好奇心を刺激した「こち亀」に出てきそうな風景

いわゆる氷河期世代である私は、就職活動でずいぶん苦労した。編集者もしくはライターをめざしていたが新卒時は内定を得られず、地元・奈良で学習塾の非常勤講師として働きながら活動を続けた。

面接などで東京へ行くことは何度もあったけれども、訪れるのは山手線沿線とその内側だけ。夢をかなえた後どこに住むかなど、まったく考えたことがなかった。

そんな状況が変わったのは社会人4年目のことだ。千代田区神田錦町の編集プロダクションに面接で訪れた際に、社長から「うちに来るか」と言われたのだ。そこへ通いやすい場所として都営新宿線沿線に目をつけた私は、候補となる駅をいくつかピックアップして、実際に歩いてみることにした。

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