「校内研修会」という名の「“校内外”研修会」

ここは、東京都練馬区石神井台小学校3階の図書室。区内の小学校教員向けに“開いた”校内研修会「夏の学びWeeeek! in2022」(2022年7月22日〜28日の期間に4回開催)の初日だ。

練馬区立大泉第四小学校講師、ホワイトボード・ミーティング®認定講師の横山弘美氏を迎え、「ホワイトボード・ミーティングから学ぶファシリテーション」をテーマとしたワークショップが始まった。

ホワイトボード・ミーティング®認定講師の横山氏

石神井台小の教員に加え、練馬区内の10校から教員が参加し、4〜5人のグループに分かれて着席。それぞれのテーブルには、ホワイトボードとマーカーが置かれている。開催校の町田校長も、参加者の一人だ。

「皆さんこんにちは。長い1学期、本当にお疲れさまでした! 夏休みも『学ぼう』と、この場にいらっしゃる皆さん、本当にすてきです」。横山氏の第一声に、場が和む。

「ホワイトボード・ミーティング」とは、ホワイトボードを活用して進める会議の方法だ。進行役をファシリテーター、参加者をサイドワーカーと呼び、ファシリテーターが参加者(サイドワーカー)の意見をホワイトボードに書きながら、意見の共有→構造化→結論のプロセスを作ることで会議が効率的、効果的に進み、教育をはじめ幅広い分野で取り組まれている。

「ファシリテーターは、仕切るのではなく、みんなの声を聞いて進めるファシリテーターに」「サイドワーカーは、相づちを打ちながら話を聞く」などそれぞれの心得の説明に続き、参加者が2人1組に。「夏休みに入って、どんな感じ?」についての“3分間コミュニケーション”を皮切りに、「好きな食べ物」「対話で大切にしていること」などで自己紹介を深めた後、ホワイトボードを用いてファシリテーションを体験する。

2人1組で自己紹介した後(左上)、「質問の技」カードなども参考にしながら(左下)、ホワイトボードを用いてそれぞれがファシリテーションを体験していく(右上・右下)
ファシリテーター役がインタビュアーとなり、サイドワーカーに「1学期を振り返って」「よかったこと」「困っていること」「これからどうしたい?」について聞きながらホワイトボードに書いていく

横山氏の導きに沿ってファシリテーター役がインタビュアーとなり、サイドワーカーに「1学期を振り返って」「よかったこと」「困っていること」「これからどうしたい?」について聞きながらホワイトボードに書き、質問やアドバイスをしながら対話を重ねた。初対面でありながら、「同じ区内の教員」という共通項が良好なコミュニケーションを生み出し、会場全体が安心感に包まれている。

最後は、「練馬の魅力発信スライドを作ろう」をテーマに、テーブルごとに「練馬区の魅力」「とくに伝えたいこと」「スライド内容」についてホワイトボードに書きながらアイデアを出し合った。

「練馬といえば、緑とアニメの街」
「ブルーベリーもよく知られているよね」
「練馬の大根を使った練馬スパゲティのおいしさを伝えたい」

など学校の垣根を超えて、同じ地域の教員同士のにぎやかな対話が続いた。

テーブルごとに練馬区の魅力についてアイデアを出し合う

横山氏は最後に、「私たちは、体に体力があるように、心にも『体力のようなもの』があります。心の体力を温めるには、日常のコミュニケーションが大切です。今日の体験を、職場や教室で一人ひとりの力が発揮されるような組織の運営や学びの場づくりにつなげていただければと思います」と呼びかけた。

温かな雰囲気の中、時には真剣に、時には楽しく学び合う教員たちの生き生きした姿が印象的だった。

自校以外の教員も「共に学ぶ」校内研修で新しい視点や気づきを

「夏の学びWeeeek! in2022」第2回は、調布市立多摩川小学校教諭の庄子寛之氏による「働き方を変えるマインドチェンジ」、第3回は環境活動家の露木志奈氏を講師に「Z世代に学ぶ環境問題の今」、最終回は、オオタヴィン監督を招いて映画『夢みる小学校』の上映会が行われた。

トータルで、区内の小学校12校、教員延べ約100名が参加したこの研修会を企画したのが、練馬区立石神井台小学校で研究主任を務める二川佳祐氏だ。

「校内研修は、文字どおり校内で行うのがセオリーですが、かねて『校内だけで閉じてしまっていいものだろうか』という課題感が自身の中にありました。前任校で研究発表会を担当した際、“外に開く”ことは、準備などを含めて確かに大変だけれども、新しい刺激を受けたり、自分のよい点や足りない点に気づき『もっと成長したい』という思いが強くなった経験があります。校内研修も、自校の先生だけではなく外部の方も招き入れ、共に学ぶことで、新しい視点や気づきが生まれるのではないかと思いました」

二川佳祐(ふたかわ・けいすけ)
練馬区立石神井台小学校 主任教諭

今年度より同校の研究主任となった二川氏は、22年5月、熊本大学大学院特任教授の前田康裕氏を講師に、「GIGAスクール構想下での新しい学びとは」をテーマにZoomによる校内研修を企画。

「『当校だけの学びにするのはもったいない』と、この講演を練馬区内の教職員の皆さんと共有しようと動いたところ、さまざまな公的手続きが必要であることがわかりました。段取りの面で管理職の先生の手を煩わせてしまったのですが、何とか開催することができ、校内のみならず区内の教員の皆さんから大きな反響をいただきました。手続き面での反省点を生かしつつ、新たに企画したのが今回の『夏の学びWeeeek! in2022』です」

学校での仕事以外に、地域の大人が学びを通してつながるコミュニティーを立ち上げ、教育、家族、環境問題、街づくりなどをテーマとしたイベントを開催するなど、学校の“外”にも世界を広げ、発信を続けてきた二川氏。

「さまざまな催しを企画・運営してきた中で気づいたのが、『先生たちの学ぶ意欲がいちばん高いのは、現場の感覚が残る一方で何らかの課題も抱えがちな夏休みの初め』ということ。この時期に、『学ぶことは楽しい』と思えるような研修会を開催したいと、各方面で活躍しているすてきな方々をゲストティーチャーとしてお招きしました。 公教育の当たり前を取り払い、“いいものは広げ、みんなで分け合う”。こんな校内研修があってもいいのではないかと思います。今後は、保護者の方も参加できる研修会や区内の小中連携に加え、区外の学校と研究のシェアを行う会なども企画していきたいですね」

地域の教職員が互いに学び合える風土づくりのきっかけに

二川氏の思いを後押しするのが、同校の管理職だ。

校長の町田浩一氏は、「教員は皆、何かしら、自分の得意なことややりたいことを持っているものです。それらに取り組むときは、仕事へのモチベーションも高まりますし、そんな教員の姿を見て周りの教員も『自分もやってみたい』と後に続くこともある。今回も、彼から提案を受け、『いいじゃない。やってみよう』と背中を押しました」と言う。

町田浩一(まちだ・こういち)
練馬区立石神井台小学校校長

「教員時代、子どもたちから『この授業面白い!』『ここがつまらない』『○○をしてほしい』など、いろいろなことを教えてもらいました。校長になってからは、今度は教職員からいろいろ教えてもらったり、気づかせてもらおうと思っています。教職員の声を聞き、『やりたい』と言ってきたら、『失敗してもいいからやりなさい』とゴーサインを出す。するとその教職員は、伸びていくんです。教職員が伸びると学校がよく変わり、子どもたちものびのびと成長していく。そんな好循環がつくれるのではないかと思っています」

今回の研修会開催に当たっては、区内の全小学校に対して開催通知を出し、参加者を募ったという。

「オフィシャルな形で開催するには、関係部署への連絡や事務的な手続きなどが必要になってきますが、さまざまな面でバックアップすることが、校長の務めです。当校の取り組みを多くの学校や教職員の方々に知ってもらうことで、今後、地域のさまざまな学校がさまざまな発信をしながらお互いに学び合えるような風土を醸成する最初のきっかけになれば、うれしいですね」(町田氏)

区内で巻き起こる学び合いのムーブメント

「『校内だけで閉じず、地域の教員同士で学んだほうが楽しいし学びが深まる』という彼の基本姿勢に共感する部分が多く、今回の企画には大賛成でした。自ら行動を起こす教員にはどんどん前進してもらい、やりたいことを気持ちよく実現してもらいたい。それに向け、必要に応じてアドバイスしながらサポートしていくのが管理職の役割だと思います」と言うのは、副校長の田代末実子氏だ。

田代末実子(たしろ・まみこ)
練馬区立石神井台小学校副校長

田代氏は、今回の研修会の窓口担当として、区内全校からの参加希望者の集計や各校からの問い合わせなどの対応を行った。

「昨年はGIGAスクール構想の波が押し寄せましたが、当校では教職員全員でICTを活用する経験値を上げながら学び合ってきたことで苦手意識が和らぎ、個々のスキルを上げることができました。これは一朝一夕で実現できたわけではなく、『授業以外の時間もICTに触れる』など、日々の地道な積み重ねによるものです。今回のような取り組みによって近隣の学校や教職員によい波及効果をもたらし、一緒になって学びを積み重ねていくことが、地域の教育のよりよい変化につながるのではないでしょうか」(田代氏)

石神井台小の取り組みに呼応するように、同時期、練馬区内の教員が「2022練馬サマーサミット」と題して教員同士の学びの会を企画。区内のあちらこちらでポジティブなムーブメントが巻き起こり始めているのが興味深い。

「お堅い」「変わりにくい」などと称されることが少なくない公教育。しかし、まずは“閉じられた自校”から脱却し、地域に目を向け、学校同士、教員同士がつながりお互いに学び合うことで学校が元気になり、子どもたちの豊かな学びにつながっていく。そんな確かな可能性を感じた。

(企画・文:長島ともこ、撮影:風間仁一郎)