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滅亡寸前の上方落語にあえて身を投じた桂米朝の覚悟…師匠に「末路哀れ」と言われながらも食らいつき、見事復興を果たした類いまれなる手腕

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絶望に効く今週の名言
桂米朝『落語と私』/文春文庫

就職や転職のとき、「この仕事に就いたら、先行き悲惨なことになるだろうなあ」とわかっていて選ぶ人は、あまりいないだろう。それどころか、その業界、その会社の現状はどうなのか、将来性はどうなのか、よく調べるはずだ。そして、できるだけ、景気のいいところ、あるいは将来性のあるところを選ぶだろう。消滅しそうな業界とか、潰れそうな企業とかは避けるはずだ。

「末路哀れは覚悟の前やで」

NHK「ラジオ深夜便」の人気コーナー「絶望名言」に出演中の文学紹介者が、ビジネスと人生の“絶望”に効く名言を毎週お届けする。【火曜日更新】

ところが、「末路哀れは覚悟の前やで」と言われながら、その仕事を選んだ人がいる。それが落語家の三代目桂米朝だ。

桂米朝は、昭和から平成にかけて活躍した落語家で、1996年に上方落語界で初の重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝に認定され、2009年には演芸界初の文化勲章受章者となった。

「なんだ、末路哀れどころか、栄光に輝いているじゃないか」と思うかもしれないが、それは結果論だ。米朝が落語家になったときには、上方落語は滅びかけていた。「漫才に押されて守勢一方だった落語界」と米朝は『私の履歴書』(日本経済新聞出版)で書いている。

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