台湾の先住民族を描いた映画「潜行一千里 ILHA FORMOSA」から考えたい、世界の複雑さに対して謙虚になること

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率直に言えば、本作に登場するあらゆる事柄は、ナレーションや字幕の認識が間違っているか誤解を生む、もしくは「カッコ」付きか注釈をつけたうえでようやく使用が安全となる言葉ばかりである。空族の作品はこれまで台湾に関心を持たなかった人たちにたくさんの入り口を開いてくれる貴重なものだが、完成前に専門家のチェックが十分でなかった点は非常に残念に思う。

例えば、冒頭のタパロンの「豊年祭」のシーン。

まず「部族」という言葉自体に、「未開の共同体」をイメージさせるとして使用に長く論争がある。また「原住民」という言葉も、日本では差別的イメージを持たせるので「先住民」を使うのが一般的だ。

台湾住民の呼称や分類には注意が必要

ただ、台湾では「先住民」という言葉が「すでに滅んでしまった民族」を感じさせること、また長年の被支配・被差別の歴史において外来者から呼称されてきた「蕃人」「高砂族」「山の民」「山胞」などではなく、台湾という土地にもともと住んできた「主人」であるとの誇りを込めて、自らの名前を「原住民」と決めた過程がある(原住民正名運動)。

本来は華語で「原住民(イエンズーミン)」と呼ばれるべきだが、日本語でも読めてしまうので便宜的に「げんじゅうみん」と読んでいる状態だ。筆者も自著などでは彼らの自決を尊重して「原住民」を用いるが、必ず「どうしてそれを用いるのか?」という注釈をいれて使用する(ここで説明を終えたので、ここから彼らの自決を尊重し「原住民」と表記する)。

開始から5分ほど経ったところで台湾の山岳地帯が映し出され、台湾の説明がある。ここには、「本省人85% 外省人13% 原住民2%」とあるが、これにも問題がある。「本省人」「外省人」という言葉は、現在の台湾において公式な場ではほとんど使わないし、使用に注意が必要な言葉である。

「省」というのはもともと中国の「省」を表す言葉だ。第2次世界大戦後、中国国民党が台湾に来た際に、もともと台湾にいる漢族(ホーロー系、客家系)を「台湾省」の人々という意味で「本省人」と呼び、それ以外の省(浙江、山東や四川など)から来た人は「外省人」として区別した。つまりこれは「台湾」というアイデンティティーを多くの台湾人が持つようになった現状にそぐわない。

また、国民党と一緒に来た人たちもすでに2世、3世となり、「本省人」とのミックスも多く、そこまで厳密に何パーセントなどと統計できない状況になっている。

次ページ本省人、外省人の区別はもはや妥当でない
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