アメリカは円、日本は縦一列で学ぶ

駐在員であった父のもと、アメリカで生まれ育った村田学さん。日本の幼稚園に一歩足を踏み入れたとき、非常にショックを受けたことを今でもはっきり覚えているという。

「年長クラスの夏休み明けに帰国したのですが、初めて日本の幼稚園に入り、子どもたちが縦に並んで座っているのを見て非常にショックを受けたことを覚えています。アメリカでは学びの基本は円でした。みんなで円を描いて地べたに座り、先生もその円の中に入る。円の中に入り、上下なく同じ目線で発言を皆でシェアする。ディスカッションが双方向に生まれるんです。ところが日本は縦の文化。一方的なスピーカーである先生の話を聞くために、生徒たちは縦に並んで座る。文化の違いに戸惑い、縦にはめられる恐怖感を感じました」

日本の教育では、先生の話をどれくらい理解して消化できたかという知識のデータインプットと、その復元率が成績につながる、と言う村田さん。もともと、きちんと並んで何かをするということが得意でないタイプだったこともあり、日本の学校生活では、どこか居心地の悪さを感じていた。その違和感が、今のインターナショナルスクールに関わる仕事へとつながっていく。

自身の海外での学習体験と、国際教育専門家としての視点が交錯する
(撮影:今井康一)

なぜ今、日本でボーディングスクールが増えているのか

現在、新たな教育機関として注目を集めているのが、インターナショナルスクールの中でも、全寮制を採用しているボーディングスクールだ。ボーディングスクールの歴史は古く、イギリスでは1440年、有名なボーディングスクールの1つ、イートンカレッジが創設された。その後米国や、スイスなど世界各地に次々と名門ボーディングスクールが開校している。

日本では、1960年に函館ラ・サール中学・高等学校が、63年に札幌聖心女子学院中学・高等学校が開校。ここ数年では2019年、広島県立広島叡智学園が開校したのを皮切りに、20年4月には日本初の小学生を対象としたボーディングスクールである神石インターナショナルスクールが広島県に開校した。続いて、愛知県に国際高等学校、岩手県にハロウインターナショナルスクール、長野県に白馬インターナショナルスクール、ラグビー・スクールと、2023年までに次々と開校を控えている。また同じく寮制を採り、国内、海外をプロジェクトベースで旅して学ぶインフィニティ国際学院高等部は、初等部・中等部を開校予定だ。

国際高等学校のイメージパース
(写真:村田氏提供)

これまで日本ではあまりなじみのなかったボーディングスクールが増えている背景について、村田さんはこう語る。

「新たな取り組みが増えていることは、時代にキャッチアップした学びが必要とされている危機感の表れだと考えられます。全寮制であるボーディングスクールの最大のメリットは、学業ならびに学生生活に没頭できる環境が整えられているということ。生徒たちは、起床するとまずヨガやランニングなどのアクティビティーをこなし、その後に朝食を取ります。午前中の授業が終わったら昼食を取り、お昼休みはクラブ活動に取り組む。午後のカリキュラムを終えて寮に帰ったら、ハウスマスターの下で宿題をこなします。合間に季節の行事や誕生日会などのイベントもあり忙しく、自由な時間は1日1時間もないかもしれません。

生徒の活動には、それぞれの専門家がつきます。先生は授業が終わると帰宅し、放課後の部活動にはそれぞれ専門のコーチがつき、宿題は寮のハウスマスターが見るというように、細かく分業制になっているのですね。日本の学校教育では先生がすべてを見ていますが、ボーディングスクールでは、先生は授業のみを担当し、それ以外は専門家にアウトソーシングできるシステムが作られています。そうすることで、先生も疲弊せず、生徒たちが学業や、学校生活に集中する体制を整えられる。教育だってアウトソーシングしていいんです。親にとっては、子どもを全寮制に通わせることで、子育ての一部をアウトソーシングすることになりますが、子どもにとっても独立心がつき、親子がそれぞれの人生を生きていくことができる。すべてを家庭や学校で抱え込むのではなく、適切なアウトソーシングをしてプロフェッショナルに委ねるというのは、生徒も親も先生も、皆が疲弊しない新しい教育の分業システムだと思います」

イギリスにあるハロウ本校の学生の様子(右上、右下)ハロウ本校(左上)開校予定のハロウ安比校
(写真:村田氏提供)

日本の学校教育も外的刺激で変化していく

ボーディングスクールをはじめとした、特色のあるインターナショナルスクールが日本に進出することで、日本の学校教育も刺激を受け、活性化し成熟していくはずだと村田さんは語る。それは同時に、子どもたちにとっては選択肢が広がることも意味する。例えば、日本の学校に通いながら、日本と海外2つの学位、ダブルディグリーの取得に挑戦することも可能だ。

「これからの子どもたちは、社会の変化に合わせて、どう自分らしく生きていくか、という力を身に付けることが必要です。そのために、何を学べばいいか。どこで学べるか。例えば、パティシエになりたいという子がいたとしたら、これまではお菓子を作る調理技術やお店の作り方を学べばよかった。でも今の時代はそれだけでは足りないでしょう。まずはパティシエという職業がなぜ、世の中にとって必要とされているのか、それが社会に及ぼす影響、チョコレートの原料となるカカオが、どこの国でどのように作られて、どうやって私たちの手元に届くのか。原産国の労働環境や社会問題にまで考えを巡らすことができる、複眼的視野が求められています。調理技術そのものもテクノロジーの進化によって日々変化するでしょう。つねに変化する社会に、上手にキャッチアップできる柔軟性がこれからは必要とされます」

だからこそ、日本の学びにはよさも伸びしろもたくさんある、と村田さんは続ける。そもそも学習指導要領は、日本人が日本人のために、最も効率よく教えるためのノウハウが蓄積された宝の山であり、それを今の時代にフィットする形に進化できれば、日本の学びは発展するのではないか、と村田さんは語る。

「主体的・対話的で深い学びをうたいながらも、従来型のいわゆる縦型の教育から大きく抜け出せないという面も一方ではあります。解のない時代に対しての答え方を、文脈で持つことができないのですね。テクノロジーの発展が私たちの未来を豊かにしてくれるということは、誰もが想像できます。ではなぜ未来の社会にテクノロジーの発展が必要なのかを想像する力。それこそが、カギになるでしょう」

解のない時代に、自ら答えを創造できる子どもたちは、社会に新しい価値を生み出せるイノベーターになる、と村田さんは言う。誰もが必ずしもイノベーターになる必要はないが、変化の激しい時代に対応しながらイノベーションを起こせる人材が必要になっていることは間違いない。

村田学(むらた・まなぶ)
国際教育評論家、ieNEXT編集長、インターナショナルスクールタイムズ編集長。米カリフォルニア州トーランス生まれの帰国子女。人生初めての学校である幼稚園をわずか2日半で退学になった「爆速退学」の学歴からスタート。帰国後、千葉・埼玉・東京の公立小中高を卒業し、大学では会計学を専攻。帰国子女として、日本の公立学校に通いながら、インターナショナルスクールの教育について興味を持つ。2012年4月に国際教育メディアであるインターナショナルスクールタイムズを創刊し、編集長に就任。その後、都内のインターナショナルスクールの理事長に就任し、学校経営の実務を積む。その後、教育系ベンチャー企業の役員に就任、教育NPOの監事、複数の教育系企業の経営に携わりながら、国際教育評論家及びインターナショナルスクールの経営とメディア、新規プロジェクトの開発を受注するセブンシーズキャピタルホールディングスの代表取締役CEOを務める
(撮影:今井康一)

(注記のない写真はiStock)