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地震発生後「黄金の72時間」。情報の壁にぶつかり避難者の居場所がつかめずに立ち往生していた石川県、自衛隊員、地元テレビ局それぞれの悪戦苦闘

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能登半島地震の後、石川県庁職員は被災者がどこに避難しているのか、つかめずにいた

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石川県能登半島を襲った能登半島地震から2026年1月1日で2年になる。徐々にだが復旧・復興は進み、生業の再生に汗を流す人々の姿がメディアで取り上げられるようになった。人口流出や少子高齢化が進む能登半島に支援の手を差し伸べる人も多い。
だが、あの地震を「過去のこと」にするのはまだ早い。とりわけ地震直後の現場の状況や石川県庁の対応ぶりがどうであったかについては歴史に刻むべき事実が無数にある。忘れ去りたい人もいるだろう。だが、能登地震の検証は、必ずや、次の大地震の教訓になる。
ノンフィクション作家・山岡淳一郎氏によるデジタル特集「能登 2年目に明かされる真実」の2回目は被災者の人命にかかわる被災後72時間、「情報の壁」にぶつかり立ち往生していた石川県の奮闘劇と、自衛隊員や地元マスコミの不撓不屈を紹介する。

【第1回】能登半島地震2年目に明かされる真実(1月1日配信)
【第2回】被災者を探せ!IT技術者、自衛隊員たちの奮闘(1月1日配信、本記事)
【第3回】嘔吐に下痢、過酷すぎた「1.5次避難所」の現実(1月4日配信)
【第4回】:馳浩知事インタビュー(Coming Soon)

災害の発生から3日間は救急医療の「黄金の72時間」と呼ばれ、災害対応で最重要視されている。国や都道府県は警察、消防、自衛隊など実働部隊をフル稼働させて、人命救助と避難の支援に全力を傾ける。

能登半島地震ではどうだったか。実は発生後の72時間、石川県は、避難者がどこにいるかわからない「情報の壁」の前で立ち往生していた。

被災した市町村は災害救助法に基づいて、学校や公民館などに指定避難所を開き、運営することになっている。しかし能登の6市町(珠洲市、能登町、輪島市、穴水町、七尾市、志賀町)は被害が甚大で、職員も被災。通信が途絶し、避難者の情報を県の防災システムにアップできなかった。避難所の運営は困難を極めた。

誰が、どこに避難しているのか

多くの被災者が、道路が分断されたために避難所にたどり着けなかった。自宅や集会所、自家用車、ビニールハウスに自主的に避難した。交通路を断たれた集落が孤立する。しかも正月、帰省者が多く、能登の人口はふだんの4割増しで、避難者が集中した指定避難所は芋の子を洗うような混みようだった。誰がどこに避難しているのか、県はまったくつかめなかった。

道路損壊による交通網の遮断で、避難所にたどり着けない被災者が続出した(写真:石川県)

県や自衛隊は、あらかじめリストアップされた指定避難所に支援物資を運ぶが、リストにない自主避難所や、孤立集落には食料も水も毛布も届かない。救助が遅れ、黄金の72時間が過ぎていく。被災6市町の全人口12万人の足どりが不明だった。

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